表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

霊体生活にピリオドを。

※恋愛要素は少しだけです。

※粗末な文章なので、読みにくいかもしれません。

 12歳の冬、俺は身体を乗っ取られた。

 ある日目覚めたら、幽霊のように宙に浮いており、自分の身体を見下ろしていた。

 そしてあろうことか身体は身体で動き出し、「ここはどこ!?」と辺りを見渡している。

 つまり何者かが俺の身体に憑依し、俺は身体からつまみ出されてしまったのだ。

 実際、俺は誰にも見えないそうで、実質お化け状態になってしまった。


 さらに言えば、俺の身体を意図せず乗っ取ったソイツは、驚くほどイイヤツで人望も厚かった。

 最初こそはソイツも周りも混乱していたものの、半年もすれば慣れてくるようで、気付けば、ソイツは()()()()俺ーーマハル・クロウズとしての人生を謳歌していた。


 そんな経緯で身体を失った俺が、自分の身体の周りをさまよって早3年。

 15歳になった俺の身体は国で一番の名門校に入学し、華々しい青春の日々を送っていた。


 「あれ、マハル君じゃない?」

 「きゃー! いつ見てもイケメン!」


 そして、盛大にモテていた。

 それもそのはず、俺の身体に入ったヤツは性格の良さと人望の厚さだけでなく、魔法の才能まで持っていた。

 中でも得意な植物魔法で、泣いてる女の子には花を作り出しちゃう王子様キャラ……モテないはずがない。

 俺の身体自身はフツメンだと思うが、中身がイケメンなら顔も自然にイケメンに見えるものである。

 黄色い声援に少々うんざりしながら、身体の近くをぶらぶらしていると、後方から1人の女の子が駆け寄ってくる。


 「マハル君!」


 よほど急いでいたのか、息切れ切れに声を掛けた彼女はルル・フローテット。

 マハルの入学時からの親友で、マハルを狙う女子たちの目の敵……。

 さっきまで甲高い声を上げていた女子たちが、虎のような眼光でルルを睨み付ける。

 そんな視線に気付いていないのか、はたまた気にしていないのか、ルルはマハルに、手に持っていたものを差し出す。


 「ペンケース忘れてましたよ! 追い付けて良かったです。」


 どうやら、マハルがペンケースを置いていったようで、それを届けるためにここまで追いかけてきたらしい。


 「ありがとう、ルル。 置いていったこと、全然気付いてなかったよ。」

 「マハルさん、前も忘れていきましたもんね。」

 「はは、ごめんって。」


 道端で談笑しているだけなのに、妙に画になる二人。

 周りの女子からの視線が鋭さを増していてコワイ……。


〜〜〜〜〜


 それから数時間後、今の授業は体育らしい。

 体育では、男子はアリーナで、女子は校庭で活動している。

 いつもは身体の方に着いて行って、スポーツも万能なマハルがイケメンを極めているところを眺めるのだが、今日は少し気になって女子の方を覗いてみることにした。

 女子はどうやら球技をやっているらしく、ボールを使って活動していた。

 ルルもペアの相手とキャッチボールをしている。

 そんな時だった。

 ルルに向かって背後からボールが飛んできて、頭に思いっきり当たり、彼女が倒れた。

 そして、3人くらいの女子が小さく笑いながら、ルルを指さしていた。

 しかも、その女子たちがいたのは、明らかにボールが飛んできた方向である。

 絶対、わざと当てただろ……こ、コワイなぁ。

 だてに女子の目の敵をやってないルルは、定期的にこういう嫌がらせを受けている。

 本人はさほど気にしてなさそうなのが、まだ救いかもしれない。


 それにしても、いつまで経ってもルルが立ち上がらない。

 気になって近付いてみると、どうやら意識を失っているみたいだった。

 異変に気付いた教師が、授業を中断し、ルルを医務室に運ぶ。


 そして何となく俺も着いてきてしまった。


 どうしようか、さすがに霊体とはいえ、知らんやつが寝ている間に近くにいるってキモいよな。

 でも、ちょっと心配だしなぁ。


 そうやって俺が悩んでいる間に、ルルが目を覚ました。

 そしてなぜか彼女はこちらを凝視してくる。

 俺の背後に何かあるのかと思って、後ろを何度も振り返っていると、声を掛けられた。


 「マハル君、どうしてここに? あと、ちょっと幼い……?」


 確かに、俺はマハルであり、見た目は12歳の時から変わっていないので、今のマハルよりは幼いけど……


 「え、俺のこと見えてんの!?」


 困惑しながら、こくんと頷くルル。

 この前まではずっと見えてなかったようだし、さっき気を失ったせいで、見えるようになったのだろうか?

