log3:「集団絶叫食レポ」
「ほんじゃ朝飯つくるわ」
「昨日あれだけ食べたのに?別にいらないと思うけど」
魔族は魔力生命だ。故に肉やパンでも栄養となるのはそれに含まれる魔力である。
だからこそあまり食事を必要としない。
「ラッドもいるしさあ。まあ食えばわかるって」
そう言ってムジカは指を一つ鳴らすだけで昨日まで歌っていたステージの上に水の入った鍋とコンロを出して魔法で火をつける。
「ラッド-!悪いけど荷車もってきてくれる?あれにおいしさの秘密があんだよ」
「おうよ。ボスはそいつを見張っててくれ。そいつまだ逃げようとしてるぞ」
「そうなの?」
ムジカは無邪気な笑顔で笑った。ミスラはぶんぶんと首を横に振った。
しかしムジカはまだ組んでいる肩を離していなかった。それが答えだ。
ラッドが荷車を持ってくるとムジカは中から瓶につめたいくつかの粉と卵のような丸い宝石を出した。
「なんだそれ。片っ方はポタージュの元か」
「朝つったらスープとパンだろ。ご飯に味噌汁もいいけど初心者向けじゃないしね」
「ゴハン?ミソシル?」
そう言うと手早くお湯にポタージュの素を溶き、なぜか鍋に宝石を入れた。
そして別のフライパンでトーストを焼き、目玉焼きを上から載せる。
「『ラピュタパン』……ママはそう言ってたけどやっぱこれクロックマダムだよね。それとコーンポタージュ。あと美味しい水。最初の一口はいただくけど、順番に作ってくから待ってろ」
とりあえず3人分の朝食をつくってラッドとミスラに差し出す。
「うん、スゲエ普通だな。まあ戦場のメシから比べたら天国だけどな」
横を見たラッドは驚いた。ミスラがぽろぽろ涙を流しながら目玉焼きパンを食べていたのだ。
「な、どうしたんだコイツ」
「あー。それはねえ。たぶん生まれて初めてちゃんとした『味覚』を味わってるからだよ」
「それのタネがさっきの宝石か?あれなんだ?」
「これ?」
「それだ」
ムジカはポケットから同じ宝石を出して見せた。
「うん、これはねえ。本来大陸の南の海岸とかで取れるサンゴの欠片なんだけどさ。これ魔力含有率とその含まれてる魔力の質が異常なんだよね」
「あー、魔族は魔力からしか栄養とれねえもんな」
「そう。だから魔族は生きてるモノを殺してすぐに食わなきゃいけない。一時間くらいで九割減衰してあとは腐るまで安定するのが普通の肉の魔力だから」
「じゃあその石から魔力がにじみ出てるとか?そんなんでいいのか?」
「半分正解。煮ると魔力がにじみ出るんだけど、その上コイツの魔力の質は魔族の味覚をめちゃくちゃ鋭敏にするんだわ。だから普段は生肉くれえしか味がわかんない魔族でも人間の八割くらいは味がわかるようになる」
「八割でこんなんなっちまうのか?」
「今まで味のしないお粥みたいなもんだったろうからね。お粥と生肉だけの生活からいきなりクロックマダム食ったらこうなるよ」
ムジカの説明が終わった頃に今まで必死でがっついて朝食を食べていたミスラが滝のような涙を流しながら立ち上がった。
「おっ、美味しい……美味しすぎるわっ!コーンの優しい香り!舌に主張してくる塩味!スープってこんなに美味しいものだったの!?その上パンの香ばしい香りにかりっとした歯ごたえ!これは何かしら……甘み?これが人間の言う甘味なの!?そこに卵のとろりとした食感がまるで肉のような幸せをもたらしているわっ!さらにケチャップの青臭い香りとこれは……酸味?すっぱいっていうのこれ?そう。その酸味と塩味が絶妙にからみあって……!!ああ~水まで美味しい~!!」
ミスラは拳を握りしめて天を見上げながら感動のあまり無心で食レポを行っていた。
「美味しいっ!!美味しすぎるっ……!味に目覚めたわ~っ!おいしーっ!」
「最高の食レポありがと。うまいだろ?アタシもママの飯の味がわかったときそうなった」
「マジかよ……?これから先魔族がこうなるのを毎回見なきゃいけねえのか?」
