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log2:「魔王軍基地占領」

 

「で、どうすんだ。国盗りって魔族相手に正気か?」


 俺たちはまず体力の回復のために一休みすることにした。

 魔法で焚き火を起こしてムジカの船から食糧をいただく。

 干し肉とパンを焚き火で温めて、薄いワインで流し込む。生き返る気分だ。


「さあ?正気で生きてられる世の中じゃないでしょ。まあちゃんとある程度は計画立ててあるから安心しなって」

「アンタなあ……まず魔族なんて従えられる生き物じゃねえんだぞ。どんなルールで縛ってもどんな理屈からでも結局は人間を殺すって結論に至る生き物だ」

「あー、そりゃあいつらそういう寄生虫が小脳のあたりに寄生してっからだね。殺人をするとドバドバ脳内麻薬出るから、アル中が酒呑むためにあらゆる理由を思いつくのと同じなんだよ。けど、その寄生虫を殺す薬も、もっとドギツイ快楽を与える薬もアタシなら作れるんだコレが」


 そう言いながらムジカはチーズを囓って酒瓶に口をつける。


「アンタ一体『何』なんだ」


 この質問はかなりの緊張をした。コイツマジでなんなんだってのもあるが、これだけ魔族に詳しいって言うことはコイツも魔族じゃないのか?

 少なくとも、魔族相手に人体実験をやってる。なんなんだ。


「『新種』だよ。進化って概念はわかる?品種改良とか」


 ムジカは額の髪の生え際をさすった。魔族なら角が生えている場所だ。こいつのは人と同じようにつるんとしていた。


「あー……狼から犬が生まれたみたいに新しい種類が産まれるって事か?」

「そうそれ。アタシは魔族という狼から生まれた犬だ。『新種』なんだよ」


 俺はちょっと後ずさった。信じられるわけがない。魔族から産まれた新種?魔族は全員が殺人中毒者だとこいつ自身も認めてることじゃないか。


「ウソだろ……どう違うんだ」

「魔族は元々人間を模倣して擬態する方向に進化してた。アタシはその完成形、特異点だ。完全に人の心を模倣したことで、魔族と人の心を両立させた個体だ」

「アンタは人を殺したくならねえのか……?」

「信じるかアンタの自由だけど、なんない。アタシの育て親がすごい魔女でさあ。さっき言った寄生虫を駆除してくれた。そしたら角が落ちた。なんかそう言うモンらしいんだわ。魔族の能力を持ちながら人間の心を持ったってこと」

「……」


 信じるべきではない。魔族は殺人中毒であり、中毒者というのは中毒を満たすためにはどんな嘘もつくからだ。

 だから言葉は何も参考にならない。こいつから感じる態度と、あとはもう俺が信じたいかどうかだ。

 それに、何度も考えたが他に行く当てもねえ。


「……わかった。信じるかどうかはこれから考えるとして、他に行く当てがねえ。で、国盗りだろ。どうすんだ」

「幹部を装って魔族の基地を乗っ取るよ。さっき言った寄生虫を殺す薬と良い感じに気持ちよくなる薬のミックス。こいつを水や食い物に混ぜたヤツを差し入れだっつって持っていく」

「魔族にヤクを!?いいのかそれは」

「いいんだよカス種族の頭をハッピーにしてやろうってんだよ。慈善事業だ」

「人の心本当にある?」


 コイツまじで頭おかしいな……魔族に薬物を蔓延させようとしてんじゃねえか。まあ俺は人間だから助かるが、人の心というモノはないのかよ。


「アンタなかなか失礼な事言うなあ。まあいいや、それで良い感じに酔っ払った奴らを音楽で洗脳する。全員アタシのファンにする。後はまあ……流れで」

「流れで!?アンタ正気か。酔っ払ってんのか?」

「何度も言わせんなよ?シラフで生きてられる世の中じゃねえだろうが」

「わかったよ!OK、アンタに賭けてみる。メシの借りもあるしな」

「曹長、アンタも大概酔狂だね。けど助かるよ。助かるからとりあえず二人して角を接着剤でつけよっか」


 ムジカは魔法で海岸の砂を固めると角の形にして自分の頭につける。

 牛の角みてえなつるりとした小さなヤツだ。


「そりゃあ、基地に潜入するんだからな……しょうがねえ、つけるよ。オススメあるか?」


 俺は少しでも気を軽くするために冗談で言ったがムジカはわりとマジな顔で考え始めた。


「んー。魔族的感覚で言えば角ってアソコみたいなもんだからさあ、好みが色々あるんだけど、やっぱ小さすぎは舐められるんだわ。でもエグすぎても引くだろ。最近の流行でいえば山羊角の手の平くらいがイケてるんじゃないかな……たぶんね」

「普通ので良い。普通で頼む」

「はいはい」


 思ったより生々しい話になっちまった……コイツのアソコの好みとか聞きたくねえよ!