 ひとまず……この状況どうしたらいい?

 俺は、この3年間誰ともコミュニケーションを取らずに生きてきた。

 おまけにこの複雑な状況……。

 お前は誰だ?と聞かれて、「俺はあなたの友達の身体の元の持ち主で、今は半分幽霊でーす!」なんて言っても、ただのヤバいヤツだ。

 俺がダラダラ汗を流しながら、慌てていると、ルルが「何だか身体も透けているような……。」と言いながら、こちらに手を伸ばしてくる。

 そして、その手は俺の身体をすり抜けた。


 「……あ、あの。マハル君。」

 「え、えっとこれは。」

 「もしかして、死んじゃったんですか!!」

 「ちがうちがうって!」


 目に涙を湛える彼女に、慌てて訂正する。


 「俺はマハルであり、マハルじゃないんだよ。 なんて言ったらいいかな、マハル2号……みたいな?」

 「マハル2号……。」

 「そうそう、今はマハル1号が身体を使ってるから、2号は霊体でぶらぶらしてるってワケ。」

 「霊体で、ぶらぶら……。」

 「てな訳で、君の知るマハルは元気ピンピンだから安心してよ。」

 「そ、それは良かったですけど……。」


 あまりに雑な説明に、釈然としない彼女が首を傾げる。


 「つまりあなたはマハル君の別人格ってことですか?」

 「別人格……というか、まぁそんなものなのかなぁ。」


 詳細には違うと思うが、これ以上話をややこしくしたくないので、とりあえず頷く。


 「見た目が幼いのは、俺が身体を使えていたのが12歳までだからかな。霊体だと成長しないっぽいんだよね。」

 「12歳……私とマハル君が出会ったのは14歳の時なので、私とあなたは会ったこと無いんですね。」

 「そうそう、でも俺は自分の身体の周りをさまよってたから、君のことは知ってるけどね。」

 「そうなんですか! 全く気付いてませんでした。」


 他にもマハルと仲のいい人の名前や先生の名前を挙げると、彼女は少し感嘆したように声をあげた。

 あと一応、皆のプライベートなところは覗いていないことを補足しておいた。

 医務室まで着いてきたのは……ちょっと許して欲しい。


 「ところで、あなたの存在をマハル君は知っているんですか?」

 「あー、多分知らないんじゃないかな?」


 突然、俺の身体を乗っ取ったアイツだが、アイツもアイツで相当混乱していたし、意図して人の身体を奪った訳では無さそうだ。

 今まで一度も目が合ったこともないから、霊体になった俺も見えて無さそうだし、かと言って俺の身体を乗っ取る前は、今の俺みたいに霊体だった……という訳でも無さそう。

 アイツってどこから来たんだろ……と考えていると、ルルが呟く。


 「そういえば、前にマハル君、12歳までの記憶が無いって言ってました……。」

 「そりゃそうだろうな。それまでは俺があの身体を使ってたし、初めはアイツめっちゃ混乱してたし。」


 俺の身体に入ったアイツは、それまでの俺の記憶を持っていなかった。

 その割には基本的な知識や常識は持ち合わせていたけれど。


 「も、もしかして……マハル君の元の中身はあなたで、今のマハル君はあなたの身体を乗っ取ったってことですか?」

 「まぁ、おおむねその通り……。」


 俺がそう言うと、ルルは信じられないというように目を見開いた。


 「あの、経緯は分かりませんが、あなたは自分の身体を失ったんでしょう? 悲しくはないんですか……?」


 悲しい……か。

 確かに、身体を乗っ取られたことに関して思うところが無いわけじゃない。

 でも、あまりにも今のマハル・クロウズがイイヤツだから。

 俺はあんなに理想的な俺を生きられる自信が無いから。

 どこか「これが正解なんだ。」と思ってしまう。


 「悲しくない、というか、もう受け入れたことだからなぁ。」


 追加で「今のマハルに襲いかかったりしないから安心してね。できもしないけど。」と付け加えてみたが、ルルには複雑な表情をさせてしまった。


〜〜〜〜〜


 そんな出来事が起きてから、俺は霊体では無理だと思っていた華の青春を送っていた。

 俺は相変わらず身体の周りをうろついてるだけなのだが、今までと違うのは、ルルが俺を目視できるということ。