「っていうか、今からこの基地全部で炊き出しやるけど?」
「ウソだろボス」
その日、ミスラの基地だった街はそこかしこで感動の長文食レポを叫ぶ魔族だらけになった。
◆
そして感動の叫び声が響きわたった食フェスの後、ムジカはまたライブをやって夜になるとミスラが使っていた市庁舎に戻った。
「で、どうよミッちゃん。まだアタシを裏切る?アタシあのサンゴを魔力から再現できるけど」
「お姉様とは死ぬまでいっしょよ!!」
ミスラは例のサンゴと同じような特殊食材によって味がわかるようになったフランクフルトを両手に抱えてボリボリ食べながらムジカに言った。
ラッドはうんざりしたようにため息をつく。一日で濃い反応を見すぎたのだ。
「おおそうかそうか。ほんじゃあミッちゃん。とりあえず例の酒とこのサンゴ、お前の知ってるヤツ全員にアタシのお手紙つきで届けよっか」
「ウソでしょお姉様」
「手紙の内容はそうだなあ~『何の成果もねえ戦争を何千年もやってるクソ無能な魔王に仕えるより美味い飯食わせてやるアタシに仕えない?』とかでさ~」
「とりあえず裏切りを誘発させるってワケか。だがよボス、俺たちの勢力はまだこの基地だけだ。この段階で反乱を公にしても袋だたきにされてブツを奪われるのがオチだぜ」
「だから届くまでちょっと時間があるだろ?たぶんまあ一週間くらいかな。その間に近場のは同じ手口で全部落す。3つくらいあったよな基地」
「え、ええ……そうだけど……あのマジで魔王様相手に国盗りをするの……?」
「するよ。お前ら魔族の感覚だと『何千年も好きに暴力を振るえてヒリつくバトルを提供してくれるイカした王様』なんだろうけど、アタシに言わせれば普通にカスなんだわ。何の意味もねえ戦争を何千年もやるようなアホのために命賭けてやるほどアタシは安くねえ。わかるか」
ムジカは食べ終わったフランクフルトの串を尖ってない方を使ってミスラの脇腹をゴリゴリと突っつく。
ムジカの目が笑っていなかった。ミスラは引いた。
「え、ええ……わかる……ような気がするわ……」
「ああ、魔族から見れば魔王はそういう王か……道理で戦争を止めたがらねえわけだ。俺らからすればたしかにカスだな」
「だろお?そういうわけでやってくれるなミッちゃん」
「え、ええ……もちろんよ」
ミスラは明らかに面倒臭そうな顔をしていた。
「あ~それから。手紙はゆっくりでいいから、明日から一週間で基地3つ落すけどたぶんそれより東のこことここな。たぶんもう墜ちてる」
「えっ?墜ちてるって?どういうことなのかしら」
「あのな、アタシが何の策もなく来ると思ったか?仲間が陸路から別ルートで落してるんだわ。似たような手口でな。お前ら気づかなかっただろうけど、昨日あっちでもスゲエ花火上がってたし」
そういえばこっちでもライブをしながら花火を上げていたな、とラッドは思い返した。あれは仲間への狼煙だったのか。
「その……お姉様のお仲間ってどんな人なのかしら……なんだかすごく不安なんだけど」
「え?アタシのレズ友だけど?ああそうだ。あんまアイツに近づき過ぎんなよ。頭パーにするのは同じだけど、パーの方向性が違うから両方一気に摂取したらたぶん使い物にならなくなるんだわ」
「ちょっと待って?!パーってどういうこと!?レズって何!?」
「マジかボス」
「アタシはどっちもいけるから安心しろー。っていうか今日は早く寝ろよ二人ともー。明日から忙しくなるぞー。じゃあアタシは手紙書いたら寝るからミスラは手配よろしくなー」
ムジカは言うだけ言うと自分の使っている寝室に帰ってしまった。
どちらともなくミスラとラッドが目を合わせる。
「あー……まあ。がんばろうな」
「チッ、人間に励まされるなんてね。ええまあ、頑張りましょう。本当に……!」
この後ミスラは山ほど舌打ちしながら部下に『ムジカのお土産つきお手紙』を知ってる限りの知り合いに届ける段取りを行った。
ラッドは幸運にもさっさと寝た。ついてる男である。