6 夢
目が覚めて時計を見ると朝だった。頭がぼんやりしている。
夢をみていた。ぼくはあまり夢は見ないのだけど。
夢の中にリエドが出て来た。
リエドの髪型や色は昨日と同じだったけれど、目の色は濃い茶色だった。服装も、ちがっていて、えりの大きな白いワンピースを着ていた。くつも黒いショートブーツではなく、茶色のバレーシューズみたいなのをはいていた。
ぼくは、大きなビスケットをかじりながら、草原をリエドの後について歩いている。
日射しが暑いくらいだった。
ぼくとリエドはふざけ合って、笑いながら、大きな木のところへ来た。そして、木の根元に腰をおろした。
古めかしいお屋敷が、前方に見える。お城みたいな大きな家だ。ぼくとリエドは何か話して、笑っていた。
場面が、急に変わって、ぼくは暗い部屋に一人でいた。外は雨で雷がなり、いなびかりが光った。強い風が、雨を窓に打ちつける。
ぼくは、真っ暗な階段を下りて、広間へいった。
「ママ、パパ、リエド」
僕は叫んだ。けれど、だれの返事も聞こえない。
いなびかりが広間を一瞬、照らしだす。横に並んだいすに、うなだれて座っている、三人が見えた。
ぼくが、三人の方へ駆け寄ろうとした時、誰かに体を持ち上げられた。
そこで、目が覚めた。
こんなにはっきりとした夢は、見たことがない。
まるで、ついさっきあったことのように、鮮明だ。
草の地面のやわらかさ、暑い日差し、ビスケットの甘さや歯ざわりさえも感じた。
白いワンピースのリエドの笑顔も、雷の耳をつんざく音も、誰もいない恐怖、最後に待ち上げられた大きな手の感触。
すべて、夢ではなく、現実にあったことのように見えた。
部屋のドアが開いて、パパが入ってきた。
「おはよう」
体を、ベッドの上で起こしている僕を見て、パパは元気よく言った。
「今日はめずらしく、自分で起きたんだな。ん? どうした? 具合でも悪いのか」
顔をすぐに上げないぼくを見て、パパは、ぼくの顔を覗き込んだ。
「ううん、なんでもない。大丈夫だよ、パパ」
ぼくは、言った。
パパはちょっと首をかしげたけど、
「そうか、それじゃあ、早く着替えて朝食だ」
パパは優しくぼくの頭をなでて、部屋からでていった。
ダイニングのテーブルの上に、ゆげをたてたベーコンエッグが、用意されているけど、ぼくは、リビングのソファーに腰かけた。起きてすぐ食べる気にならないのは、いつものことだ。
特に、今朝は食欲がぜんぜんなかった。
「ねえ、パパ。パパはバンパイアはいると思う?」
洗い物をしているパパの背中に向かって、ぼくはきいた。
「えっ、バンパイア?」
パパは水道の蛇口をひねって、水をとめた。
「バンパイアか。さあなあ、パパはいないと思う。あんなのは、小説とか映画とかの中だ
けのものだよ。でもパパは吸血鬼の話しは好きだな。上手く作られていると思う。生き血
を吸うとか、にんにくが嫌いとか、柩の中で眠るとか、コウモリに化けるとか。おもしろ
いと思うよ」
パパはタオルで手をふいた。
やっぱりそうか。ぼくはちょっとがっがりした。
「どうして、急にバンパイアなんだ? ブルアはバンパイアはいると思う?」
パパがぼくのとなりに座った。
「ぼくは・・、ぼくもいないと思う。バンパイアなんて、いたらびっくりだよね」
ぼくは笑った。
「そうだな、びっくりだな」
パパも笑って、立ち上がり、家事のつづきをしにいった。
パパはバンパイアが本当にいることを知らない。きっと、誰も知らないんだ。ぼくだっ
てリエドに会うまでは、バンパイアなんていないと思っていた。
「あたし、バンパイアなのよ」
昨日、リエドの家族の柩を見た後、リエドがはっきり言った。
歯も見せてくれた。オオカミみたいに尖った牙が二本、前歯の両はしに生えていた。
『血を吸うの?』ってぼくがきいたら、『ううん、吸わない。前に吸った血が、まだ体の
中にあるから』とリエドは言った。『前って?』『五十年くらい前。あと、五十年は大丈夫』
『へえー、すごいなー』ぼくが感心すると、リエドはアハハハハと笑った。
本当は、今朝見た夢の事も、昨日お墓でリエドに会ったことも、全部、パパに言いたか
った。
夢の話しを話すのは、簡単だ。夢なんて、どんなに突飛な話しでも、変な夢だったねで
すむ。
けれど、現実に会ったバンパイアの女の子の話しを、信じてもらうのは難しいと思う。
いくら、ぼくの言うことは、いつでも信じてくれるパパでも。
最初からきちっと詳しく話せば、ぼくが本当のことを言っているのが、パパにもわかる
はずだけど。
でも、そうすると、学校が終わってから、夕方にお墓に行っていたことも、パパに言わ
なければならなくなる。
パパはぼくが一人で、夕方にお墓に行くことを許さないだろう。行かないことを約束さ
せられて、ぼくは、もうお墓に一人で行けなくなる。リエドに会えなくなったら、つまら
ないし、困る。
夢の話しだけしようかと思ったけれど、その話をすると、リエドのことも話したくなる
と思うし、だから、やっぱり、夢のことも何も、話さないのがいい。
「ブルア、早く食べないと、時間がないぞ」
オレンジジュースをグラスに注ぎながら、パパが言った。
「うん、わかってる」
ぼくはのろのろと立ち上がり、ダイニングのいすに座る。
「学校はどうだ」
パパがグラスをテーブルに置いた。
「いつもの通りだよ。何んの問題もない」
「そうか、それならいい」
パパはうなずいて、親指を立てた。