7 墓碑銘
さっきまでは温かかったのに、日が沈むと急に寒くなる。
ぼくは、ママのお墓の前でキョロキョロと辺りを見わたしていた。
学校から帰ると、テーブルに置いてあるりんごのジャムパンを、牛乳で流し込んでから、
急いでここへやってきた。
べつに、待ち合わせしているわけじゃないし、急ぐ必要もないけれど、どうしてもここ
へ早く来たかった。
ぼくは一番にリエドと、リエドの家族が眠る、地下へとつづく扉があるところへ行った。
ここだと思うところの、落ち葉をどけてみる。でも、どうしてだか、石の扉はみあたら
なかった。
ぼくは、扉が開くところを見ようと、しばらくそこで待ってみた。だけど、暗くなりは
じめると、古いお墓が並ぶその場所は気味が悪かった。それで、ママのお墓の方へ移動し
たのだ。
寒いけど、お腹は減っていない。それで、ぼくはちょっとだけ、気持ちに余裕があった。
リエドはまた、きっとくる。急に現れても、驚かないように、ぼくは心がまえをしてい
た。
気配がしないか、耳を澄ます。
「こんばんは」
静寂の中から声がした。えっ? 何んの物音も聞こえなかったのに。
ぼくはやっぱり、驚いてしまった。後ろから来るなんて。
「こんばんは」
びっくりしたのをさとられないように、ぼくは、落ち着いたふりをして言った。
リエドは、ぼくににっこりほほえむ。
「おどろいたでしょ」
「いいや、べつに」
「フフフフフ」
リエドは笑って、髪をかきあげた。
ぼくを、驚かせて、おもしろがっている、いたずら好きの普通の女の子だ。牙さえな
ければ、バンパイアとは思えない。
「ねえ、遊ぼう」
ひとなつっこい笑顔で、リエドが言う。
「いいよ。でも」
ここで? 暗くて、お墓しかないところで何をして遊ぶの? ぼくは思った。
リエドは急に、墓石の上に飛び乗った。そして、となりの墓石に飛び移り、また、その
となりの墓石に飛び移る。
「ほら、墓とび遊び。ついてきて」
次から次へと墓石を渡る。すごいかるわざだ。まるで、身軽なねこが宙を舞うようだ。
リエドが振り返って手を振る。
ついていけるはずがない。ぼくが、首を横に振るとリエドは墓石から降りてもどってき
た。
「ついてこれないの?、なあんだ。あんたなら、できるかと思ったのに」
リエドが、あっけらかんと言ったので、ぼくは笑ってしまった。
それから、ぼくはほぼ毎日、お墓に行くようになった。
ママのお墓まいりじゃなくて、リエドに会いにいくためだ。
土曜日は、パパに用事がなければ、一緒にお墓まいりするのが日課になっている。だか
ら、その日はリエドに会えない。日曜もパパが家にいるから、一人でお墓に行けない。
土、日以外の日、ぼくは、お墓でリエドに会えるのが楽しかった。
リエドは、いつも、ぼくをおどろかそうとして、音を立てずに急にやってきた。
ぼくは、それにもう慣れて、おどろかなくなったけれど、ぼくがおどろくのを見るのが、
リエドは楽しそうなので、ぼくはおどろくふりをする。
ぼくたちは、お墓の中をブラブラと歩いた。
時々立ち止まって、墓碑銘を読んだ。
リエドが、そのお墓におさめられている人のことを、ぼくに話す。
「この人はね、絵描きだったの。奥さんがいたけれど、子供はいなかった。絵の才能は
あったんだけど、絵はほとんど売れなくて、ひどく貧乏だった。奥さんが働いてなんとか
生活していたの。でも、二人はしあわせだった。二人は愛し合っていたから。最後は奥さ
んに看取られて亡くなったの。とてもいい人生だったわ」
リエドは、自分の話しに納得したようにうなずく。
「どうして、死んだ人の生い立ちを知っているの?」
ぼくはきいた。
「知っているわけじゃないわ。そうだったらいいなって思ったの」
リエドはいたずらっぽく笑った。
リエドと話しをするのは楽しかった。リエドは自分の話しはしないから、ぼくが話し
てばかりだけど。
リエドは、ぼくが話す学校の話しの中で、給食の話しが一番好きなようだった。
「今日の給食はなんだった?」
リエドは会って一番にきいてくる。
「今日は魚のグラタンとゆでたジャガイモ、ロールパン、サラダ、牛乳ってとこかな。豆
の煮込みもあったけど、ぼくはきらいだからたべないんだ」
ぼくが言うと
「あら、あたしは豆の煮込みは好きだったわ。もう、昔のことで忘れちゃったけれど、お
いしかったと思う。あたし、お肉も好きだったわ」
リエドがうっとりするように言った。
「お肉たべないの?」
「うん、食べない。どんな食べ物でも食べられない。あたしは想像するだけでいいの」
食べ物が食べられないというリエドを、ぼくはちょっとかわいそうかなと思った。おい
しいものが食べられないなんて、つまんないだろうなって。
だけど、リエドはそんなことは、気にしていないみたいだし、リエドがいうように、想
像するだけでいいのかもしれない。