log4:「国境都市旧ベギン州制圧」
『回り続ける世界の中でアタシは自由を手にした!アンタはどうだ!?どこまでだっていける!なんにだってなれる!アタシは今!ここにいるんだ!』
ムジカの歌が軽快なギターと共に響く。
ワアアア、と即席のライブ会場が沸きに沸いた。
全員頭に角を生やして葬式みたいなキッチリした黒服の魔族達だ。
「どうだお前ら~!これが自由だ!わかるか!」
「そしてこれが『美味しい』よ~!ほーら受け取りなさい!」
ミスラが例の魔族の味覚を敏感にする特殊素材を使った飴玉やマフィンを群衆にばらまく。
「最高かーっ!?」
『ムジカ様最高です!』
『ムジカ様ばんざい!』
「おいしいでしょ~!?」
『うま~い!』
かくしてわずか数日ですでに3つの基地が墜ちた。仲間がすでに落した基地を合わせるとかなりの範囲に及ぶ。
ちょっとした州や県くらいだ。
ミスラがムジカを指して群衆に問いかける。
「忠誠は~?」
『誓います!』
舞台裏で軽食や水を用意しながらラッドはなんだこれとつぶやいた。
人類がいくら命を賭けても落とせなかった魔王軍がわずか数日でこれである。
やってられない。
「オーケー良い返事だ!さて、ここでサプライズゲストだ!隣の基地にもアタシのダチが行っててなー?そろそろ来るんだわ。東の方を見ろ!」
ムジカがそう言って指さした先は荒野だ。ひび割れ乾いた大地が広がっている……が、しかし。
東の方から恐ろしい速度で草が生え水が川になって流れてくる。
草は咲き誇る花々になり、鳥や鹿までうれしそうに走ってくる。
そして、ムジカのギターに合わせるようにベースの音が響いてくる。
「おいなんだありゃ……」
「ちょっと!ちょっとラッド!私、今日は飲んでないわよね?」
ミスラが舞台袖に近寄ってラッドにささやいた。
「ああ、俺もそのはずだ……疲れてんのかな俺。なんか……なんかヒモみてえな水着きた半裸のマッチョ女が見えるんだけど」
「それって今ベースを弾いてる一番前の人よね……?あの、なんか。その。股間が……」
「やっぱ『ある』よな……そそり立つもんがついてるよな。でも胸もあるしなあ……おい。おいおいウソだろ。あの女、熊くらい背丈がねえか!?」
ミスラはぎぎぎ、と舞台の中心にいるムジカを見た。
「あの、お姉様。あれがお姉様の……?」
群衆からもどよめきが沸いている。
顔だけ良いバケモノみたいな女が美少年達をお供に連れてとんでもない速さでカッ飛んできている。こっちに。
その足下からは荒野がみずみずしい草原に……
この世の終わりみたいな光景だった。
「紹介するぞー!あれがウチのベース!クレーシャだ!」
ドドドギャン!とムジカがギターを鳴らすと向こうもベースをソロで鳴らして答えた。
ムジカの黒地に炎模様のギターと対照的な真っ白でど派手な羽型の変形ベースだ。
まるで天使の羽をもぎ取って弦を張ったような形である。
「お~っほっほっ!新領地の皆様ごきげんようー!ご紹介にあずかりましたクレーシャですわーッ!!」
近くで見るとクレーシャの姿はそれはもうすさまじかった。
クマほどもある背丈と筋肉。
首から上は美しいお嬢様の顔。縦ロールの髪。
ほとんどヒモとフリルだけみたいな全裸より隠れていない服。
そしてベースに隠れているが股間にそびえる雄々しいもの。
「そしてこの子達は私をもり立てるバックダンサーにして愛の相手!グッドルッキングボーイたちですわーっ!」
クレーシャの横には天使のように微笑む美少年達。まあ角があるので魔族なのだが。
彼らもゆったりとした白い腰布くらいしか身につけていない。脇には何かの籠を抱えている。
美少年達は全員同じような笑顔の表情でバサア、と何やら籠から粒子状のものをまいた。
そこからもの凄い勢いで木々が生えて花が咲いて実がついていく。
種だ。種をまいたのだ。
「おー!また増えたな!ドラムのアイツは?」
「もうそこにいますわ」
ムジカが後ろを見ると『小綺麗な若奥様』みたいな地味なパステルカラーの服を着た穏やかそうな美人がドラムを叩いていた。
まったくのいつの間にかであった。舞台でモチ撒きをしていたミスラですらまったく気づかなかった。
それはこの若奥様風の魔族が恐るべき実力者であることを意味する。
「あら、久しぶりね。とうとうやるのね、ムジカ」
「おうよ!アタシら50年くれえ待ったもんね」
「ええそうね。私たちにとってはとても短い時間、人間にとってはとても長い時間ね」
「あー……また長くなる話?今ライブしてっからさあ。紹介するぞー!ウチのドラム!ソフィアだ!」
「よろしくね」
ドドドンとソフィアはやはり陰のある微笑みでしかし情熱的でパワフルなビートを鳴らした。
「三人揃って『カルマスターナ』だ。よろしくなーっ!あ、まだ戸惑ってる?まあそりゃそうだわな。とりあえず1曲やろっか」
