10 スノードーム
月曜日、ぼくはお墓にきた。
ほとんど、日が落ちて暗くなった墓地に、リエドはもう来ていて、ぼくを待っていた。
「あそこから見ていたのよ。あの木のてっぺんから。ブルアのアパートが見えるの。電気が消えたからこっちに来るのかなあ、って思って待っていたの」
リエドは墓の隅に植わっている、大木を見上げ指をさして言った。
「へえー、あんなに高いところに登れるの? すごいね」
「フフフフ」
雪がうっすらとママの墓石に積もっていた。
「ここは本当に寒いね」
ぼくは両手で、自分の体を抱きしめるようにして言った。
「そのようね」
ぼくの仕草を見て、リエドはちょっとおかしそうに言った。
リエドは寒さを感じないんだ。ぼくはちょっとうらやましくなる。
「ねえ、ぼくの家にこない? ここは寒すぎるよ。じっとしていたら、凍え死にしそう」
ぼくは大げさに言った。最初からリエドを家に誘うつもりでいたから。ぼくは笑って言ったけれど、リエドは
「凍え死にしたら大変。早くブルアの家に行きましょう」
急に真面目な顔になって言った。本気なのか、からかっているのか、ぼくにはわからない。
リエドはぼくの手をつかむと走り出した。この前、警察官に追いかけられた時みたいに、二人ですごいスピードで走った。
気がつけばぼくのアパートの前だった。
リエドはいつも、お墓から帰るぼくを、アパートの前まで送ってくれていたけれど、こんな手があるのなら、こうやって送ってくれてもよかったのに、と一瞬だけ思った。
いいや、でも、やっぱりぼくはいつものように、手をつないでゆっくりとアパートに帰る方がいい。その方が、リエドと少しでも長くいられる。
リエドも、もしかしてそう思っていたのだろうか。
「大丈夫? 凍え死ななかった?」
リエドが至って真面目にきいてきた。
「大丈夫だよ。凍え死にしそうなんて、ジョークだよ」
「なあんだ。すごく心配したわ。でも、よかった」
リエドはほっとしたように、体の力をぬいて空を見上げた。
「本がいっぱいあるのね」
ぼくの部屋の本だなを見て、リエドが言った。リエドは今日初めて、ぼくの部屋に入った。
この前、家に来た時は、十分もしないうちに帰ってしまった。夜にお邪魔して、長居はできない。リエドはそんなことを言って。
長くいても大丈夫だよ。パパはまだ帰ってこないから、とぼくは言ったけれど、だめ
けじめをつけないと、と首を横にふった。まるで、パパみたい。リエドは本当にバンパイアなのだろうかと、疑ってしまう。
「好きな本、読んでいいよ」
本の背表紙を見つめるリエドに、ぼくは言った。
「あたし、きっと、字があまり読めないわ。もうずっと本なんて読んでいないから」
「そうか。だったら写真集もあるよ。ほら」
ぼくはネコの写真集を、本だなから抜き取る。女の子はフワフワで、かわいいものが大好きだから。
リエドは本を手に取って、パラパラとめくってぼくに返した。
ネコは好きじゃないみたい。
「ネコ、嫌い?」
ぼくはきいた。
「嫌いじゃないわ。昔ネコを飼っていたこともあるから。お墓にもよくノラネコがくるのよ。あたしになついているのは、クロネコよ」
リエドはそう言うと、本だなに目を戻した。
「この本は?」
リエドが手に取ったのは星の本だった。
「星の本だよ。きれいだろ」
リエドは本の表紙をじっと見つめた。
「本当にきれい。昔に見た夜空にも、こんなふうに星が輝いていたわ」
リエドはそう言って、しばらくほんの表紙をながめていた。
「ここがパパの部屋」
ドアを開けてぼくは言った。
きれいに整頓されている部屋を、リエドはぐるりと見まわす。
ぼくはパパのいすに座った。
「この人がブルアのママ?」
机の上の写真たてをリエドが手にとった。
「うん」
「この男の人がパパで、このちっこいのがブルアね。アハハハハ」
リエドが笑う。
「昔の写真だからね。リエドのパパとママはどんな人だったの?」
だったのというのはちょっと、変だったかもしれない。リエドのパパもママもねむっているだけなのだから。
「二人とも優しい人だったわ」
リエドもだったという言葉を使った。
「パパは背が高くて、とてもハンサムよ。髪の色は濃い茶色で、目の色も濃い茶だった。
手の指が細くて長かったわ。ママは髪をのばしていて、腰くらいまであった。つやつやのブロンドで、その髪を後ろに束ねてお団子にしていたの。目の色はブルアと同じように青かった。きれいな声であたしの名前を呼んだわ」
そこで、リエドは言葉をきって、少し間をおいた。
「弟とは、よくけんかをしたわ。でも、いつも、あたしの後をついてきた。食いしん坊で、ビスケットが大好きだったの」
えんぴつやボールペンが刺さっているペン立てを触りながら、リエドが言った。
「もうだいぶ忘れたけどね」
「家はどんなふうだったの?」
ぼくはリエドがどんな暮らしをしていたのか、知りたくなった。
「大きなお屋敷に住んでいたわ。広い階段があって広間があった。家のまわりは草がいっぱい生えていて、ちょっと離れたところに、大きな木があって、そこでよく弟とあそんだの」
ぼくははっとした。夢に見た景色と似ていると思った。
あの夢の中で、ぼくはビスケットを食べながら、リエドの後について、草原を歩いた。
大きな木があって、その木の根元に二人で座った。
夢のつづきは、真っ暗な部屋、いなびかり、いすに座った三人、体を持ち上げられた、手の感触。そんな夢だった。
ぼくは急に寒気がしてきた。
「どうしたの?」
リエドはなぜか、ほほえんでぼくを見下ろしている。
「いや、べつに」
ぼくは頭をふった。
もしかして、あの夢は、リエドがぼくにみせた夢なのかもしれない。そんなことが出来るのか? でも、リエドの力は未知だ。
ふふっとリエドはまた笑って、パパの飾り棚の方へいった。
「これ何?」
リエドがいった。
ぼくはいすから立ち上がって、リエドが指をさしているものを見た。
スノードームだった。ガラスの球の中に、赤い屋根の教会ともみの木や、小さな茶色いイヌが入っている。去年のクリスマスにパパが買ってきたものだ。
ぼくはこの部屋にはいるたび、雪をちらして遊んだ。
ああ、それはね、と言ってぼくはだまった。とがった屋根の上に十字架がついていたからだ。
バンパイアに教会と十字架なんて、とぼくは思った。
でも、リエドはなんでもない顔をして、スノードームをみている。
「大丈夫?」
ぼくはきいた。
「何が?」
「だってそれ、教会だし、十字架もあるよ」
「ああ、そうね。教会と十字架だわ。でも、そんなの、ぜんぜん平気よ」
リエドが笑った。そういえばリエドは墓地にいるんだった。墓地には十字架はたくさんある。
リエドは、スノードームを手に持ったまま、ただ、見つめている。
「こうやって、雪をふらすんだよ」
ぼくはスノードームを逆さにして、また戻してから見せた。
「うわあ、雪だ。きれい」
リエドは。目をキラキラさせて、スノードームを見つづけた。
そうだ。これだ! ぼくは、自分のいい考えにわくわくした。




