1 夜の墓地
墓石の表に、金色の文字で彫り込んであるママの名前を、ぼくはぼんやりと眺めていた。名前の下に、ママが亡くなった日の日付が書かれてある。他の墓石のように、墓碑銘が書かれていないのは、ママが望んだことだとパパが言った。
墓石がそこに建てられて一ヶ月。まだ、新しい墓石は、薄暗がりの中でも光って見えた。
地べたに座っていて、おしりが冷たくなったので、ぼくは立ち上がった。土の湿気がズボンにしみ込まないように、おしりの下に敷いていた、ビニール袋を拾い上げる。
ぼくは大きく伸びをした。
風が吹いていて、周りの木々がざわざわと音を立てている。ひらけた芝生の共同墓地は、さえぎる物がないから、風がふくと寒い。
ぼくは、両手をポケットに突っ込んだ。
だけど、ぼくはここが好きだ。特に今頃の時間。ほとんど、日が沈んだ夕方のだれもいない墓地。
ぼくは十一歳になったばかりだけれど、暗くなったお墓に一人でいても、寂しくもないし、怖くもない。
どうしちゃったんだろう、とぼくは思う。
だって、つい最近まではお化けや、幽霊があんなに怖かったのに。
暗いお墓に一人でいるのが、好きになるなんて、自分でも信じられない。
ぼくは、顔を上げて、周りのお墓を見た。
大半は、角が丸い長方形の墓石だ。でも、中には角ばった四角いのとか、二段になっている墓石もある。
もし、ぼくが死んだら、ママの横にぼくの墓石を並べるのかな。きっとそうだ。
ぼくの墓石は、もっとかっこいいのがいい。例えば、太い短剣のような形。太陽の光が当たると、キラッと光る、勇者の証のような墓だ。
ぼくは、ママの横に並んだ、ぼくのお墓を想像した。
人に自慢できる、りっぱな墓石だ。
ぼくは満足して一人うなずいた。
暗くなってから家に帰った。
鍵を開けて、だれもいない家に入るのは慣れている。一年前、ママが病院に入院した時からずっとそうだったから。
でも、真っ暗な家に入るのは、ちょっと気持ちが悪かった。明るい時と雰囲気がまるでちがうので、よその家に来たみたいな気がする。
家に入って電気をつけると、見慣れた廊下や、壁の写真にほっとした。
リビングにいき、オイルヒーターのスイッチをいれる。
時計を見ると、六時三十分だった。
パパは夜勤で、夜中の二時頃まで帰らない。大変な仕事だなあと思う。
夜に一人で過ごすのも慣れているけれど、時々、一人でいるのがつまらなくなる。テレビでおもしろいのをやっている時とか、おいしいごはんを食べている時とか、やっぱりパパがいてくれたらなあって思う。おもしろいね、おいしいねって、言い合いたいと思うから。
ヒーターがききはじめたので、ぼくは上着をぬいだ。
おなかが減っている。
ぼくは、冷蔵庫から塩ゆでしたジャガイモと、ハムを取り出した。
コンロの上には、豆のスープがあって、あたためて食べるように、パパに言われているけれど、面倒くさい。サーモンのスープなら面倒くさいなんて、思わないけれど。
ぼくは、豆の料理があまり好きじゃない。
それに、どうせ、残った豆のスープは、明日の朝食に出されるのだから、今、食べなくてもいい。
ぼくは、ソファーに座って、ジャガイモを食べた。冷たいけど塩がきいていて、おいしい。
分厚く切ったハムも、しっとりしていて食べやすくて、おいしい。
テレビでは、車の玉突き事故のニュースをしている。