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今日の飯


「……………ここまで大きいとは」


 遠くから見た時は特に気にもしなかったが目の前にある木々は想像以上に大きく、前方には10m程の木々が緑の壁のようにそびえ立つ姿に彼女は圧倒されてしまう。

 森の中を覗くと冷たい張り詰めた空気を感じる。草原とは違いさらに危険だと本能が理解したのか全身を覆うような鳥肌が立つ感覚が嫌に生々しく感じた。


(相変わらず変な感覚だな…自分が考える間も無く心の底から危険だと本能が語りかけるような感覚…記憶が戻る前も何度かあったみたいだが…慣れないな)


 謎の感覚に対して考えようとしたが今の状況を思い出し、思考を切り替えて森の中を隅々と観察して気になるところを頭の中で整理していく。


(明るさは此処より暗め、視界や進行を遮る大きい植物と暗くて良く見えない足下、襲われて逃げようとしても素足と足下の見えづらさで走り逃げることも難しい…まったく、森の過酷さと自分の装備不足に心挫けそうだ)


「…………」


 ふと、短剣に巻き付けていた布を外し始め逆手に持ち素振りを始めた。

 ゆっくりと何かを確認するかのように、振り抜く速さや持ち方を変えたりと工夫をしながら素振りをしている姿は中々様になっている。

 記憶が戻る前も短剣などに触れた事がそう多くないが、それでも動きに淀みはなく相手を斬ることに躊躇いがない。


「まだ動ける」


 彼女は短剣を右手に持ち森へと踏み込んだと同時に警戒心を高める…前方、足下、木の上、周囲を観察しながら息を殺し足音を鳴らさぬよう静かに進んで行く。

 足場が安定せず木の根に躓きそうな時もあったが慣れない場所ながら順調に歩みを進める。


(なるべく寝てる獲物を探したい…怪我無く安全に仕留められればその後の行動も動きやすいしな)


 態勢を低くして耳を澄ませながら周りの音を聞き暫く進んでいると、微かに茂みが揺れる音が聞こえた。

 小さな音だが未だ鳴り続け、徐々に音の方向に進むと何かを引きづる音に変わっていた。


(足音ではない…這う音?)


 慎重に近付くと音が間近に聞こえ始め、木の裏に隠れ音の鳴る方向を覗くと一匹の蛇が首を上げゆっくりと地を這い進んでいる。


(…大きすぎないか…横も縦も)


 全長5m程、胴回り60cm程の大蛇が獲物を探しているのか辺りを見回しながら時々立ち止まり徘徊していた。


(早速出会えたのがこんな大物、手を出しづらい奴に当たったが………相当な量の肉が手に入る)


(大蛇の大きさを見て体重も相当な重さだと窺える。体当たりなど重さを使った攻撃は即死に繋がるだろう…それに奴の見た目は蛇だ。毒を持つ個体かもしれない)


「………………………」


(流石に難しい…か)


 彼女が一歩後ろに下がると、大蛇の動きが突如止まり身動ぎもせず顔も前に向いたまま静かな時間が流れる。


(!?……そういや音に敏感だったな、蛇は)


