log5:「ウエイストランド魔人国建国」
翌昼。
「えー、と言うワケですっきりした所でミーティングやるぞー。あー、太陽が黄色く見える……」
ホテルの会議室を使って即席の国会を作るムジカ。
魔法で作り出した黒板を前に本人はクレーシャのあぐらをかいた膝の上で抱きかかえられている。
「あー、なあ。これいいのか?」
「いいんじゃないの?どうでも。この国ってそういう所だし」
ラッドはボスが巨女に抱きかかえられて会議が進行するという異常事態につっこむが、ミスラがやる気なさそうに答えた。
なお二人とも丁寧にテーブルにつくことはせず、適当にイスを持ち寄って黒板の前に集合していた。
「はい皆さんご静粛にーっ!リーダーからのお言葉ですわーっ!」
クレーシャは一晩中土木工事のようなまぐわいをした後になってもまだ膝の上のムジカの胸をいやらしく揉んでいた。
底なしである。
「あんたが言うのかよ……まあいいや、それでここからどうするんだボス。大方針を決めるのはあんただろ」
「ああそれだけどな。今ん所はこの人数でまとめられんのはこのへんが限界だ。だからここからは国としての体裁を固めていったり国民生活をめっちゃ豊かにする。富国強兵だな」
慌てたのはミスラだ。なにしろ現在の領地は州ひとつぶん。大陸の半分を支配する魔王国の真ん前でだ。
「えっ!それじゃあ攻め込んでくる魔王軍にはどうするのよ!?」
「うんそれだけどな。あいつらいつもせいぜい多くても20人くらいで攻め込んでくるじゃん?それ以上はマジで統率がとれねえから全員逃げるし」
「まあそうね……束ねられてそのくらいだわ。個人主義だもの」
「ほんでこっちは一つの街っていうか基地に数百人いるよな。落とせるわけないんだわ」
ムジカは黒板に大きな丸で「わがくに」と「まおうぐん」と小さな丸を書く。
「いや、あんたはそれでもほぼ単騎でこれだけ落しただろ。十二星将クラスの実力者が動けば同じ事が起きるぞ」
「うんそうだね。で、それが何か問題?そもそもこの戦いは何を奪い合う戦いになるかを説明しとこうか。っていうかそもそも魔族同士での戦争って有史以来ないんだよね。前代未聞の事態なんだコレ」
「そ、そうよ!前例がまったくないのよ……?どうするのよ~!」
「慌てんな。想定済みだ。ソフィア、説明おねがーい」
ソフィアがドアを開けて朝食を載せたカートを押しながら儚げに微笑んでやってきた。
「ええ、いいわよ。まあ朝食でも食べながら聞いてね。ラッド、魔族の戦争の特徴は?」
「まず強みだが、一人一人が空を飛べてとんでもない火力の魔法を使える。あと家もなにもあったもんじゃねえからそのへんのものを食ってそのへんで寝る。だから兵站がいらねえ。弱みだが、本能的に群れない生き物だから隊を組めてせいぜい20人だ」
ソフィアは白いお皿にベイクドビーンズと目玉焼きを載せていく。
クレーシャの魔法のせいで鳥は卵を産みまくり、そこらに穀物が実りまくったので、これはそのへんで取ってきたものをソフィアが料理したものだ。
ミスラがごくりと唾を飲む。
「そう、私たちは狩猟採集をする航空戦力。これに似ている民族は人類側にもいるわ。狩猟と酪農、定住しない……そう、騎馬民族たちね。ダークエルフとかの。彼ら同士の戦いが参考になるの。彼らの戦いでは何を奪い合うと思う?」
「将ね。幹部や実力者の首を奪い合うってどこかの公文書で読んだわ」
ミスラがいち早く朝食を得ようと発言する。ソフィアはにこにこと微笑んで皿をミスラにわたした。
ミスラの表情が輝き、スプーンをつかってモリモリ食べ始める。
「正解。魔族は軍勢と生活の場そのものが移動する騎馬民族と考える事ができるわ。でも我が国は違うの」
「あ、そうか。あんたらなら魔族を変えられる……生態そのものまで。それにその、クレーシャ……さんの魔法なら兵站は作り放題だろ?」
「そういうこったね。街を作り、防備を整えて少数の手勢で来る幹部を迎え撃つ。罠を張って万全の体制で集団でボコる。それで首をどんどん上げてきゃ実績がつく。実績がつけば実効支配をなし崩しに宣言できる。そうなりゃ人間側とも交渉ができる」
