4 リエド1
学校が終わると、ぼくは急いで家に帰って来た。
荷物を置いて、グミを一つ口に入れ、すぐにまた家を出た。ママのお墓にいくために。
金曜日に墓地で会った彼女のことが、ずっと、気になっていた。土曜日にもパパと一緒に墓地にきたけれど、彼女はいなかった。
それは、そうだと思う。お墓なんて、しょっちゅう来る所じゃないし、ぼくみたいにお墓が好き、なんて子はいるはずもない。ましてや、あんなにかわいい子が。
わかってはいたけれど、なんだかぼくはがっかりして、ため息をついた。
ママのお墓の前に座る。昨日に供えたバラの花がそのまま、置いてある。
真っ赤なバラは、彼女のくちびるの色を思い出させた。
ぼくは、頭をふって、もう一度ため息をついた。
赤いバラはママの好きな花だった。
でも、ぼくは赤いバラは好きじゃない。赤いバラは、はでで、きついイメージがある。ピンクとか黄色のバラは優しいけれど。
ぼくは、ママに似合う花は、ナデシコみたいに小さくて、かわいい花だと思う。
ナデシコ、という花の名前はママが教えてくれた。
ママが使っていた布団のシーツに、ナデシコがプリントされていたからだ。
「このお花なんていうの?」
ぼくは、シーツの花のもようを、指さして言った。
「ナデシコよ」
「かわいい花だね」
「そうね」
ママは、ほほえんでぼくの頭をなでてくれた。
ぼくは、時々、ママの横で、この布団にくるまった。
ママの温かさと、布団の中の気持ちよさを、今でもおぼえている。
気が付くと、いつの間にか、夕暮れのオレンジ色の空が、むらさき色に変わっていた。一番星も輝いている。
ぼくは、立ち上がって、体をのばした。背中の関節がポキポキと鳴る。上にあげた手を下におろした時、ぼくは、あっ、と小さな声をあげた。まさかと思った。
あの彼女が、ぼくのすぐ横にいたのだ。ぜんぜん、気づかなかったのが、不思議だ。
彼女は、にんまりと口を開けずに笑っていた。この前と同じ、黒いワンピースに黒いショートブーツ姿。
ぼくの顔がまた、赤くなるのがわかる。
ええと、何て言うんだっけ。今度彼女に会ったら、何て言うか考えていたはず。
そう、まず、あいさつから。
「こんばんは」
けれど、先に口を開いたのは、彼女の方だった。はきはきした明るい声だった。
「こ、こんばんは」
彼女の、ものおじしない口調にぼくは押されて、ドキマギして言った。
「おどろいた?」
彼女はクスクス笑って言った。
「あたし、リエド」
一歩前に出て、彼女が名のった。
「ぼくは・・」
「ブルア」
彼女がすかさず言った。
「えっ、どうして?」
「あんたのパパが、あんたのことそう呼んでいたから」
「ああ」
ぼくは納得した。
でも、そうすると、パパとぼくが話していたのを、近くで聞いていたのか。だれもいないと思っていたけれど。
「あたし、あんたがいつもここに来るのを、見ていたの」
「へえー、そうなんだ」
どこから見ていたんだろう。あの木の陰からかな。
「君、一人できているの?」
ぼくはきいた。
「そうよ」
リエドは平然と答える。また、赤い目がキラッと光った。
「こんなところに一人でいるなんて、怖くないの? 子供なのに」
ぼくが言ったら、リエドはプッと吹きだした。
「あんただって」
リエドがアハハハッ、と笑ったのでぼくも笑った。
リエドの楽しそうな笑い顔や声に、ぼくは急に親しみをかんじた。まるで、ずっと前から友達だったような気がした。
「帰らなくていいの? ママが心配しているんじゃない?」
ぼくは、おしりにしいていたビニール袋を、拾い上げて言った。
「心配なんてしていない」
リエドは下を向いて言った。
「眠っているから」
やっぱり。ぼくと同じなんだ。リエドのママも、この共同墓地で眠っているんだ。
「パパは?」
「パパも眠っているの」
ぼくは、だまってしまった。ぼくには、パパがいるけれど、リエドにはパパもいない。
「べつに、平気よ」
リエドが、ぼくの心を察したように言った。
「ずっと、一人でいるけれど、慣れているから、さみしいなんて思ったことはないわ」
リエドが大人びたことを言ったので、ぼくはびっくりした。
でも、それは、強がりだと思う。さみしくないわけがない。でなけりゃあ、お墓になんか一人でくるはずない。
「兄弟は?」
ぼくはきいた。
「弟がいるけれど、弟も眠っているの」
リエドはそう言うと、腕を後ろに組んで、ゆっくりと歩きだした。
まさか弟も! ひどい悲劇だ。ぼくはリエドに同情した。