 ふと、目と目が合うと、小さく微笑んでくれるのだ。

 しかも、たまに身体から離れて、ルルと2人で話をすることもある。

 正直、3年も人と関わっていなかったので、今がとても楽しい。


 そして今日も、ルルと空き教室で待ち合わせ、会話を楽しんでいる。


 「そういえば、この前エドワード先生が寝坊してきて、授業が半分なくなったんですよ。」

 「魔法科学の先生だっけ? 先生が遅刻とは珍しいな。」

 「エドワード先生、ちょっと抜けてるところあるので。優しいから、生徒からは人気なんですけどね。」


 「でも遅刻は困りますね。」とルルが苦笑する。

 友達と学校の話をする……なんて、青春なんだろう。


 そうやって俺が満足感に浸っていると、急に教室の扉が開いた。

 中に入ってきたのは、この前ルルにボールを投げつけた女子の一人。


 「フローテットさん。」

 「ミザベラさん、どうしたんですか?」


 俺が身構える反面、先日の犯人の一人が、彼女だと知らないルルは、にこやかに対応する。

 しかし、彼女ーーミザベラから出てきた言葉は意外なものだった。


 「ご、ごめんなさい。この前の授業であなたにボールを当てたのは私なの。」


 わざとじゃなかったのと謝るミザベラに拍子抜けする。

 明らかにわざと当てていたというのは置いておき、まさか謝りに来るとは思っていなかった。

 そして、さらに彼女はお詫びにと一つの袋を差し出す。


 「それはお詫びのクッキー。良かったら食べてちょうだい。」

 「そんな気にしなくていいですよ!」


 慌てて首を振るルルに、半分押し付けるようにクッキーを渡し、ミザベラは去って行った。


 「お詫びなんてよかったんですけど、頂いてしまいました。」

 「まぁ、こういうのはありがたく貰っておけばいいんじゃないの?」


 それもそうですかねと納得した様子のルルは、袋からクッキーを取り出す。

 そのクッキーは見るからに美味しそうで、どうやらこれも嫌がらせの一つという訳ではなさそうだった。

 ルルも「甘くて美味しいです。」と言いながら食べている。


 俺はその様子をニコニコ見守っていた。

 この後、起きる事件のことなど露知らずに。


〜〜〜〜〜


 三日後、今日もまた身体の周りをさまよう。

 登校中もキラキラを振りまくソイツを眺めていると、視界の端にルルが映った。

 それは、身体の方も同じだったようで、ルルに話しかけに行った。


 「おはよう、ルル。」

 「おはようございます、マハル君。」


 挨拶を交わす二人……相変わらず画になる。


 「今日は実践魔法の授業あるんだっけ。」

 「そうですね。しかも今日は実技テストなので頑張らないとです。」

 「マジかー。緊張するなぁ。」


 そんな他愛もない会話をするのを見て、ちょっと羨ましく思う。

 ルルと会話出来るようになったのは嬉しいが、人前では話せないのが難点だ。

 宙に向かって話しかけるヤツとして、ルルが有名になるのは避けなければならない。

 たまには、その身体貸せやと思いつつ、今日もいつも通りの日常を送る……はずだった。



 「あれ、ま、魔法が使えない……?」


 二時間目の実践魔法の実技テスト、ルルは手を振りかざすが、そこからは何も出なかった。

 ルルは決して実践魔法が苦手ではなく、今までの授業では普通に魔法を使えていたはずだ。

 もしかして、また嫌がらせか?と思い、例の女子三人衆を見ると、そちらでも騒ぎが起きていた。


 「ミ、ミザベラ落ち着いて。今日はたまたま調子が悪かったんだって。」

 「違う、違うの。上手くいかないんじゃなくて、魔法が使えないの! 私から魔法が無くなってしまったみたいに!」


 周りを見渡すと、他にも数人の生徒が魔法が使えないと訴えていた。

 心配になり、近くに人がいないのを確認して、ルルに話しかける。


 「ルル、大丈夫か?」

 「だ、大丈夫です。多分すぐに元に戻りますよ。」


 無理やり笑顔を繕うルルに胸が苦しくなる。

 この世界の人々にとって魔法は無くてはならないものだ。

 魔法の腕前が特に評価される、この名門校の生徒なら尚更。


 魔法を失うのは辛い、怖い。

 ()()()()()()()()()()


