表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/17

3 女の子

 今日は、雨が降ったり止んだりの日だ。

 学校の課外授業は、どしゃぶりの雨のため、中止になった。ぼくは課外授業なんて、なくていいと思っていたから、よかったって思っているけれど。


 ぼくは、今、家から歩いて十分の共同墓地にきた。雨は今は止んでいるけれど、どんよりした空からは、今にも雨が降りそうだ。

 雨水を吸い込んだ、芝生の上を歩く。ふみしめるたびに、靴に水がしみ込んでくる。

 雨に濡れた並んだ墓石を見て、ママは寒くないかな、そんなことを考えた。

 お尻にしくビニール袋を、持ってきているけれど、こんなに水が溜まっていては、役に立ちそうもない。

 ぼくは、立ったまま、ママのお墓を見つめた。エレン・クロムヘイム。ママの名前の文字を何度も読み返す。珍しい名前じゃないけれど、いい名前だと思う。

 雨がぽつぽつ降ってきた。


 ママの葬儀の日はいいお天気だった。日射しが強くて、暑いぐらいだった。

 ママは柩の中で、花に囲まれて、微笑んで横たわっていた。病院のベッドで寝ていた時よりもずっと、幸せそうな顔で。

 みつあみに結った髪を、片方の肩にたらして、青白い顔をした痩せたママ。ベッドに座って窓の外を眺めていた。

 ぼくは、ママの元気だった時の姿を、思い出そうとした。

 目に浮かんでくるのは、海の波打ち際に三人でいる光景。ぼくは三、四歳で、パパもママも少し若かった。

 ママはたっぷりある、くり色の巻き毛を、風になびかせて笑っている。短いズボンから出た日焼けした足。ぼくを抱っこしている腕も日に焼けていて、いかにも健康そうだ。

 ママの横で、パパが両手を上げておどけている。三人とも最高の笑顔だ。

 こんな時もあったんだなあと、これを見ると、いつも感心する。

 そう、これは、パパのライティングデスクに飾られている、写真の光景なのだ。


 ぼくは、家で退屈な時、パパの書斎にいく。引き出しの中以外は、好きに触ってもいいとパパが言ってくれた。

 いろんな本があるし、おもしろい文具などがあって楽しい。

 パパの椅子に座ると、いちばん目につくのが、この写真だ。ママの写真は他にも飾られているけれど、   ぼくはこの写真が一番好き。

 ぼくは、この写真をとった時のことは、覚えていないけれど、この時ぐらいが、ぼくの知っているママの中で、一番元気な時だったと思う。だから、この写真が頭に浮かんでくるのだ。


 もちろん、他にもママとの思いではある。

 ママがワッフルを焼いてくれた時のこととか、一緒にテレビを見た時のこととか、スーパーにいったこととか、確かにママと過ごした時間はあった。

 でも、ママはどんな顔をして、どんな声で、どんな風に元気よく笑ったのか、イメージとして思い出すだけで、ぼんやりとしか思い出せない。

 ぼくの記憶にあるママは、いつも、ベッドの上で弱弱しくほほえむ姿ばかりだ。

 気がつくと、さっきより雨が強くなっていて、あたりも暗くなっている。

 ぼくは、かさを広げて、もう少しいようか、もう帰ろうか、考える。

 靴の中に入ってきた水が冷たいし、雷もなりだして、お腹もすいている。帰ることを選ぶしかないようだ。

 ぼくは、ママの墓石から目をそらし、顔をあげた。そして、うわっと、叫んだ。

 ぼくのすぐ横に人が立っていたのだ。いつの間に。足音も聞こえなかった。

 女の子だった。

 ぼくと同じくらいの背丈で、茶色い髪が肩の所でカールしている。ひざ丈の黒いワンピースを着て、黒いショートブーツを履いている。

 女の子はぼくの顔を見て、フフフフッと笑った。

「ああ、びっくりした」

 ぼくは胸に手を当ててため息まじりに言った。辺りを見回したけれど、女の子以外だれもいない。

 雨の中かさもささないで、暗いお墓に一人でいるなんて、まともな女の子じゃない。女の子はいつでも、怖がりで、一人でいるのがきらいだから。

「おもしろ~い」

 女の子は口に手を当てて言った。

 女の子の髪が風で揺れる。ぼくを見つめる赤い目が、キラキラと輝いた。

 ロウソクの様な真っ白い肌に、赤いくちびる。ふっくらとしたほほ。すごい美人だ。

 ぼくの顔が熱くなって、赤くなるのがわかる。

 ぼくは何か言おうとしたけれど、言葉が出て来なかった。

 ぼくは、すごく恥ずかしかった。

 近くの木で、カラスがカアッと鳴いた。ぼくは、カラスを見上げるふりをして、そのまま歩き出した。

 走るみたいに、はや足で歩いた。

 道にでる時、振り返って女の子の方を見た。女の子はさっきいたところに、立ってこっちを見ていた。


 日曜日は大体、パパとスーパーへ買い物にいく。

 友達のアルフと、公園に遊びにいくこともあるけれど、ほとんど家にいて、ひまだし、好きなお菓子も、買ってもらえるからついていく。

 ぼくはグミが並んだ棚の前で、せっせとグミを袋につめる。もちろんパパの好きなグミも。

 パパの好きなグミはリコリス。ぼくもリコリスは嫌いじゃないけれど、リンゴやメロンとかのフルーツのグミの方が好き。

 グミをつめ終えて、パパに追いつく。パパはメモを見ながら、カートに品物をいれていく。

 パン、ジャム、チーズ、牛乳、トマトピューレ、ジャガイモ、ニンジン、タマネギ。グレープフルーツ、ウインナー、ハム、鶏肉、ミンチ、エビ。シャンプー、洗剤、トイレットロール、などなど。

 すぐに、カートはいっぱいになった。

「パパ、今日の夕飯は何?」

 帰りの車の中で、チョコレートをほおばりながら、ぼくはきく。

「ミートボール!」

 パパが答える。

「やった~」

 ぼくの一番の好物だ。パパはにっこり笑う。パパはぼくを喜ばすのが好きなのだ。

「エビのスープも作ろうと思っている」

「わ~お、ジャガイモは?」

「もちろん」

「今日は、すごいごちそうだね」

 ぼくは、これ以上、お腹がいっぱいにならないように、残りのチョコレートを紙につつんだ。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