17 再会
次の日、パパが仕事に行ってしまうと、ぼくは久しぶりに一人になった。ぼくしかいなくなった部屋は広く感じられた。
テレビのコマーシャルで、商品を宣伝している女の人の声が、やたらと大きくきこえる。耳ざわりだと思うけれど、ぼくはテレビの前から離れられない。
部屋の明かりをつけてから、大分と時間がたって、外はもう暗くなっている。時計を見ると五時だった。
暗くはなっているけれど、時間的にはまだ夜じゃない。ぼくが夜と思う時間は、六時ぐらいだ。
ぼくは、ソファーに座って、クッションを抱きしめ、今からお墓に行こうか迷っていた。
今は、リエドのことを怖いとは思わなかった。男の人を襲ったのを見たのも、夢だったんじゃないかと思うくらいだ。
リエドには会いたいけれど、本心は面倒くさかった。一人でゲームでもして、のんびりしたいと思っていた。
だけど、リエドが待っているかもしれないし、事件のことをリエドがぼくに話したいと思っているかもしれない。リエドは、話し相手もいない、本当のひとりぼっちなんだから。
ぼくはクッションを放り投げた。
やっぱり行かなくちゃ。ぼくは急にそんな気持ちになった。その勢いで急いでダウンジャケットをはおった。
速足で通りを歩いた。
風が強くて、雪が舞っているけれど、新しいダウンジャケットのおかげで寒くない。今日はニット帽も忘れずにかむってきたのもよかった。
寒くないのはうれしい。寒さは心を暗くする。
しばらくは気持ちよく歩いた。でも、お墓に近づいてくると、足の速度が遅くなった。
もし、リエドが先にきていたらなんて言おう。やあ、久しぶりって言おうかな。なんかへんだな。いつもみたいに急に現れて、ぼくを驚かせてくれるいいけど。
この間みたいに来ないかもしれない。もう、ぼくに会いたくないなんて、リエドが思っていたらどうしよう。
だけど、今日、会えなかったら、もうずっと会えないような気がする。
ぼくはまた速足で歩き始めた。
墓地に着いて、ママのお墓にいく。リエドはいなかった。どこかに隠れているかもと思って見回したけど、やっぱりいない。
久しぶりの夜の墓地は、なんだか前と違うような気がした。さむざむしくて、さみしくて怖い。
だれもいない暗い墓地に、一人でいるのが心細いと思った。前はそんなこと思わなかったのに。
もう少し待って、リエドがこなかったら帰ろう。会えなくてもしかたがない。
そんなことを考えていた。
「ブルア」
後ろからの声にぼくはビクリとした。ああ、リエド来たんだ。ぼくはうれしいような、困ったような気持ちがした。
「アハハハハ、びっくりしてる」
リエドが笑って言った。いつものいたずらっ子そうな顔で。
「やあ」
ぼくは手を少し上げて言った。リエドみたいに、にっこり笑おうとしたけど、ほほが引きつったような感じになってしまった。
「これ、ありがとう」
リエドがポケットからスノードームを出して言った。大事そうに両手でしっかりつつんで持っている。
「小さくて、かわいい。すごく、気にいったわ。今度はぜったいに割らないようにする」
リエドがゆっくり、スノードームを傾けて、雪を降らした。そして、ウフフフと笑った。
スノードームを割った時のことを、ぼくに話すんじゃないかと思ったけれど、リエドはそれ以上なにも言わなかった。リエドが言わないのなら、ぼくもきいてはいけないと思った。
リエドはそっと、スノードームをポケットにしまった。
「気にいってくれたならよかった。カードは読んでくれた?」
ぼくは言った。
「読んだわよ。今夜家に来てくださいって、書いてあったわね。あたし、その日、用事があったの。あたしだって毎日ひまにしているだけじゃないのよ。ほんとうよ」
リエドが強く言ったので、ぼくは驚いた。その日用事があったというのも、毎日ひまにしているだけじゃないというも、うそだと思う。やっぱり、来たくても、来られなかったんだと思う。
「寒くないの?」
リエドがぼくにきいた。
「うん、寒くないよ。これ、新しいダウンジャケットなんだ。おばあちゃんがクリスマスプレゼントに買ってくれたんだ。これを着てるとぽかぽかだよ」
ぼくは自分の腕をなでながら言った。
「そう、よかった。じゃあ、凍え死なないわね」
「うん。凍え死なない」
アハハハハ、ぼくたちは一緒に笑った。
「ねえ、クリスマスはごちそうを食べたんでしょ。どんなのを食べたの?」
リエドは目をキラキラさせてきいた。
いつもの明るいリエドだ。あの時からなにも変わっていない。
ぼくはリエドの笑顔を見て、もしかして、リエドはあの事件と、ぜんぜん関係がなかったかもしれないと、思った。