 だから、俺は何も言えなかった。


〜〜〜〜〜


 それから数日、すぐに元通り……とはいかず、生徒たちは魔法が使えないままどころか、その数は増加していった。

 学校側も原因を調べているらしいが、良い報せは無いというのが現状だ。

 そして、ルルは見るからに落ち込んでいた。

 どうにかいつも通り振る舞おうとしているが、どこかうわの空で手もつかないといった様子だ。

 そんなルルを見て、どう慰めようかと考えるが、何も思いつかない。

 大丈夫?元気出して?何とかなるよ?

 俺が何を言っても、それは薄っぺらい言葉にしかならないだろう。

 その薄っぺらい言葉は、きっとルルを苦しめる。


 何も出来ないままもどかしい日々を送っていると、ある日、マハルがルルを昼食に誘った。

 二人は中庭のベンチに並んで座る。

 少し世間話をした後、マハルが話し出す。


 「あのさ、俺って一時期、魔法が使えなかったらしいんだよね。」

 「「えっ。」」


 思わず、俺はルルの声に重ねて呟く。


 「これは、俺が覚えてない頃の話だから、自分は分からないんだけど、でも、想像してみたんだよ、魔法が使えないってどんな感じなのか。」


 「そしたら、めっっっちゃ怖かった。そしてきっと、前の俺は耐えられなかったんだって思った。」


 その言葉にルルが目を見開く。

 そして彼女の目から涙が溢れた。


 「うん、怖い、すごい怖いです。魔法が使えないって分かった時、自分の大切なものが壊れてしまったようで……悲しかった。」


 嗚咽を漏らしながら泣く彼女の背をさするマハル。

 その光景はあまりに綺麗で、俺はその場から去った。


〜〜〜〜〜


 俺は天才だった。

 小さな身体で壮大な火魔法を操る天才児だった。

 両親はそんな俺が好きで、俺も両親が好きだった。


 だから許されなかった。

 10歳のある日、急に魔法が使えなくなった。

 そんな自分は周りが許さなかったし、自分も許せなかった。


 そうして俺は部屋に引きこもるようになり、両親とは顔を合わせなくなった。

 扉の外から聞こえてくる俺を呼びかける声は日に日に減り、ついに誰も部屋を訪ねなくなった頃、事件は起きた。


 乗っ取られた身体、誰にも見えなくなった自分。

 困惑し、不安になる一方で、どこか安心している自分がいた。

 「あぁ、この世界から俺を隠してくれたんだな。」と。


 俺の身体を乗っ取ったヤツはすごいヤツで、両親との関係もすぐに改善し、友達もできた。

 中身が変わったからかマハルは再び魔法が使えるようになっていたけれど、多分それが理由じゃない。

 きっとアイツは魔法が使えなくても、同じことを成し遂げたと思う。

 社会復帰を果たしたマハルに、それに安心する両親。

 なんて最高な話だろう。

 だから、俺は……12歳までのマハルは、要らない。


〜〜〜〜〜


 それからしばらく、身体の周りをうろつくのをやめた。

 理由は特にないけれど、何となく今のマハルを見たくなかった。

 今までは身体が無くても、誰にも見えなくても、それなりに幸せだったはずだ。

 でも、それが分からなくなった。


 そんな調子でふらふらと校内を回っていると、猫背でだらしない格好をした男を見かけた。

 確かあの男は、魔法科学の遅刻魔教師エドワードだ。

 生徒からの人気はあるという話は本当なようで、今日もまた生徒と話している。


 「先生ぇ〜! 課題出し忘れたら、めっちゃ叱られてホント最悪なんだけど!」

 「あれま、それは災難だったね。ほら、クッキーあげるから、元気出して。」


 そう言って、エドワードが鞄から取り出したのは、見覚えのあるクッキーだった。

 ミザベラがルルにあげたものと同じクッキー。


 「え!先生ちょー優しい! ありがと!」


 クッキーを受け取った生徒を見送ると、エドワードはそのまま歩き出した。

 俺はそのエドワードを追いかける。

 別に何か確証があった訳じゃない、ただ少し引っかかったのだ。

 あの男の鞄には大量のクッキーが入っていた。

 生徒におすそ分けするためだけに、あんなに持ち歩く必要があるのだろうか。