 次の瞬間には近くの木々が吹き飛び砂埃を払うよう黒い尻尾が表れ、風圧が辺りに広がる。再度尻尾が動く前に彼女は木の裏から離れて更地になった場所へと飛び込む。


「ったく!威力が凄いなっ!!」


 再度尻尾が蠢き、先程まで居た場所目掛け薙ぎ払われ凄まじい音を響かせながら地面が窪み木々が消え彼女と大蛇の周囲は更地になり、お互い見つめ合う形になる。


「斬るなら腹側……攻撃は避けれる速度…後は噛みつきに注意だな」


 息のような音を出しながら身体をくねらせ口を開き彼女を喰らおうと首を伸ばす。


「まずは一撃ッ」


 大蛇の攻撃に合わせ身を屈み横腹目掛け短剣を突き立て前に切り裂こうとするが、予想以上の硬さに前に進めず一度短剣を抜き距離をとる。


「片手では駄目か…次は両手で」


 痛みに悶え息を荒げながら大蛇は全身を鞭のようにくねらせ尻尾を振り回し始めた。

攻撃速度が跳ね上がり地面が割れ砂埃が視界を遮るほど舞い、大蛇の姿を一瞬見失う。


「野郎…」


 砂埃を裂き大蛇の尻尾が目の前に迫り咄嗟に身を屈み、通り過ぎる胴体目掛け両手で短剣を腹側に捩じ入れ押し込みながら大蛇の身体を大きく切り裂いていく。


「手応えッ!!」


 だが、突如踏ん張っていた足が軽くなり突然の感覚に思考が一瞬止まり、気づいた時には体が持ち上げられ腕から強く全身に衝撃が奔る。


「ぐぅっ!?」


 大蛇は身体をくねらせ更に暴れ廻り彼女を振り落とそうと動き回る。大きく振り回されながらも短剣から手を離さず、必死に力を入れさらに深く刺し込もうとする。


「このまま深くッ」


 だが溢れる血とともに短剣が抜けてしまい身体が勢いよく宙に投げ飛ばされる。

遠心力に大蛇の力も加わり全身を軋ませながら吹き飛ばされ焦りが頭の中で溢れでる。


(しまった!?この高さはまずい!!)


 何も抵抗出来ずそのまま地面に背中から叩きつけられ口から強制的に大きく息を吐き出し、痛みの声が漏れる。


「かはっ…ぐぅッッ!!」


 地を転がり倒れ、呼吸が乱れ痛みに悶えながらも震える手で起き上がろうとしているがボロ布の衣服が破れて赤い擦り傷が所々に見える痛々しい状態だ。


(骨は折れていない…背中がまだ痛いが動ける)


「明日は…全身筋肉痛だ」


 冗談を言いながら起き上がり凄まじい轟音を響かせている大蛇を睨み見た。

腹側が大きく斬られ大蛇が動く度に大地が血に濡れ赤色に染め上げていくが、痛みを忘れたかの如く暴れ廻りながら彼女に迫る。


「…………次で最後」


 その場で立ち止まり短剣を両手で構え大蛇に狙いを澄ます。左右に大きく揺れながら凄まじい速度で迫る姿に心臓の鼓動が速くなり呼吸が乱れる。


「俺はまだ…死にたくねえんだよ…」


 力強く大地を踏みしめ前へと走り出す。

距離が一気に縮まり大蛇の顔が手の届く距離に近づいた時、大蛇の動きが突如変わり仕掛けてきた。

 上げていた頭を下げ彼女の胴体目掛け口を大きく横開きにして下から突き上げるよう喰らいつこうとするがその大蛇の動きに反応するかのように彼女の表情は薄い笑みが浮かび上がる。


(俺の、勝ちだ)


 彼女はその場で高く飛び上がると口の端目掛け短剣を振り降ろし、大蛇の体に沿うように上顎と下顎に切り裂く。

大蛇による突進の力も加わり抵抗無く綺麗に胴体を引き裂いていったが、短剣で支えていた場所が無くなり彼女の体が大蛇から離れ地面に転がるとともに大蛇も力無く大地に滑り落ちる。


「はぁ、はぁ、はぁッ……疲れた」


大の字に寝そべり全身の力を抜き体を休ませる。


(傷も擦り傷と打撲程度…初めてにしては上手く倒せたもんだろ)


「それにしても、いつの間にこんなに動けてたんだ?筋力や持久力など前世より遥かに高いが…」


(大蛇との時は3mは飛んだぞ…人間に出来る動きだとは正直思えない、素手で大木をへし折れそうだ)


 起き上がり短剣片手に大蛇に近づいて行くと、ふと何かに気が付いた声を上げ立ち止まった。


「あっ………………………火が無いの忘れてた」


膝から崩れ落ち、地面に手をついて苦しそうな声が森に響いた。


「そ、んな………ここまで来てお預けかよ」


地面を見つめ火がない事に絶望していると。


(いや…まてよ、ここは異世界だぞ。異世界といえば魔法だ…これなら火を出せるかも、しれない)


 勢いよく立ち上がり、右手を空に向け集中する姿には気迫が溢れ出ている…はず。

無表情だが頬を赤らめ恥ずかしそうに吃りながらも、放つ魔法を思い浮かべ唱える。


「ファイヤー…ボール」


 体の奥底から全身に何かが広がり、減る感覚と同時に唱え終わると掌から拳ぐらいの火球が空に放たれ徐々に消えていった。

 本当に魔法が使えた事に喜びと驚きが混じり、口を半開きにして呆けた顔で少しの間火球が消えた空を眺めている。


「…本当に出来るのかよ……」





◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 暗い夜の森に橙色の火が弾ける音を鳴らしながら周囲を照らしている。

