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log6:「札束風呂広告」


 ムジカの公務員募集の知らせは多岐にわたった。

 書類仕事や事務手続きをする文官、これはポスターの文字の一番目に「これを今読めてるヤツはとりあえず採用!とにかく来い!安全だし飯は食い放題だ!」と書いてある。

 次に伝令、運送隊。「とにかく速いやつ求む。命がけの仕事。高い報酬と名誉。沢山の荷物を運ぶやつも。採用されたおまえは最速の一人となる」

 そして常設軍。これは別のポスターを貼るくらい気合いが入っていた。

 ムジカが金貨風呂でクレーシャやソフィアを両脇に抱えているやつで「勝ちまくりモテまくり!おまえも『強き者』になろう!軍隊はおまえを強くする!魔力を増やす方法、教えます」と書いてある。

 それから「楽器おしえます。君もバンドマンになろう!」と小さく書いた広告。


 清々しいほど欲望に振り切った広告だった。


 これを朝からわざわざムジカ本人が貼っている。面の皮が厚すぎる女である。

 鼻歌を歌いながらご機嫌で糊をつめた缶と刷毛、ポスターを入れた籠を片手にだ。


「あの、王様……女王様?なにをされているのでしょうか?」

「おっ、興味あるのかガキんちょ。これはなー。公務員募集だ。平たく言うとアタシの手下だ。場合によっては命がけになるけど、めちゃくちゃいい目見せるぞー。おまえどうだ?読めるコレ?」

「いえ、読めません。王様の手下になると何がいただけるのでしょうか」


 ムジカに話しかけているのは、ムジカより小さいほんの幼子だ。紫の髪をおかっぱにして、そこから横に鹿のような角が生えている。

 服はごく素朴なTシャツと布を巻き付けただけのスカートだ。印象的なのは無表情な人形のような顔に、黒々とした深い目だ。


「とりあえず飯は絶対に保証するし、服もいいのやるぞー。あと魔力も強くしてやるし、そのうち金も導入するから金もたんまりだ!」

「……」

「おっ、悩むか?ほんじゃこの飴玉やるからとりあえず二十枚貼ってきな。戻ってきたら10個やる。あと他の働くやつを連れてきたらさらに20個か、好きなお菓子をやるよ。どうだ?手伝ってみるか?」