 エドワードは魔法科学の準備室に着くと、机の引き出しから一つのノートを取り出す。

 鍵の付いたそれを開くと、中には何やらリストのようなものが書かれていた。


 「これって……。」


 そこには生徒の名前とその生徒の得意な魔法について書かれていた。

 そして、エドワードは一人の生徒を見つけ出し、リストの横にチェックを入れる。

 よく見てみると、リストにはルルやミザベラの名前もあり、彼女らの横にはチェックが入れられていた。

 明らかに怪しいだろコレ。

 誰かに知らせなくてはと、俺は部屋を飛び出した。



 「ルル!」

 「え!?」


 廊下を歩いていたルルを見つけるや否や話しかける。

 隣にはマハルがいたが、緊急事態なので許して欲しい。


 「ちょっと大事な話がしたいんだけど、いいか?」


 そう伝えると、ルルも何か感じ取ったのか、マハルに声を掛けた後、空き教室に向かってくれた。


 「何日も姿を見せないので、心配したんですよ!」

 「ご、ごめんって。」


 あまりに急ぎすぎて、しばらく避けていたことを忘れていた。

 本気で心配してくれているルルを見て、申し訳ない気持ちになる。


 「もうこんなことはしないから……。」

 「分かりました。 それで、大事な話とは?」

 「えっと、確証のある話ではないんだけど、魔法が使えなくなる事件の犯人候補が一人いるっぽいんだよね。」


〜〜〜〜〜


 「本当にエドワード先生が犯人なんですかね?」


 犯人候補がエドワード先生で、クッキーに何かしらのからくりがあると伝えたが、ルルは納得していない様子だ。

 それでもひとまず、そのクッキーをもう一度手に入れようと考え、エドワードを訪ねる。


 「失礼します、エドワード先生。」

 「お、フローテット君じゃないか。僕のとこになんて珍しいね。」


 魔法科学室でガチャガチャと作業をしていたエドワードが、こちらを振り返る。


 「あのその、前食べた美味しいクッキーがエドワード先生から貰ったものと知りまして、それで他の友達にも共有したくてですね……。」

 「あぁ!あのクッキーね! いいよ、沢山あるから持ってきなよ。何枚欲しい?」

 「じゃあ三枚ほど。」

 「おっけー。 はいどうぞ。」


 そうして、クッキーを受け取り、魔法科学室を後にする。

 ルルはそのクッキーを眺めながら呟いた。


 「何の変哲もないただのクッキーに見えますけどねぇ。」

 「まぁ、とりあえず試すだけ試してみよう。」


 クッキーを持って俺たちが向かうのは、いつもの空き教室。

 今からここで、俺たち二人のマル秘作戦を行う……と思ったのだが


 「へー、エドワード先生のクッキーがねぇ。」


 なぜか俺の身体、マハルがいた。

 急にどこかに行ってしまったルルを気にかけていたそうで、ここまで追いかけてきたらしい。

 別にマハルは信用できるし、嫌ではないのだが、ちょっと複雑な気持ちである。


 そしてまず、ルルは鞄から一つの液体を取り出した。

 この液体は、その物体に魔法が掛かっているのかを調べる検査薬で、魔法と反応して青白く光る。

 昨日の授業の時、こっそり魔法科学室から盗んできたものだ。

 ルルは、盗みに抵抗があったようだが、ちょっと無理を言って取ってきてもらった。


 「では、かけますよ。」


 そう言ってルルがクッキーに検査薬をかけると、クッキーは青白く発光した。

 つまり、このクッキーには……


 「やあ、フローテット君、クロウズ君、なかなか素敵な実験をしてるじゃないか。」


 その時、背後から声がかかる。

 そこにいたのは、エドワードだった。


 「いやぁ、授業外でも積極的に学ぶ姿勢は素晴らしい! でも、これは見逃せないねぇ。」


 そう言いながら、顎をさするエドワードは、明らかにいつもと様子が違った。

 猫背でだらしない格好……それはいつも通りなのに、得体の知れない圧を感じる。


 「エドワード先生、それは自首ってことですか。」


 マハルが戦闘態勢を取りながら、問いかける。

 エドワードはその問いに対して、笑いながら答えた。


