5 リエド2
「こっちよ」
リエドが振り返り、ぼくに向かって、手招きをする。
ぼくのママのように、リエドの家族も、この墓地で眠っているんだ、ぼくは思った。
リエドは、通りの街灯の灯りが届かない、暗くて古い墓が並んだ所まで行くと、立ち止まった。
「ここよ」
リエドが指をさした所には、墓石などはなく、吹きだまりの落ち葉があるだけだった。
「ここって?」
ぼくは、リエドの顔と落ち葉がたまった所を、交互に見た。
リエドはじっと、その場を見つめた。
すると、急に強い風が吹いて、落ち葉がざっと飛ばされた。ぼくは、驚いて、一瞬目を閉じた。
不思議な風だった。近くの木の葉など、ぜんぜん揺れていなくて、そこだけに吹いたような風だった。
落ち葉がなくなった地面に、長方形の平たい石が現れた。ぼくのベッドより少し小さいくらいの大きさだ。
頑丈そうな、その石は、表面がザラザラしていてずいぶん古そうな石だった。
リエドが石の近くにいくと、石が音もなくスルスルと横にスライドした。
扉になっていたのか。リエドがどこかのスイッチを押したのかな、スイッチを押したようには見えなかったけれど。
石の扉が開ききると、下につづく階段が見えた。
地下にも墓地があったんだ。知らなかった。
リエドはその中に入っていった。
階段を下りていくと、壁のろうそくが一つづつともっていく。
ぼくがぽかんと見ていると、リエドは振り返って、また、手招きした。
どういう仕掛けで、ろうそくに火がつくように、なっているんだろう。ぼくは階段をおりながら考えた。センサーライトかな。いや、本物の火だ。
階段を降りると、広い部屋に出た。
壁に立ててあるろうそくの火と、丸テーブルの上の、アンティークな燭台にともされている火で、部屋の中は明るかった。
お墓らしきものは、見あたらない。丸テーブルの他には、いすが四脚置いてあるだけで、がらんとしている。
壁も床も、天上も石でできている。まるで、前に映画で見た、中世のお城のような部屋だった。
リエドは部屋の奥の方に立っていた。
そして、リエドの後ろの奥に、置いてある物が見えて、ぼくはギョッとなった。
柩が四つ並んでいたのだ。
きれいに磨かれた黒塗りの柩に、ろうそくの揺らぐ炎が映っている。
大きな柩が二つと、小さな柩が二つ。
リエドは、柩の方をむいて、はしの大きな柩を指さした。そして、
「これがパパの」
と言った。
「こっちがママ」
今度はとなりの柩を指でさす。
ぼくは、黙ったままリエドが指さす方を見る。
「これが弟ので、こっちのがあたしの」
最後の柩は少しだけ、ふたに隙間が開いていた。
「みんな、眠っているの。起きているのは、あたしだけ」
リエドは弟の小さな柩を、撫でながら言った。
「本当に眠っているの?」
ぼくはきいた。
「本当よ、眠っているの」
「どうして?」
リエドは答えなかった。
『眠っている』最初から、リエドはそう言っていた。
眠っているは死んでいることだと、ぼくは思っていた。
本当に眠っているのだろうか。
柩に中で眠るなんて、まるで・・・。
フフフッ、突然リエドが笑った。
「見せてあげる」
まるでぼくの心を読んだように、リエドが言った。
ぼくは興味をもって、柩に近づいた。
リエドが弟の柩のふたを、少し持ち上げてずらした。
ぼくはひざまずき、柩の中を覗いた。
ブロンドの巻き毛の男の子が、目を閉じて横たわっていた。リエドみたいに、ろうそくのような白い肌で、赤いくちびるをしていた。
「あんたにちょっと似てるの。ひとみの色は青よ」
ぼくは巻き毛じゃないけれど、髪はブロンドで、青いひとみだ。
リエドが柩のふたを閉めた。
「わかったでしょう」
立ち上がって、リエドが言った。
ぼくはうなずいた。
リエドも、リエドのパパもママも弟も、普通の人間じゃない。
柩の中で眠るのは、本でも映画でもバンパイアと決まっている。信じられないことだけど、この家族はみんなバンパイアなんだ。
リエドが一人っきりで夜のお墓にいたことも、納得できる。石の扉が簡単に開いたり、階段のろうそくがかってについたりしたのも、バンパイアの力で、リエドがやったことだったんだ。
でも、ぼくはリエドの正体がわかっても、怖いとは思わなかった。
リエドがバンパイアだということよりも、ひとりぼっちのリエドが、かわいそうだと思った。
「怖くないの? 逃げないの?」
リエドが真面目な顔をしてきいた。
「怖くないし、逃げないよ」
ぼくも真面目に答えた。
「へえー、やっぱり、あんた変わってるのね」
リエドは楽しそうに笑った。