ステージに三人揃い、それぞれ楽器を構え、うなずきあった。
「『大欲界108ヶ所巡礼』だっ耳にやきつけやがれーっ!」
どよどよという群衆のとまどいは情熱的な音楽と共に収まり、やがて熱狂の渦に変わる。
『欲せ!欲せ!煩悩にまみれろ!苦しめ!楽しめ!快楽を貪れ!欲の海に沈め!飲み干せ!それが生きるって事だ!』
『光溢れる世界でも、呪われた者にはどんな光も届かない』
『これがアタシが授ける外道の授戒、不浄の涅槃、無明の大悟』
『呪いを飲み干し、全ての鎖を断ち切る。それがアタシの道だ。赦しは要らない』
そしてムジカは遠慮なく群衆の中に飛び込み、担ぎ上げられ、ギターを弾きながら群衆の上を運ばれていく。
モッシュアンドダイブというパフォーマンスだ。
「ぜんぜん3人の服装の方向性が違うじゃない……?」
「気になるのそこかよ……」
ちゃもっちゃもっと両手に持ったマカロンをかじりながらミスラが呆然と呟き、ラッドも唖然としながら突っ込んだ。
◆
その夜、打ち上げにと寄った元はホテルであったらしき大きな建物で。
「やー、おつかれ。改めて紹介しとくなー。ウチのベースのクレーシャとドラムのソフィアだ」
「よろしくおねがいしますわーっ!」
「よろしくね」
クレーシャがヒモのような服についたフリルを上げて。ソフィアがお腹の辺りで小さく手を組んでぺこりとお辞儀をした。
「えっ、あっ、なんか部下になったミスラです……その、お二人ともとんでもない魔力量なんだけど……」
「ラッドだ。いやそれより外なんかやべえぞ。なんだありゃ」
「バカ!強いお方には敬意を払いなさいよ常識でしょう?!」
「そんなもんはボスと出会って一日で全部ぶっ壊れた。いやマジで外おかしいぞ」
「そうだけど……」
外からはかなり大振りな鹿や野牛をどこかから捕まえて丸焼きにしてはムジカから配られた『調味料』を振りかけて食っている者。
これはまだいい。
だが外でおおっぴらに交わる者がなぜか大勢いたし、酷いときには互いに片手に肉を持って囓りながらまぐわっていた。
嬌声と食レポが響き、夜空には肉の燃える炎が吹き上がる。
もはや秩序も何もあったものではない。
「あーそれはな。クレーシャが来るとまあそうなるんだわ」
「私の魔法『生命賛歌』は生命と肉体を操作するのですわ!その応用で私は常に濃密なフェロモンを出してますのよ~!」
「そういえばなんかちょっとムラつくと思った」
「えっ!?じゃあなんで私は平気なの!?」
ムジカは顎に手を当てて少し考え、うなずいた。
「あーそれはな。クレーシャがたぶん人間向けにはちょっと手加減してんのと、ミスラは曲がりなりにも幹部だから魔力量で許容量が大きいんだと思う」
「そういうわけで、あなたたちは早めにこの部屋から出た方が良いわ。理性が残ってる内に」
「あー、ソフィア……さん。あんたは平気なのか?」
「私は諸事情あって鬱なのよ。だからこのくらいないと逆にまずいの」
「ボスは!?」
「あんまり平気じゃないね。そういうワケで二人とも出ろっていうか三人とも出ろ。アタシは今からクレーシャと旧交を温めてくるからさ」
そう言うムジカの肩を後ろからクレーシャがみしみし掴む。
「私もそろそろ我慢の限界ですのよ……フーッフーッ……!いつもこんなちびっこい体して……私を誘っているんでしょう!?」
「早く逃げろ!早く!!まきこまれるぞ!」
ムジカは慌てた顔でしっしっと三人を追い払った。
ソフィアがうなずきミスラとラッドを掴んでドアの外に宙を飛んで飛び出た。
バタン!とドアが閉まり怒声と嬌声が混じったような声が聞こえてくる。
「なあ、あの……ソフィアさんよ。工事現場でしか聞いたことないような音がしてるんだけどこれいいのか?」
「いつものことよ」
「その、ブッ壊すとかイキ死ぬとか聞こえてくるんだけど大丈夫かしら……?」
「それもいつものことよ」
壁が明らかに壊れた音がした。空気を振るわせるレベルの嬌声と工事現場のようなとてつもない音は続いている。
「本当に大丈夫なのかしら……?」
「なにも、問題は、ないわ。わかる?」
「あっはい」
ソフィアが少しすごむとミスラはひっと息を飲んでうなずいた。
ラッドにはもはや全員の魔力量がとてつもなく大きいとしかわからないが、彼女たちにはおそらく明確な格として理解されているのだろう。
「それよりも問題はあなたたちよ。今はまだフェロモンの影響が少ないけど、いずれ媚毒が回るわ。はやめにお相手を見つけた方が良いわよ」
「ええ……?それは困るわ……こいつと……?うーん無いと思います……」
「いやー、あんまり気が進まねえっす……」
「じゃあ外で盛ってる誰かに混ざるかした方がいいわよ。それとも私とする?」
ラッドとミスラが嫌そうに顔を見合わせた。
その夜、誰が誰とどうなったかは伏しておく。