あのスノードームだって、偶然にあそこに落としてしまっただけ、だったかもしれない。ばけものとか女の子とか男の人が言ったっていうのも、パパが言っていたように、酔っ払いのたわごとだったんだ。
リエドがしたことだと、ぼくが勝手に思い込んでいたたけのことなんだ。
ぼくは難しい算数の問題が解けたときのように、体の中がスウッとした。
やっぱり今日ここにきてよかった。リエドに会えて、ほんとうによかった。
ぼくはうれしくなって、にっこりと笑った。
「今年のクリスマスはごちそうだったんだ。おばあちゃんがいたからね。サーモンの燻製、ニシンの酢漬けにポテトグラタン。お肉もいっぱい食べたよ。ローストビーフとミートボール。どれもすごくおいしかった」
ぼくは言いながら、ごちそうのことを思い出して、お腹がすいてきた。
「わあ、全部おいしそう。ローストビーフ、ミートボール。味の想像できるわ。うん、そう、すごくおいしい。フフフフ」
リエドが笑った。
「ポテトの料理もいいわね。ねえ、豆の料理はでなかったの?」
「おばあちゃんは、ぼくが豆はきらいだって知っているから、豆の料理はなかったんだ」
「あら、そうなの。」
リエドはちょっとつまらなそうに、くちびるをとがらせた。
「あっ、そうそう、イチゴのムースも食べたよ。作るのをちょっとだけ手伝ったんだ。型に入れただけだけど」
「ムース? デザートなの?」
「うん。冷たくて、プルプルしてて、甘ずっぱいの」
「へえー、冷たくて、プルプル? 甘ずっぱいってどんなのかしら」
「うーん、説明はむずかしいなあ。まあ、甘くてすっぱいってことだよ」
「ふーん。あんまりわからないけど、おいしかったのね」
「うん、もちろん」
ぼくはうなずいた。
リエドはブラブラと歩き出したので、ぼくはリエド後をついていく。
急にリエドが飛び上がって墓石の上に飛び乗った。
「ねえ。墓飛び遊びしよう」
リエドは墓石から墓石に飛び移った。アハハハハ。リエドは笑う。
「だから、ぼくにはむりだって」
ぼくも笑って言った。
リエドはぼくの声がきこえていないのか、墓石の上を優雅に、舞うみたいにふわりふわりと飛んだ。
まるで妖精みたいにきれいだ、とぼくは思った。リエドはしばらく一人で遊んでから、ぼくのところに戻ってきた。
ぼくは腕時計を見た。
「もう、そろそろかえらないと」
時計の針は六時を指していた。
「寒くなった?」
リエドがきく。
「ううん、そうじゃないけど。ぼく、これからは遅くまでここにはいられないんだ。パパと夜に遊ばないって約束したから」
ぼくは言葉をきった。リエドは何もいわない。
「でも、明日も来るよ。明日はもっと早くに来る。そうしたらもっと話しもできるし、もっと遊べる。だけど、ぼくの家にはもう・・・」
ぼくは下を向いた。
来ない方がいい。警察が君のことを探している。と言おうと思ったけれど、言わなかった。
言わなくても、リエドはわかっているような気がしたから。
「うん、もう、ブルアの家には行かないわ。ブルアの家に行っても、おもしろくないし」
リエドは舌をだした。
「えっ、そうだったんだ」
ぼくは言った。
でも、ぼくの家に行ってもおもしろくないというのは、うそだと思う。だって、リエドは家で楽しそうだったし、トランプももっと、やりたそうだったもの。
「時間ないんでしょう」
リエドがぼくの腕時計を指さして言った。
「うん」
「早く帰らなきゃ」
リエドが言った。
「うん、じゃあ、帰るよ」
「うん」
「また、明日」
ぼくは手のひらをリエドに向けてふりながら言った。
「うん、また、明日」
リエドもぼくと同じように、手をふって言った。
ぼくはリエドに背を向けた。
「ブルア」
その時、リエドがぼくを呼んだ。振り向くと、リエドの顔がすぐ近くにあった。
ぼくのほほに冷たいものが触れた時、ぼくはびっくりしたけれど、それがリエドのくちびるだとすぐにわかった。
ぼくは、突っ立って固まった。リエドはぼくからくちびるを離した。
「フフッ」
リエドが笑った。
ぼくはリエドのくちびるが触れたほほを、手で押さえた。
リエドのくちびるは冷たかったけれど、やわらかかった。少し触れただけの、こんなにやさしいキスは初めてだ。
「じゃあ」
リエドが手をふった。いたずらした後みたいに、楽しそうに笑っている。
「じ、じゃあ」
ぼくも手をふり、歩き出した。リエドが、墓地の入り口までついてくるかと思ったけれど、ついてこなかった。
ドキドキしていた。なんだよ、急にリエドったら。また、ぼくを驚かして喜んでいる。もう、リエドはほんとうに!
