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log1:「海岸にて」

 俺たち第8次北伐軍は壊滅した。

 出発したときは第500魔法小隊までいたんだが、散り散りになって生き残りは俺一人。

 神話の時代から続いている魔王軍との戦争。終わるはずもない。

 何度こんな目に合わなきゃいけないんだ。


「くそったれ、クソが!俺は生きる、生きるんだ……!生きて帰ってやる……!」


 兵役が終わるまでか、偉くなって後方に下がれるまで?いずれにせよ、気の遠くなる話だ。

 だが、それもこれも追手から逃げなくては話にならない。


「海かよ……畜生め」


 茂みを抜けると目の前に砂浜が見えた。海だ。つまりもう逃げ道はない。

 終わりだ。


「あらあら、追いかけっこはもう終わり?せっかく最後の1匹だから楽しもうと思ったのに」

「ミスラ様、この程度の敵です。お任せください」

「多少手こずらされました。この男で気晴らしをさせてください」


 ミスラという敵の女ボスと取り巻き共が低く飛びながらゆっくりと現れる。

 こいつはわずか一人で数万の人形の軍勢を操る。とてつもない魔力と技量だ。

 そのうえ人形は精強でほぼこいつ一人で万の軍隊が壊滅した。

 しかも、取り巻き共も護衛としてふさわしい実力がある。


「クソ魔族共が……」


 魔族は角の生えた美男美女で、黒くてダンスにでも行くのかっていうパリッとした服装。

 これがこいつらのいつもの姿だ。くそったれめ……

 俺はせめてもの抵抗をしようと身構えて魔力弾を手の上に出して狙いを定める。


「……なにあれ」

「なんだ……?」


 そこに楽隊でもつれているのかというくらいに派手で陽気な音楽が聞こえた。

 馬みたいな速さで海の方から小さなボートが、ボートかあれ?まあいいとにかく船がこっちに向かってくる。

 商人か?援軍か?

 船の船首に足を乗せて満面の笑顔でこっちをみている女が一人。

 炎のような真っ赤なツインテールにサメのようなギザギザの歯。体は貧相な少女のようだが。

 馬鹿みたいな短いホットパンツにヘソ出しのシャツを着ている。

 頭に……角はない!魔族じゃない!


「おい!おーい!逃げろ!お嬢ちゃん逃げろつってんだろ!こいつら魔族だ!逃げろ!!」


 俺が手を振ると赤髪の少女も手を振り返した。そうじゃねえ!


「へえ、人間のいつものやつね。そんなに女が貴重なのかしら。馬鹿よね人間って」

「まったく、理解に苦しみます。ところでミスラ様。あの船、こちらに向かってきていませんか」

「向かってきてるわね。打ち落としましょうか。いいえ、面倒だから飛んで避けましょう。きっと魔法使いでしょうから」

「わかりました」

「逃げろーっ!」


 俺と魔族の言葉も構わずに船は海をすっとんで俺たちの間に『着陸』した。

 当然船の先にいた少女は空を飛んで……そのへんの木に足を巻き付けて逆さまになりながら笑顔で俺に言ってきた。


「ようお前ら、ハッピーかー?」

「そう見えるか?」


 なんだってんだイカレ女が。酔ってるのか?酔ってるわ。片手に酒瓶もってやがる。


「ねえあなた。そこの人間。あなたも魔法使いなんでしょう?なら少しは待ってあげるからさっさと杖を構えなさい。正々堂々と勝負をしましょう」

「おー、あんたら魔族か。こんなに魔族いるのみるのは久しぶりだー。何?殺し合うの?」


 イカレ女はサメみたいなギザギザの歯で脳天気に笑った。

 女魔族はきょとんとしていた。


「嫌なの?それとも話し合いでもする?貴方たち好きよね話し合い」

「逃げろ!こいつらに話し合いは通じねえ!殺されるぞ!逃げろ!」


 赤髪の少女は木から足を離して空中でくるりと回ると綺麗に着地して酒瓶をラッパ飲みする。


「いや?どっちもノーだ!自己紹介がてらアタシの歌を聞け!いいから聞け!」


 どこかから取り出したのか?それとも魔法で楽器を作ったのか?