 ムジカは幼子に飴玉を握らせてニカッと笑った。


「……わかりました」

「このへんで待ってるからなー。さっとやっちまえー」

「……」


 ムジカはそのへんに座り込んでスパァとタバコに魔法で火をつける。

 治安とお行儀の悪い国家元首である。

 そして、ムジカはまず魔力から大きな布を作り出すとそこに様々な物品を並べ始めた……


「貼ってきました。王様。これは?」


 ムジカの前には広げた布の上に沢山の服とお菓子があった。

 髪飾りのような簡単な女児向けのものから、男児向けのおもちゃまで。


「とりあえず好きな服選びなって。ちゃんと戻ってきたからなー。まず飴玉十個と制服だ!あっ、飯食べる?」

「……いただきます」


 籠からパンと『特製』バターを取りだし、道路の上で焚き火をして焼く。

 ハムも焼いて切ってパンに挟んで幼子にわたした。


「うまいか?」

「おいしいです」


 ムジカもバリバリとそのギザ歯を遺憾なく発揮して固めのパンをかじり、ニコニコと幼子の頭を撫でる。


「服どれがいい?手下にはちゃんとした服着せてやりたいからなー」

「では、これを」


 幼子が手に取ったのは魔法少女風のフリルが沢山ついた可愛らしいドレスだ。

 人間には黒と白のちょっとダークな魔法少女風だが、魔族の色覚にはピンクや黄色などのキラキラなビビッドカラーに見える。

 背中にはムジカが国旗と定めた「星を囲む円環の蛇」が書かれている。大きな五芒星とそれを囲む円がよく見れば蛇になってる意匠だ。

 その蛇の口元には果実が描かれている。


「おっ、いいね。子供はそういうのでいいんだよ。ほらそのへんで着てきな」

「はい」


 ムジカはニコニコと子供に服をわたして懐からスキットルを出して酒を飲んだ。

 子供が戻ってくるとムジカはよしよしとうなずく。

 ごく小さな幼子の体に魔法少女のドレスはよく似合った。


「似合ってるじゃん。いいね。ほんじゃちょっと休んだらまたちょくちょく張りに行きつつ、他の手下も連れてきて」

「はい!」


 そうしてしばらく露天商のように荷物を広げた状態でぼんやりギターを弾いたりゆるく歌ったりした。

 それだけで魔族が集まってきて話を聞く。そしてムジカは広告を出しながら説明をする。

 そんな時間がしばらく。


「……思ったより、たくさんあつまってしまいました」

「うおっ、思ったより多いな。っていうかそこの大人たちは何?っつーか君、いつも最前列で聞いてるヤツじゃん!」


 幼子が集めてきたのは同じような魔族の子供達。人間で言えば十歳前後に見えるが、魔族基準では普通に一人で生活できる範囲だ。

 残りは何か異様な……ムジカの服を見真似たのか、黒レザーの露出が多い大人魔族の集団である。


「お、覚えていてくださったんですか……そうです!いつも聞いてるヤツです!こいつらはその……俺と同じでムジカ様の音楽が好きな……そう、ファンです!俺たちあなたのファンなんです!」