 ◆


「うう……はあはあ……ひどい目にあったわ……でもこのミスラ様の年季には叶わなかったみたいね!」


 ミスラは死んで体が塵にかえっていくふりをして、二人の目が逸れた一瞬に物陰に隠れて体を回復させることに専念していた。

 とにかく遠くに、あのワケのわからない女から逃げなければ。

 船から何か瓶を荷車に載せているが好機だ。今のうちに逃げて、そのへんの獣でも狩って血肉を食べて体と魔力を回復させなければ……


「うう……カエルを食べるなんて子供の頃以来じゃない……覚えてなさいよ……」


 そうやって彼女がようやく満足に動けるようになった頃にはすでに夜だった。

 基地に帰らなければ……人間共のつまらない街を占領して作った前線基地だが、それでもあの女をひねり潰すには十分な戦力のハズだ。


「今に見てなさいよあのイカレ女……全軍を使ってひねり潰してやるわ!」


 基地に近づくにつれ、妙に良い匂いがした。これは肉の焼ける匂いだが、妙に心地良い。こんなに美味しそうな香りは初めてだ。

 この時点で何か嫌な予感がした。高度を低めに飛んでいく。

 基地から何か花火やよくわからない光が出ていた。

 嫌な予感はさらに増した。こっそり歩いて行くことにした。


「あれえ~?ミスラ様、どうされたんです?今すごいことになってますよぉ~」

「あの、どうしたのかしら。私の基地が変なことになってるみたいだけど。あなた何か知ってそうね」


 部下の一人がなんかへろへろになって笑っていた。

 もうこの時点で彼女は逃げるべきであった。


「いえね~、大魔族のムジカさまが物資を寄越してくださいましてぇ~これすごくおいしいんですよ~」

「へ、へえ……そうなの」

「ミスラ様もどうですか~?」

「いえ、やめておくわ」


 ミスラの本能が最大の警鐘を鳴らしていた。今すぐここから逃げるべきだと。


「それから、あの方は素晴らしいんですよ!今もとても良い音楽を演奏されていまして……どうです、ミスラ様もぜひ……!」


 ミスラは全てをかなぐり出して後ろを向いて逃げ出した。

 だが後ろには見知った顔が大量に笑いながら彼女を囲んでいた。

 なら上は!?ダメだ。射撃戦が強いヤツが大量に飛んでいた。


『この期におよんでまだノってないやつがいるぞー!!そんなヤツをどうすればいい-!?』

『殺せー!』


 その時大音量の音楽と共に基地の中心部からあのイカレ女の声がした。隣にいるのはあの時の人間の兵士だ。

 こっちを指さしている。


「なんで私が……なんで私がこんな目に合わなきゃいけないのよ!?どきなさいバカ共!!」


 魔力弾を打って逃げようとするが、まるでゾンビか中毒患者のように部下達が笑いながらこっちに向かってくる。


「まあまあ……まあまあ」

「まあまあ駆けつけ一杯というやつですよミスラ様」

「大丈夫ですよ。ミスラ様も体験してみましょうよ」


 あっという間に手足を捕まれて酒瓶を押しつけられる。


「やめ、やめろ……やめなさい!私は幹部で、十二星将で、とにかく貴方たちよりずっと偉くて!んぐっ!?んんん~!!」


 口を開けてくる手に噛みついたが、まるで痛覚がないかのように怯まない。

 あっという間に瓶の中の透明な液体を飲まされた。

 ぐらりと視界が歪む。頭がふらふらする。


「にゃにこりぇ……あはは、うふふ、ふわふわ。ぜんぶふわふわするわ。うふふ、たのしいわ。なんだかたのしくてたまらないわ」


 わき上がる多幸感。楽しくてたまらない。恐怖も不安もぜんぶ溶けていく。

 ああ、そういえばこの歌もすごくいいじゃない。


「さあミスラ様、盛り上がりましょう」

「みんなお待ちしていました」

「ムジカさまもぜひステージにと!」

「えへへ、うふふ。そう?じゃあいってみようかしら」


 そこからはあまり覚えていない。

 ただもの凄く盛り上がって楽しかった記憶がある。


「よっ、ミっちゃん。そういうわけで昨日の昼も言ったけどアタシお前の領地から国盗りすっから。今日からアタシがボスな?喜べよ~お前が部下一号だ!」


 気がつけば朝で、ムジカと肩を組んでいた。

 周囲には酔っ払って倒れ伏す部下だったやつらと、横に座っている人間の兵士の男。

 ぐりぐりとムジカに頭をなで回されるとなぜだか幸福感がわいてくる。


「え、ええ……?そうね、そうだったかしら……?」


 頭が痛いが、だいぶ正気には戻ってきた。だが、頭の中の何か決定的なものが壊れた感じがする。

 とにかく、この状況に疑問しか感じないがここで抵抗してもまたロクでもないことになるのは目に見えていた。

 ここは従う……!あえて従う……!頃合いを見ていつか逃げてやる……!


「ラッドも昨日のお前のヤバい状態を見てもう許すってさ。よかったなあ!」

「は、はあ……ありがとうございます?」

「あー、まあ。その何だ……ワケがわからねえと思うが慣れろ。ここから先こういうことだらけだ。説明は後でするよ……」

「あっ、はい……ねえなんで?なんで私の基地がいつの間にか乗っ取られて私自身も部下になってるの?」

「嫌か?ほんじゃまたキメてみる?」


 ムジカがすごくいい笑顔で酒瓶を手に取る。周囲を囲んでいる元部下が立ち上がった。ミスラは高速でぶんぶんと首を横に振った。


「いえ!何の不満もないわ!でもその……国盗りってどういうことかしら」

「まあ……それはおいおいな。おいおい」

「はーもう……わかったわ。いざとなったら逃げるけど、とりあえず従ってはあげる。それでいい?」


 魔族は基本的に力が全て、自分の生存が全てであり、国への忠誠心はない。

 ただ、魔王と魔王軍に逆らえば殺されるので従っているだけだ。

 そしてその魔族の中でもミスラはとびきり現金な性格だった。


「ま、今のところはそんでいいや。そのうちお前からちゃんと仕えたいって言い出すように頑張るわ」

「あっ、そう。期待しないでおくわ」


 かくして、ムジカはわずか一日で戦わずして十二星将の一人を基地ごと手に入れた。

 これは、ほんの始まりにすぎないのだ。

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