 酒瓶を捨ててみたことのない弦楽器を少女は構えた。

 黒く、そして炎のような赤い模様が入っている。


「はあ?音楽なんてうるさいだけじゃな……」


 ギャーン、とその楽器が鳴った。初めて聞く音だった。すごくうるさい。

 続いてはき出される凄まじい音色。騒音のようなのに、なぜか美しいと感じる。

 歌もすさまじかった。叫ぶようなそれでいて透き通った音色。

 実際に空気が震えていた。


「なによ、なによこれ……歌、なんて……歌……?これが……?ああ、これが歌なのね?そう、これが……」

「ミ、ミスラ様。これは一体なんなんです?この心に浮かぶ感情は一体?これは精神魔法なのですか?」


 信じられねえ。魔族が音楽に聴き入ってやがる。

 同じ事を試した詩人はいっぱいいた。だが誰も成功しなかった。

 魔族は音楽に興味がない。それが常識。そのはずだった。


『お前は誰だ、お前は誰だ。アンタらはそう言うが知ったことじゃねえ。これがアタシだ。アタシの心だ。燃えてるだろ?!わからないか?お前の心が枷に繋がれて冷え切っているのが!』


 少女は楽器を奏でながら少女は少しづつ魔族共に近づいて行く。

 やはり噛みつくような笑顔だ。魔族達は最初は呆然と聞き入り、やがて少しづつ後ずさりし始める。

 背の低い少女が楽器を演奏し吠えるように歌っているだけなのに、ずっと体格の良い魔族共が畏れている。

 実際俺にもその背丈の何倍にも見えた。


『自由になれ!本能に縛られるな!お前はお前だ!感じないのか?この鼓動を!』

「ちょっ、待って。待ちなさい……わかった!わかったから!」


 すっと少女が演奏を小さめにする。楽器は鳴り続けているが、歌は止めて普通にしゃべり出した。


「オウ何をわかったんだよ」


 下から睨めつけるように少女は答える。魔族の女ボスはちょっと引いた笑顔で尊大に言った。


「あなたが素晴らしい楽師っていうのは解ったわ。音楽を美しいと思ったのは確かに初めての事よ。これは誇って良いわ。だからそうね、こうしましょう。あなた私たちに仕えなさい。そうすれば命だけは助けてあげる。悪くない取引でしょう?私はこれでも十二星将の一人『法務官のミスラ』よ。人間が勝てるはずないじゃない」


 魔族達もうんうん、と満足げにうなずいている。


「ほーん。まあ渡りに船ではあるね」

「そうでしょう?なら忠誠の証としてそこの男を殺せば……」

「やなこったバーカ!」


 ちょっとは考えろよ……即答すぎるだろう。

 ギャイン、と楽器が鳴ってそれだけで魔族共は口から血を吐いてぶっ倒れた。

 音波攻撃だろうか。そんなものお伽噺に出てくる伝説級魔法でしか聞いたことがない。


「やっぱダメだわお前ら。ちょっとは乗ってやろうかなって思ったけどやっぱガラに合わないわ。アタシはここに国盗りにきたんだよ!アタシがボスだ!おめーは部下一号だ!わかるか?」

「あー、お嬢ちゃん。言いたいことは色々あるが……もうそいつら死んでるぞ」


 魔族の体が砂のように崩壊していく。こいつらは見た目は人間とほぼ変わらないが、構成素材からして違う生き物だということがよくわかる。


「ウッソだろ。あー、すこぶるつきのウルトラソニックウェイブだからね。しょうがないか……ところでアタシはお嬢ちゃんじゃねえ。ムジカだ。兄ちゃん」

「俺も兄ちゃんじゃねえよ……ラッドだ。ラッド・ブリッツ曹長」


 ムジカは振り向いて俺に手を差しだした。


「オッケー、曹長。ほんでアンタどうする?アタシについていくか?」

「俺は……」


 こんなイカレ女は放っておけ。どうせ強いんだ。放っておいてもなんとかなる。

 そう理性は告げた。

 ついて行ったらたぶんろくでもない目に合うだろう。

 その通りだ。

 だが、だからこコイツについていったら、何かが変わる気がした。

 よせ、やめとけよ。その手の期待が裏切られなかったことないだろ。


「……アンタの行き着く先を見てえ。ダメか?」

「いんや、素敵な動機だ。んじゃ行こうか相棒」

「相棒……俺がね。そうかい」

「そうだよ」


 どうにも、妙な事になっちまった。

 だが、これから先は退屈することはなさそうだった。

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