「はい!お会いできて光栄です!!」

「本当にムジカ様がいる……」

「さっきまで歌っておられた……」


 基本的に美形だが黒レザー半裸のむさ苦しい野郎共か、美形だがどこかサディストの女王様みたいな異様な服装の集団であった。

 基本が喪服のようなフォーマルな服装を好む魔族の中にあって異常者の集団である。


「お、おお……アタシのファンってどこ行ってもこんな感じになるのな……そうか!ファンか!よーく来たなー。おまえ達を待ってた!あっ、子供達もね?」


 ファンから歓声が上がる。基本大声を上げない魔族の感性からするともう治安の悪い異常者たちである。


「オーケー、とりあえずそこのガキンチョとファンのおまえは名前教えて」

「……アビスです」


 幼子が少しおびえながら。


「お、俺なんかの名前を聞いて下さるんですか!?ファナトです!お好きなようにお呼び下さい!」


 ファンの一人は明らかに光栄そうに。


「オーケー、アビス。おまえはまずこれ報酬な。んでこっちの飴玉の袋は残りの全員で別けろ。そんでもって服も今から全員分作るから好きなだけ取れ」

「はい、わかりました王様」

「そんでもってこの籠のビラを貼りまくれ。なくなったらアタシに雇われたつってあっちの仮庁舎にいるソフィアってやつにビラと報酬を貰え」

「もっといただけるのですね。わかりました」


 ムジカはアビスに飴玉を一袋与えると、もう一袋をみんなで別けろと与えた。その上、広げた布の上に話している間からあっというまに大量の服を魔力から作る。

 子供達は我先に飴玉と服に群がった。


「んでファン一号!先に聞いとくけど、おまえらアタシの手下になる気はあるか?」

「もちろんです!おまえらは?」


 ファナトが食い気味に即答した。後ろを振り返ると他のファンも次々に同意する。


「はい!ぜひ!」

「当たり前じゃないですか!」


 その答えを聞いてムジカはうんうんと満足げにうなずく。


「オーケー、良い答えだ。いずれは色々担当を分けるけど、とりあえずおまえらは私の私兵として雇用する!つまり親衛隊だ。わかるよな?」

「ほ、本当ですか……親衛隊?おれたちが?」

「そうだよ。つっても今はまだ私のパシリ共だ。だが、約束するけどさ。楽器と歌と魔法は教えてやるよ。飯もちゃんと食わす。どうだ?」

「もちろんやります!俺たちも音楽をやっていいんですか……?」

「当たり前じゃん。おまえらが前座をやるんだよ!アタシらだけにバンドやらせんな。手分けして音楽の素晴らしさを広めろ。わかるなー?」


 ムジカはいつもの目が笑っていない笑顔でファン達に圧をかけた。

 もちろんファン達は逆に喜んだ。


「はい!俺の使命にします!光栄です!」

「ムジカ様自らが教えて下さる……?なんてことだ」

「さすがムジカ様だ。俺たちには考えもつかないことをいとも簡単になされる」

「ほんじゃお前らは制服代わりに服の背中に国旗を描くから並べ―」


 かくして、ムジカは魔族の私兵を手に入れた。

 この後、彼らが受付をやって雇用計画は飛躍的に進み、無数のつたない履歴書にソフィアとミスラ、ラッドは埋もれることになった。

 もちろん、最終的にムジカもそれに目を通すことになるのだが。


 ◆


 結局、この一週間ほどで細々とした作業は子供達が、受付や事務処理は親衛隊が行い、仕事が終わればムジカは彼らを野原に連れ出して焚き火の前で肉を焼きながら歌を教えたりした。

 魔族は基本、頭が良い。というか物覚えが人間よりはるかにいいのだ。

 故に彼らはあっというまにとりあえず楽器を作り、ドレミを弾けるまでに一週間の余暇時間で至った。


「うんうん、筋が良いぞおまえらー。とりあえず知ってる曲を耳で聞いてまねしてみろー。いっしょに歌うぞー」

「は、はい!気合い入れろおまえらー!」

「いやこれそんな気合い入れる曲じゃないから。気楽にいけ。一緒に歌おう『ジョン・ディラン』るーららーらー、るーらららー、とぅーだららーるーらららー」


 それは少し昔なつかしいスローな曲。例えるならば魔族版のフォークソングに近いとムジカは思っている。

 みんなで歌ったり、楽器初心者にも優しい曲だ。

 子供達もいつしか、ファンに混じって歌ったりしていた。


「愛してるぞお前らー!」

「うおーっ!」


 そこには笑顔があった。ファンの奴らはもう普通の人間ような満面の笑顔で、子供達は魔族らしい薄い微笑みで。

 魔族は感情が薄い。だがそれは薄いのであってゼロではないのだ。


 ◆


 ある日は魔法を教えたりした。


「ほんでお前らにはとりあえず基礎魔法とか『術』って呼ばれてるやつを教えるぞー。アレだ、誰でもできる簡単なヤツだ。武器作ったり、服作ったり、魔力弾飛ばしたり、空飛んだりとかそういうのだ」


 ファンたちは驚いた様子で、今更子供に教えるようなことを……?という顔をしていたが、子供達は素直に助かる様子で聞いていた。

 魔族は三才までにこれらの基礎的な魔法を親から教わり、反抗期が来てそのまま独り立ちする。

 だが、魔族とは生来個人主義のぼっち生物。うまく教わっていない子供も多いのだ。


「その、『術』ですか……?俺たちできますけど」

「まあ見てろ。このレベルでできるか?」


 ムジカはそのへんの小山ほどもある岩に魔力弾を秒間百発のおそるべき連射速度で撃ち放って見せた。

 なお、人間であろうが魔族であろうが、普通は秒に三発撃てればかなり速いほうだ。

 全員ドン引きしていた。


「これ、本当にただの魔力弾ですか」

「ただの魔力弾だよ。けど効率とかを最大限まで突き詰めたらこうなんの」

「お、押忍……」


 子供達は目を輝かせていた。


「わたしたちでも、これができるようになりますか?」

「できるよ。できるようにする」


 おお……とファンと子供達の間に感嘆の声が上がった。


「そういうわけで特訓だぞー。マジでキツいから無理そうだったら言えよー。ここで死なれてもアタシが困るからなー」

「押忍!」

「は、はい……」


 かくして地獄の特訓が始まった。

 そのうちソフィアやクレーシャまで混じって教え始め、全員親衛隊結成から一月の間にこれを習得した。

 地獄の訓練が終わる頃には子供達まで面構えが違っていた。

 のちにムジカ親衛隊のお家芸と畏れられる対空魔力弾秒間百発の完成である。

 これらが最初に基地を落してからわずか数ヶ月で成し遂げられた。

 全世界でも稀に見る速度だ。


「さてと。そろそろ来るよな……討伐軍」


 ムジカは夜明けの地平線を見ながら、好戦的な笑顔で腕組みして呟いた。

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