 「まぁね。 一連の騒動は僕が起こしたものさ。 でも、君たち一つ勘違いしてないかい?」


 エドワードはニヤリと笑い、その手を振りかざす。

 その手から生まれたのは、炎に氷に植物に……本来、とても一人では作り得ない数々の魔法だった。


 「生徒から奪った魔法は全部僕のもの……。 こんな僕がみすみす君たちを見逃すわけないよねぇ。」


 とんだ野郎だ。

 つまり、アイツが今使っている魔法は全て生徒たちから奪ったもので、アイツは今、ほぼ全ての属性の魔法を操れる。

 もしかしなくても、これってかなりやばい状況なのでは。

 どうしよう……と考える間もなく、エドワードは再び手を振りかざした。


 「じゃあ、ここで死のうか。」


 ヤツの手から生み出された大量の魔法が、ルルとマハルに襲いかかる。

 マハルが植物魔法で壁を作っているが、すぐに打ち破られてしまう。

 もうダメだと思ったその時。


 「エドワード・ポッツ! そこまでだ!」


 扉の方から声がして、エドワードの魔法が弾かれた。

 そこにいたのは、学校の教師陣とミザベラだった。


 「な、どうして……。」


 予想外の事態に困惑しているエドワードに答えるように、ある教師が言う。


 「ミザベラ・ヘルス嬢に教えて頂いたのだよ、校庭に花で文字が書かれていると。そこにはなんて書いてあったと思う?」


 すぐさまエドワードが窓から校庭を見る、するとそこには

 「エドワード・ポッツが魔法を奪った。四階の空き教室まで来い。」

 と花で書かれていた。


 「初めはイタズラだと思ったんだけど、あの花って、マハル君が前に作ってくれたものに似てたから……。」


 そう言うミザベラを見て、マハルが胸を撫で下ろしていた。

 つまりマハルはエドワードに気付かれないように、植物魔法で花文字を作り、この状況を伝えていたのだ。

 どこまでもすごいヤツだと感心してしまう。


 「エドワード・ポッツ、もう警察も呼んだ。 大人しく捕まるんだな。」


 項垂れるエドワードに、教師の一人が縄をかけようとする。

 しかし、エドワードはその手を振り払い、不気味な笑みを漏らした。


 「はは、なになに? ちょっと大人が揃ったからって、僕に勝てるとでも思ってるの? 僕はね、今、百人分以上の魔法が使えるんだよ。」


 エドワードは手を振りかざすと、再び大量の魔法を生み出した。

 しかも、さっきよりはるかに規模が大きい。


 「本当はね、この学校全員の魔法を手に入れるまで、黙っているつもりだったんだけど、こうなったならもういいや。」


 「とりあえず、この学校潰そうかなぁ。」


 エドワードがそう言うと、ヤツの魔法はさらに勢いを増す。

 火やら氷やらが降り注ぐ中、教師たちも応戦はしているが、押され気味だ。


 「とりあえず、君たちは逃げなさい!」


 教師がそう叫び、ルルとマハルもミザベラは教室を飛び出す。

 しかし、そこに広がっていたのは恐ろしい光景だった。


 「な、なんだこれ! 空が!」


 外を見ると、火の柱が学校を取り囲み、空までもが火で覆われていた。

 生徒たちも、このおかしな状況に混乱している。


 「これもエドワード先生の魔法なんですか……?」


 ルルが思わず息を飲んだ。

 俺たちがあまりの光景に固まっていると、背後から誰かが近付いてきた。

 振り返れば、教師たちは負けてしまったのか、そこにはエドワードがいた。


 「逃げちゃうなんてひどいねぇ。」


 エドワードはこの状況を楽しんでいるのか、愉快に笑い、語りかける。


 「ねぇ、クロウズ君、僕と君って前に会ったことがあるんだよ。」

 「何が言いたいんですか。」

 「あーでも、君は記憶を失ってるんだっけ? じゃあ、教えてあげよう。」


 ヒヒヒと笑うエドワード。

 何か、嫌な予感がする。


 「美しく壮大に火魔法を操る天才児、僕は君に憧れてたんだよ。だからね、僕は一番に君の魔法を貰った。」


 思い出した。

 魔法が使えなくなる数日前、一人の青年からクッキーを貰った。


 「見てよ、学校を取り巻く火の柱! これ、元は君の魔法なんだよ。」