ぼくはにやける口を、手で隠して歩いた。
墓地から道に出て振り返ると、リエドは、離れたところから手をふっていた。
ぼくは両手を上まであげて、大きく手をふった。
次の日、暗くなりかけたころ、ぼくは家を出た。
昨日、リエドがぼくにくれた、冷たくて、やわらかくて、やさしいキス。あの時の感覚が今も残っている。
昨日の夜も、何度も思い出して幸せな気持ちになった。
今度は、ぼくがリエドのほほにキスしたいと思う。ぼくの温かなキスを。
ぼくみたいに幸せな気分になってくれればいいなあと思う。
ママのお墓についたけど、リエドはいなかった。いつもそうだけれど、また急に後ろから声をかけてくるのだろう。
ふと見ると、ママの墓石に何か置いてあった。カードと小さなつつみだ。
リエドが置いたのかな。ぼくはカードを手に取って開いてみた。
ブルアへ
あたし ねむることに したの
あたしたち ずっと ともだち
ありがとう
さようなら
リエドより
と、短い文が書かれていた。
ぼくは驚いて辺りを見た。びっくりしているぼくを見て、リエドが近くで笑っているかと思ったから。だけど、やっぱりだれもいない。
ぼくはもう一度、カードを読んだ。大きくてたどたどしい文字。
うそだ。眠ることにしたなんて。また、ぼくをからかっているんだ。リエドがやりそうなジョークだ。昨日、また明日って言って別れたんだから。どこからか、ふいに笑いながら、あらわれるはずだ。
リエドが登る木を見る。木はただ静かにそこにあるだけで、だれか木に登っている感じには見えなかった。
ぼくはつつみの方をそっと開いてみた。
中には、小さなてんとう虫のブローチが入っていた。金属の丸い土台に、赤と黒と白の小さな石のモザイクで作られた、美しいてんとう虫だった。
ぼくは、しばらくその美しいてんとう虫に見とれて、じっと立ったままでいた。
はっと我に返って、周りをみたけれど、なんの変わりもなかった。
「リエド」
小さな声で言ってみる。リエドはもう、ぼくに会いに来てくれないと感じた。
ぼくはリエドがあの事件にかかわってないと、思おうとしていたけれど、やっぱり、リエドがしたことだったの? ぼくはリエドになにもきかなかったから、ほんとうのことは、わからない。
夢のことだって、バンパイアのリエドの幻を見たことだって、リエドがぼくに見せたことだったの?
いっぱいききたいことがあったのに。
ぼくがリエドのことを、ちょっと怖いと思ったことが、わかってしまったのだろうか。
でも、ぼくはいつでもリエドの味方だよって言いたかった。
ぼくは泣きそうになって、空を見上げた。
月も星も出ていない夜空は、どんより曇って重そうだった。
リエドは近くにいて、そっとぼくのことを見ているような気がする。
けれど、ぼくにはリエドを見つけることはできない。リエドがぼくの前にあらわれないかぎり、ぼくはリエドに会えないのだ。
もう一度、最後にぼくに会ってくれないかな。最後にもう一度だけ。ぼくは願った。だ
けど、ぼくにはわかっていた。リエドが姿を現さないことが。
リエドは頑固だったしなあ、とぼくは思う。リエドはきっと、けじめ、とか言うんだろ
うな。
でも、もう、二度と会えないわけじゃない。いつか、きっとまた会える時が来る。
ぼくが大人になったら、夜の墓地だってきていいんだ。
リエドはまだ子供のままだろうけど、ぼくは大きくなる。その時にぼくだってわかるよ
うに、このブローチをつけるよ。
ぼくはてんとう虫のブローチを胸につけた。
それから、あの大きな木をみあげた。風もないのに木の葉がざわざわとゆれた。
さようなら、リエド。ずっと、友達だよ。
ぼくは木に手をふってから、墓地の出入り口に向かって歩き出した。
終わり
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