14 おばあちゃん
ぼくはリエドと満天の星の空を見上げていた。きらめく星の間を、光の線がシュッと流れる。
雪がチラチラ降っているのに、ぼくはちっとも寒いと思わなかった。
周りには建物もなく、どこにも灯りらしいものもなかった。あるのは風に揺れる木の葉と墓石くらいのものだ。
「墓飛び遊びしよう」
リエドが急に、墓石の上に立った。そして、墓石を次から次へと飛んで行く。
リエドは黒い服をきているから、暗闇では見にくいはずなのに、ぼくにはその動きがはっきりと見えた。
ぼくもリエドと同じように、墓石の上に飛び乗った。
体が軽かった。墓石の上に立っているのに、墓石の上に浮かんでいるような感じだった。
隣りの墓石からまた隣りの墓石へ。
まるで、飛んでいるようだった。足には何も触れていない。
ぼくたちはしばらく墓飛び遊びをした。
「パパ、ママ」
リエドが墓石から降りて、かけだした。
パパとママはお互いの腰に手をまわして、ニコニコと笑いながらこっちに向かって歩いてきた。
ぼくもリエドの後を追ってかけだした。
「おかえり」
声を合わせて、ぼくたちは言った。
「ただいま」
パパとママは返事をした。
眩しくて目が覚めた。
カーテンのすき間から、太陽の光がさしている。
また、リエドの夢を見た。
リエドと並んで星を見て、墓飛び遊びをした。墓石を飛んだ時の浮いている感じを、まだ体が覚えている。
そこへ、パパとママが帰ってきて・・・。
あの二人はリエドのパパとママだ。なのに、ぼくは自分のパパとママだと思っていた。
見たこともない人たちだったのに、パパとママだと疑わなかった。どうしてだろう。
あの墓地はママのお墓がある墓地ではなかった。せまかったし、木々が生い茂っていたし、古い墓石ばかりで、手入れもされていなかった。
前に見た夢みたいに、ぼくはリエドの後を追いかけていた。
夢の中でぼくはリエドの弟になっていた。
リビングから、パパとおばあちゃんの声が聞こえる。
ぼくはノロノロ起き上がって、部屋のドアを開けた。
「ブルア」
ぼくがリビングにいくと、おばあちゃんが両手を広げた。
おばあちゃんがぼくを抱きしめる。おばあちゃんの温かくて、ぷくぷくした体が気持ちいい。
「おねぼうさんね。もう、お昼過ぎよ」
おばあちゃんは、ぼくから体を離すと、両手でぼくの頬を包んで言った。
「おばあちゃん」
ぼくはまたおばあちゃんに抱きつく。
「あらあら」
おばあちゃんとぼくは抱き合ったまま、体を揺らした。
横で、パパがクスクス笑っている。
「さあ早く着替えて。おばあちゃん、お腹ペコペコよ」
おばあちゃんは笑って、自分のお腹をクルクルとなでた。
「おいしい」
ハムと野菜のサンドイッチをぱくついて、ぼくは言った。
パパも口をもぐもぐさせ、親指を立ててぼくにウインクをした。
「同じ材料で、同じものを作っていうのに、どうしてこうもおいしさが違うんだろう」
パパがオレンジジュースを飲みながら言った。
「そうね。ちょっとしたことでおいしくなるの。パンに具をはさんだら、ラップできっちり包んでしばらく冷蔵庫でねかせるの。パンが具となじんで、ぱさぱさにならないから。
「なるほど。そのひと手間が大事なんだ」
パパが言って、二切れ目のサンドイッチに手を伸ばした。
ぼくはジャガイモとタマネギのスープを、スプーンですくって口に入れた。
「スープもすごくおいしい」
「でしょ」
おばあちゃんはニコニコ笑った。
ぼくはおばあちゃんの笑った顔をみて、おばあちゃんと食べるから、こんなにおいしいんだろうなと思った、
「エレオノーラさんとアリシアさんは元気? それと、おもしろい太っちょの、ええと、名前はなんていったかな」
パパが考えるように、上を向いた。
「マチルダね。フフフ。みんな元気にしているわ」
おばあちゃんがワインを一口飲んで言った。
おばあちゃんはワインが大好きで、朝、昼、晩食事の時は欠かさず飲んでいる。
「今年は、お友達とクリスマスパーティができなくて、すまなかったね」
パパが言った。
「あら、そんなのいいのよ。私がいなくても別に変らないわ。クリスマスパーティといっても、毎月の集まりに、少しクリスマスらしくするだけだもの」
おばあちゃんは笑った。
ぼくは、去年の夏休み、おばあちゃんの家に遊びに行った時、おばあちゃんの三人の友達に会った。近所に住む、にぎやかな人たちで、ぼくがおばあちゃんの家にいる間、三人のうちのだれかが、しょっちゅう遊びにきていた。
友達二人は離婚していて、もう一人は未亡人でみんな一人暮らしだった。
当のおばあちゃんも、おじいちゃんを十年ぐらい前に亡くしている。
その時、ぼくは赤ん坊だったから、おじいちゃんの顔は写真でしか知らない。
「そうか、それならよかった」
パパがほっとしたように言った。
「ブルア、スープのおかわりはどう? まだいっぱいあるわよ」
おばあちゃんが言った。
「ほんと? じゃあ、おかわりしよう」
ぼくはお皿に残っているジャガイモを急いで食べた。
食後はみんなで、紅茶を飲んでクッキーを食べたり、ぼくが遠足に行った時の写真なんかを見て過ごした。
パパが仕事に出かけ、夕方になり、ぼくとおばあちゃんが夕飯の支度をしようと、キッチンにたった時、玄関のチャイムが鳴った。
おばあちゃんが対応に出ると、警察です、と声が聞こえた。