 10歳の俺は、何も疑わずそのクッキーを食べた。


 「さらに興味深いのは、魔法を奪われたはず君が、今こうして魔法が使えていることだ。」


 そのクッキーが自分から魔法を奪うものとは知らずに。


 「だから、君、僕の被検体にならないかい?」


 エドワードは尖った氷の破片を生み出すと、マハル目掛けて投げ付ける。

 マハルも植物魔法で対抗しようとするが、あまりのスピードに発動が間に合わない。

 しかし、氷の破片がマハルに届くことは無かった。


 「ルル!!」


 背中に魔法を受けて倒れるルル。

 そう、ルルがマハルを庇ったのだ。


 「マハル君、逃げて……お願い、みんなを守って。」


 血を流しながら、そう言うルルの気持ちを汲み取ったのか、マハルはミザベラの手を引いて駆け出す。

 エドワードは追いつめるのを楽しんでいるのか、ゆっくりとそれを追いかけていく。


 「ル、ルル。どうして……。」


 俺は倒れるルルの元に立ち尽くしていた。

 すると、ルルが困ったように笑って答える。


 「はは、私ダメダメですね。 私にはこのくらいしかできませんでした。」

 「そんなことない! 君はすごくて、勇敢で……」


 背中から血を流し続けるルル。

 止血しようにも、俺の手は空をきるばかり。

 あまりに無力だった。


 すると、ルルが俺の手を包むように、その手を伸ばした。


 「ねぇ、マハル2号さん。どうか、マハル君を、皆を守ってくれませんか?」

 「でも、俺は何もできな……」

 「できます。」


 言いかけた俺の言葉を遮り、ルルが強く断言する。


 「絶対にできます。 だってあなたは諦めていないでしょう?」

 「え。」


 驚く俺に、ルルはそのまま続ける。


 「身体が無くても、魔法が使えなくても、あなたは自分の身体を見守り、さらには事件解決のために行動してくれた。」


 「あなたはきっと生きることを諦めてないんですよ。」


 そう、か。

 俺は自分の身体を見続けてきた。

 イイヤツで、人望も厚くて、才能もあるアイツを羨ましく思い続けてきた。

 俺は身体があって、友達がいて、学校で過ごす日々を、いつだって夢見て、諦めていなかったんだ。


 そのために、この学校は絶対に守る。

 だから、待ってて欲しい。


〜〜〜〜〜


 俺はまずマハルを探した。

 どうやら、魔法が使えない者は避難し、マハル含め魔法が使える者は、エドワードと交戦しているらしい。

 しかし、エドワードのあまりに強大な力に圧倒されていた。

 そしてついにマハルも他も倒れ、残るは魔法が使えない生徒たちだけになった。


 きっと、今がチャンスだ。

 倒れて気を失っているマハルに近づき、力を込める。

 今のマハルが気を失っているなら、自分が入り込めるかもしれないと考えたのだ。


 頼む頼む頼む!!

 生徒たちに近づいて行くエドワードに焦りを覚えながら、ひたすらに力を込める。

 そしてついに、引きずり込まれるような感覚と共に、俺は身体に戻ることができた。

 久しぶりの身体の感覚に、少し戸惑うが、さすがは自分の身体、すぐに馴染んだ。

 なら、やることは一つだけ。

 エドワードをぶっ飛ばす。


 どうやら、身体に今のマハルの力が残っているらしく、俺も植物魔法が使えた。

 手始めに、ツタを生み出し、エドワードの足に絡み付かせる。

 そこでマハルの再起に気付いたエドワードが、振り返った。


 「おっやぁ、何とも頑丈な子だねぇ。」


 エドワードはそう言いながらも、足のツタをすぐには振りほどかない。

 完全に油断している、そこを攻める。

 俺は、ツタに火魔法で着火し燃え上がらせた。


 「な、どうして! 君には火魔法の適性はないはず!」

 「そうだな。 今のマハルは確かに火魔法を使えない。でも、昔のマハルなら、どうだろうな!」


 魔法が使えなくなった時、ミザベラは「自分から魔法が無くなってしまったみたい」と言っていた。

 でも、俺はどうだっただろうか。

 ほんの少しでも自分に魔法は残っていなかったのか?