それに、雑兵の街が敵将に落されたとしても、その間に周囲の基地からこっちも将を派遣して倒せればこっちの勝ちになる。と、小さくつぶやいた。
全員に朝食が行き届き、ソフィアは何か手を組んで祈ったあと食べ始め、クレーシャは笑顔でムジカの口にスプーンを運んでいる。
ムジカは口に運ばれる煮豆をもぐもぐ食べながらクレーシャの乳を枕にしていた。
ミスラが顔をしかめた。おぼこいのだろう。
「そうそれよ!人間と停戦交渉?!無理に決まってるじゃない!?」
「できるんだなこれが。『魔族に取って代わります。人間と戦争しません仲良くしましょう』だと確かに無理だ。新しい敵ってだけだから。でもな『人類側に新しい種族が参加しました!』という立て付けなら案外受け入れちゃうもんなんだよ」
これにラッドは目から鱗が落ちたと言う顔を、ミスラは疑問の顔をした。
「そうか、その手があったな。ボスあんた頭良いな」
「だろお~?褒めろ褒めろー!」
「ええ……言い方を変えただけじゃない……?同じ事でしょ結果的には」
「でもそれでなんか丸め込まれちゃうのが人類なんだよ。ほらそこは人類を騙すために言葉を得るように進化した魔族の本領って事でさ。解れ」
「そうだけど……うーん……?ちょっと理解がおよばないわ……」
ミスラはべろべろお皿を舐めながら言うと、ソフィアがそっと怖い笑顔で立ち上がってお玉で煮豆を持ってきた。
ミスラはへつらいの笑顔でお皿を差し出して、煮豆がつながれるとまた食べ始めた。
「もちろん、それだけじゃないわ。これからは特産品を沢山作って人類国家に大量に輸出するの。生産国としてなくてはならない存在になれば、どう?」
「でもだったらわが国ごと攻め落とせば自国のものになるじゃない?」
「その可能性はあるわね。だから、隣国になるすぐ近くの国で私たちが何もしなかったと思う?」
「ええそうね……籠絡とか?」
「言い方が悪いわね。こちらの商品と計画を提示して納得してもらっただけよ」
「あー、それでその商品ってなんだ?美味い飯だけか?それだけだと弱いだろ」
それを聞いてムジカが笑った。
「だからさ、ライブで国民にまず売りつける。まあ見てなって」
また何か始まるなとラッドとミスラは顔を引きつらせた。
◆
翌日。ムジカの支配するベギン州全土にムジカの声が響いた。
ムジカの使う固有魔法「無形奏法」による音の支配、震動の支配だ。
それが州全体に行渡るほど広い。幹部級でもそうそういない超広範囲の魔法。それだけで国民達は畏怖した。
「おっすー!お前らのロックスター、ムジカだ。とりあえず我が国『荒野国』は魔王国に対して独立宣言をする!安心しろってー勝てる戦いだ。これからライブがてらその説明するなー。アタシの今居る街ロフトにいる奴らは街の外のクソでけえテントを見ろ!来い!!一時間後にやるぞー!飯もあるぞ-!!」
ロフトの魔族達は眠い目をこすりながらとりあえず行ってみようかとぽつぽつ巨大テントに向かっていった。
飛んで近づくにつれ、それは本当に巨大であるのがわかった。
サーカス小屋どころではない。村が一つ入るくらいある。
入り口ではミスラが腰に手を当てて偉そうに指揮をしていた。
「さー!じゃんじゃん食べなさい!!好きに食べていいわよ-!!でも喧嘩せずにねー!」
騎士のような鎧が炊き出しを行っている。これはミスラの魔法によるものだ。
ミスラの得意とする戦法は魔法で全身鎧を作り出しこれを操り人形にして戦う。
固有魔法そのものは『誓約遵守』でこれは『双方合意した契約を絶対に守らせる』という戦闘には使えないものだったが、この人形の軍勢と組み合わせると恐るべき脅威になる。
だがその魔族にとっても督戦隊として畏れられている人形達が今は百に届く数の大鍋や鉄板で同時に料理をしていた。
「喧嘩したらわかるわよね?約束できるわよね?入った時点で約束できるとみなして私の『誓約遵守』が発動するけど同意できるわよね?」
「も、もちろんです。この中では争いません」
「私も約束できます」
魔族たちの普段は無表情な顔にも若干のおびえがあった。それ以上にあまりにも美味しそうな匂いと楽しげな音楽にあらがえなかったが。
「なんだこれは……こんな巨大な肉をどうやって」
「ドラゴンか何かだろうか」