ぼくはドキっとした。そして、急にリエドのことを思い出した。おばあちゃんといて楽しくて、少しの間リエドのことを忘れていた。
事件のことを調べにきたんだと、ぼくは思った。
おばあちゃんがここに住んでいないことを説明したり、警察官が事件について話している。
ぼくは耳をそばだてて聞く。
警官は、事件に黒い服を着た女の子が、何か関わっているのかもしれないことと、ぼくが黒い服の女の子と歩いているのを、見たという人がいると言った。
「今日はブルアくんに、話しを聞きにきたのです」
警官はいった。
「ブルアくん、いますか?」
「はい。ブルア、ちょっと来て」
おばあちゃんがぼくを呼んだ。
ぼくが玄関に行くと、ぼくの顔を見た警官がやっぱり、と言った。
「きみはこの前、夜に公園であった子だね。黒い服を着た女の子と一緒だった。あの女の子のことをききたいんだけど」
ぼくはあの時に会った警官の顔は覚えていなかったけれど、声は覚えていたから、あの時の警官だろうと思う。
ぼくは無言でうなずいて、おばあちゃんの顔をちらっと見た。
「ブルア、ちゃんと答えるのよ」
おばあちゃんが言った。
警官が事件の夜、女の子に会わなかったかと聞いたので、ぼくはドキドキした。だれか、ぼくの家にリエドが出入りしていたのを、見た人がいるかもしれないと思った。
ぼくは警官から目をそらし、会っていないと答えた。警官はちょっといぶかしげにぼくを見たけれど、それ以上そのことはきかなかった。リエドの姿は、だれにも見られてはいないようだった。
リエドのことは、何度か一緒に遊んだだけで、名前も住所も知らないといった。
だって、本当のことなんて言えない。本当のことを言ったら、リエドが捕まってしまうかもしれない。それに、本当のことを言ったって、だれも信じないってわかっている。
「そうか、知らないか」
警官はため息まじりに言った。
「でも、どうして、公園で会った時、逃げたの?」
警官がやさしくきいた。
「だって、夜に遊んでいたことが、パパにばれて怒られると思ったから」
「そうか」
警官は納得した様子で言った。
警官の質問はそれで終わった。
まさか、黒い服を着た女の子が、犯人だとは考えていないようだった。
「もう、夜は外で遊ばないように」
警官はぼくにそう言って、ニッコリ笑った。
戸締りを忘れないように、と最後におばあちゃんに言って帰っていった。
ドアが閉まると、おばあちゃんは小さくため息をついた。
「ブルア、今、警察の人に言ったことは、本当なのね」
おばあちゃんはぼくの肩に手を置いて、やさしく言った。おばあちゃんの小さくて青いひとみが、僕をじっと見る。
「うん」
ぼくはうつむいて言った。ぼくがうそをついたのが、わかったのかも。ぼくはちょっとハラハラした。
「夜に外で遊んでいたの?」
「うん、ごめんなさい」
おばあちゃんはぼくの頭をなでた。
「一人で、退屈だったり、さみしかったりするのね。かわいそうに。でも、夜は、もう外で遊ばないようにしましょうね。おばあちゃんは心配よ。こんな事件も起こるんだから」
「うん」
ぼくはうなずいて言った。
おばあちゃんはいつも、やさしい。ぼくのことを、大事に思ってくれているのがわかる。ぼくが困っていたら、必ず助けてくれるって知っている。ぼくはおばあちゃんが大好きで、おばあちゃんのことを、すごく信頼している。
だから、おばあちゃんにはリエドのことを、話しても大丈夫かなと思う。
おばあちゃんにリエドのことを話して、リエドに会ってもらおう。おばあちゃんはリエドと友達になってくれるだろう。そうしたら、リエドがどんなにやさしい子だっていうのがわかるし、事件を起こしたことだって、しかたがなかったことだと、わかってくれる。
おばあちゃんならきっと。
「おばあちゃん、あのね・・」
と、ぼくがいいかけた時、突然、頭の中にリエドの姿が、映像になって現れた。男の人も二人いて、リエドと向き合って立っている。リエドが何か言ったあと、一人の男の人を持ち上げて地面にたたきつけた。そして、もう一人の逃げようとする男の人を追いかけ、押し倒して、馬乗りになって頬をなぐった。悲鳴をあげる男の人を尻目にリエドは暗闇に消えっていった。
何もかも、ほんの一瞬のようなできごとだった。恐ろしかった。いつものかわいいリエドの顔じゃなかった。あれはバンパイアの顔だ。
ぼくは動けなくなって、その場に立ちすくんだ。
「どうしたの? ブルア」
おばあちゃんがぼくの顔を覗き込む。
ぼくは目をつぶって頭をふった。
「だいじょうぶ?」
おばあちゃんがぼくの背中をさする。
ぼくは目をつぶったまま、胸に手を当てた。心臓がどきどきして、頭がクラクラする。
「ブルア、どうしたのかしら。どうしましょう」
ぼくの様子がおかしいので、おばあちゃんがおろおろしている。
おばあちゃんに心配をかけちゃいけない、ぼくは思った。
「じょうだんだよ」
ぼくは舌をだして、元気に歩き出した。
「まあ、ブルアったら、びっくりしたわ。本当に驚かさないでよ」
おばあちゃんはほっとして、笑った。
もう、心臓のドキドキも、頭のクラクラもしなかった。
だけど、今のなんだったのだろう。どうしてあんなものが見えたのだろう。
本当に恐ろしかった。
リエドのことは、おばあちゃんには言ってはいけないんだ。そう、だれにもいってはいけないんだ。ぼくはそう感じた。