 「お前は俺の火魔法を奪い尽くせてなかったんだよ。」


 俺に魔法は残っていた。

 誰も気付けないような小さな力だけど、確かに存在していた。

 そしてそれは、年月をかけて力を取り戻していった。


 俺は手の上で火を生み出し、それを自分に向ける。

 そうすると、エドワードが明らかに狼狽えた。


 「や、やめろ、早まるなよ……。」

 「そうだよな、お前は俺に死なれちゃ困るよな。」


 エドワードは魔法を奪った生徒やマハルにだけは手加減をしていた。

 つまり、奪った魔法は元の持ち主が死んだら使えなくなるのではないか。


 「特に学校を囲んでる火柱は俺の魔法らしいからな。これが消えたら大変だ。」

 「お前、何をするつもりだ!」


 叫ぶエドワードに言い放つ。


 「なぁ、知ってるか? 火魔法は人の魂を焼くこともできるんだよ。」


 そして俺は自らの身体に火を押し当てた。

 外見の変化は無かったが、確かに俺の魂が焼かれていく。

 そして大きな火の柱が消えていくのを眺めながら、俺は目を閉じた。


〜〜〜〜〜


 今の俺と12歳までの俺は別人であり、12歳までの自分が自らの魂を消し去ったことで、学校を囲む火柱が消え、エドワード先生は逮捕された。

 気絶から目覚めて一番に、親友のルルにそう伝えられて俺は混乱していた。

 あまりに現実味のない話だが、妙に筋が通っている。

 しかもどうやら、ルルには昔の自分が見えていたらしく、かなり仲が良かったらしい。

 隣でルルは「あなたのために死の淵から戻ってきたのに」と咽び泣いている。

 ひとまず、ルルを慰めようと、魔法で花を作り出す。

 いつも通りの花、しかし、いつもと何かが違う。


 「マハル君、こ、これ。」


 その花は火で作られていた。


 昔のマハルは死んでいない、そう考えた俺たちはすぐに行動を起こした。

 魔法で作られた人工の身体、そこに昔のマハルの魂を入れようと考えたのだ。

 それは禁忌だと周りには止められたが、エドワード先生の計画を止めたことを盾に国のお偉いさん方と交渉し、定期的に国営の研究所で検査を受けることを条件に、ついに一つの身体を手に入れた。

 上手くいくか分からない賭け。

 俺たちは願いながら、その身体に火を灯した。


〜〜〜〜〜


 我ながら、しぶといヤツだと思う。

 自分の身体を乗っ取られても、自ら魂を焼いても、こうして生きている。

 あの日、マハルとルルが人工の身体に俺の火魔法を灯すと、不思議なことにその身体は俺そっくりに変わり、動き出したらしい。

 俺自身、さすがに死んだかと思っていたので、再び目を覚ました時はひっくり返るほど驚いた。

 人工の身体だとか何だとか、色々突っ込みたいところはあるが、ひとまず俺は生還を果たしたのだった。

 そして今、俺は……


 「ハル君!」


 背後から声がかかる。

 振り返ると、ルルが駆け寄ってきたところだった。


 「ちょちょ、どうしたんだそんなに急いで。」

 「ふふ、学校にハル君がいるって知ったら、居てもたってもいられなくなって……。ハル君、入学おめでとうございます!」


 そう俺はマハル・クロウズの弟、ハル・クロウズとして学校に入学することになったのだ。

 身体を得た後、約一年間死ぬ気で勉強し、マハルの二つ下の弟として何とか名門校への入学を決めた。

 マハルは「マハル・クロウズ」という名前を自分に返したいと言ってきたが、そんなことをしたら余計な騒ぎが起きそうなので丁重にお断りした。

 しかし、マハルのモテパワーというのはすごいもので、弟というだけで、今日はまだ入学式だというのに、女子の先輩に声を掛けられまくるのだから困ったものだ。

 ちなみに、ミザベラはルルに嫌がらせをしていたことを打ち明けたらしい。

 そしてボールを当てた日、さすがにやりすぎたと思っていると、エドワードから「謝りに行くなら持っていきなよ。」と例のクッキーを渡されたということも。

 ルルはそれを特に咎めることなく和解し、今や二人はかなり仲が良いんだそうで、それがきっかけかルルへの嫌がらせは激減した。良かった良かった。


 一方、俺は、再会した両親とはまだちょっと気まずいし、色々と問題はあるけれど、多分きっと何とかなる。


 「ハル君! マハル君たちと一緒に写真とりましょう!」


 俺には身体があって、友達がいて、君がいるから。


 16歳の春、俺は一歩目を踏み出した。

お読み頂きありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