それはとてつもない大きさのドネルケバブだ。ソースに浸した生肉を何層も何層も積み重ねて串に刺すことでとんでもない大きさの肉を作り出す。
それを横に熱源を置いて縦に回しながら焼く。
この場ではそれぞれが勝手に刀剣を魔力で作り出して削ぎ切って食べていた。
魔力から武器や衣服を作り出す。魔族にとって当たり前に備わった身体機能だ。
なお、ムジカはこれを想像を越える規模と精密さアイデアで行うのが得意だ。
「わあ、お菓子の森……なんて贅沢」
「この綿みたいなもの、お砂糖でできているわ」
「ジャンボパフェの山……私は夢でも見ているのかしら」
綿アメの木、マカロンや飴玉、チョコレートの果実。パフェの小山。
どれも信じられないほどの贅沢だ。
「バカだ。バカの考えた楽園だ」
ラッドはケバブサンドを食いながら舞台袖で呆れた。
だが民衆を惹きつけるにはこれ以上無い『パンとサーカス』だろう。
ムジカは1曲演奏すると、ラッドに目配せしてビラをばらまかせた。
「よー楽しんでるかー?スゲエ豪勢に見えるだろ?でもこれ全部お前らでもできることなんだ。できるようにアタシがお前らに教えてやる!ビラを見ろ!テントの立て方、アタシらでも美味しく食えるための薬味の探し方に料理のやり方、それからアタシの考えた魔道具の作り方だー!」
魔族達はそれぞれにビラを拾い、熱心に見始める。
そこには魔族にとっても驚くべき叡智が惜しげも無く明かされていた。
特殊発泡ポリスチレン接着剤をテントに吹きかけて恒久的な住宅にする方法。
魔族でも味を知れるサンゴやハーブの見分け方、化学調味料の概念と魔法による合成法。
さらには酪農の簡単な概略やクレーシャの『生命賛歌』を簡略化してわずか数日で植物が育つ『農作魔法』が習得できる魔道書。
窒素を空気から錬成する『肥料合成』やリンやカリウムなどのミネラルを魔力から合成する『錬金魔法』ですら惜しげ無く公開されている。
ラジオやレコードに相当する魔道具の作り方も。
「ああもちろん、魔王国や他国の奴らには教えるなよ?できたモノだけ売れ。売りまくれ。そうすることでアタシらは『なくてはならない商人』になる。ああそうだ。人間共にはこう伝えておけな?『我が国、我々は新しい種族として人類側に参加します』ってな」
どよめきと困惑も起こるが、それ以上に与えられたエサは魅力的に過ぎた。
「もちろんアタシが許可した戦争や人間共の中でも明らかに犯罪者な盗賊以外では殺すなよ-?勝手に人間を殺したらアタシが直々におまえを殺すからな。でも魔王国側の魔族はじゃんじゃんブッ殺せ!」
そこにミスラが追い打ちをかける。
「約束できるわよねえ!?嫌なら一分だけ猶予を与えるからテントから今すぐ出て行きなさい!出て行くヤツは?いない?じゃあ約束よ。これは契約。誰も契約には絶対に逆らえないの……ああ~気持ちいいわ~!契約を守らせるのって快感よねえ!」
「音円盤と放送受信機は好きなだけ持って行けよー!初回限定サービスだ!あとラジオは作り方ビラにしてるからじゃんじゃん広めろー!これは契約じゃなくって好きにしろ~!」
そこにライブによる音楽の暴力。
あらゆる欲望を満たすサーカスがそこにあった。
魔族達はその本来薄い感情を限界まで揺さぶられ、歓喜の内にビラや料理を持って帰って行った。
そんな狂気のライブツアーが領内で何度も行われた。
「なあこれ……どうやってこんだけの食糧を人類の国に売りつけるんだ?」
結果としてわずか1ヶ月でウエイストランド国は地平線の果てまでテント住宅が無数に立つ黄金色の穂がたなびく畑となった。
「公務員募集しよっか。あと貨幣経済もそろそろ導入したいしねえ」
「当たり前でしょお姉様……私と手下だけじゃもうそろそろ書類仕事だけで死ぬわ」
ミスラは書類仕事にムジカのリクエストする法律の立法にと忙しく走り回った結果、今はイスにぐったりとしていた。
「ふふ、また忙しくなるわね」
なお、放っておくと鬱になるソフィアはこの忙しさでむしろ生き生きしていた。
数日後、イラストの中でムジカがすごくいい笑顔で指を読者に突きつけて「I WANT YOU」と言っている公務員募集ポスターがあちこちに貼られることになる。