 その焚火の傍で座るひとつの背中が何かを豪快に貪り、時折満足気な声をあげているがその姿は血に濡れており、横には大蛇の頭が置かれていた。

付近には大蛇の死体が転がり、皮を剥がされ肉を抉り取られた跡と、綺麗になった骨が散らばっている。


「美味い……んんんっ、最高」


 彼女は左手で肉を持ち咀嚼を続けながら次々と大蛇の頭に置いてある切り取った生肉を手に取りそのまま焚火に投げ入れ、木の枝を使い既に焼いていた黒い肉塊を焚火から転がすよう取り出す。

その間に左手にあった肉は消え次の肉を食べる準備を始める。


(馬鹿な焼き方だが焼けるの早いからな…)


 柄から外れそうな短剣に持ち替えると黒い肉塊の周りを手で押さえて熱さに我慢しながら切り取り、焦げの部分をあらかた取り終えると白い硬めの表面がでてきた。

 口元に運び勢いよく噛み千切ると良い音を鳴らして彼女はまた、満足気な声を発しながら肉を平らげてしまう。


(このパリパリの食感が堪らないんだが…流石に水が欲しいな)


 すると、空いた左手を横に向け火を出した時を思い浮かべる。


(今回は唱えないでやってみるか)


 目を閉じ人差し指に水が集まるよう想像しながら集中していくと、全身から何かが抜ける感覚とともに指先に集まるのを感じたその時、手応えを感じた。

目蓋を開き指先を見ると水の球体が小さく出来ていた。指を回すと跡をなぞるようについてくる球体を迷うこと無く口の中に入れる。


「水だ…………これで飲み物も大丈夫だな」


 その後も何回か繰り返し、満足した所で動きを止めて肉を食べるのを再開するが大蛇の半分はすでに彼女の腹の中に収まってしまった。


「次は金を稼がないと…服、武器、防具も欲しい」


 これからの事を考えているとーーー近くの茂みが揺れ動いた。音の方向に目を向けいつでも殺せるよう身構える。


(!?獣か…短剣もいつ折れるか分からないというのに)


 茂みの揺れる音が増え、もはや隠す必要も無いと盛大に音を鳴らしながら姿が表れる。その姿は緑色の皮膚を纏い子供のような体躯、歪な槍や剣を持ち不快な声をあげながら笑顔で近付いてきた。


「グギャギャ!!ギャ、ギャ、ギャ」


(……ゴブリン…五匹もいるのか)


 食べかけの肉を先頭のゴブリンに投げつけ、ゆっくりと立ち上がり奴らへと走り出す。

 彼女の半分程度しかない身長、ゴブリンの頭目掛け短剣を振り下ろすと骨が砕ける音が鳴り即死した。


「まずは、一匹」


 短剣を頭から抜き取り、槍持ちのゴブリンに迫る。ゴブリン達は彼女を侮っていたのか予想外の勢いで最初の動きが鈍り反応が遅れるが、仲間が殺された時には彼女を殺そうと動きだした。


「グギャ!?ギャギャグゥ!グゥギャ!」


 槍持ちが攻撃を仕掛けるが難なく躱すと、腕を切り落として胸に刃を突き刺す。そのゴブリンの体を盾に近くのゴブリンを体当たりで弾き飛ばし別のゴブリンに盾を投げ、怯んだ所で首に刃を突き刺して地面に転がる武器を拾い上げもう一匹の頭を狙い投げる。肉が裂ける音を鳴らして物言わぬ骸になると、残りは腰を抜かし倒れ伏す一匹となった。


(そういえば…ゴブリンは何かしら貯め込んでいるイメージがあるが……試しにやってみるか)


「グギ!?ギャ…ギャ…ギャァ゙」


 這うように逃げるゴブリンに彼女は近付き、足に短剣を突き立て徐々に引き抜く。


「ギャァ゙!!グギャ!ギャァ゙!!」


 悲鳴をあげ必死に立ち上がり、足を引きづりながら森の奥へと逃げて行く。ゴブリンが通った道は血の跡が続き、注意してついて行けば見失うことはないだろう。


「できれば使えそうな武器と衣服があれば満足だな」


 地面に落ちてる槍を拾い焚火を踏み潰して、火を消すとゴブリンの跡を追い始める。


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