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〈9〉やってみなくちゃわからない

 アーヴァインは、一度はぁ、とため息をついた。

 そのまま立ち去ればいいものを、着衣が乱れたコリンの前に膝を突く。


「助けは必要か?」

「た、助けてください!!」


 コリンまでそんなことを言った。これではオーレリアが悪いみたいだ。

 アーヴァインは、オーレリアの両手首をつかむと、コリンの上から引っ張り上げた。顔色ひとつ変えないのだから、見た目以上に力が強い。

 ほっとしたのか、ヨレヨレになりつつもコリンは胸を撫で下ろしている。


「服を交換しろなんて、姉御が無茶を言うんです。助かりました」

「服?」


 何か拍子抜けしたような声を上げられた。オーレリアとコリンがきょとんとしてアーヴァインを見ると、何故か彼は気まずそうに目を逸らした。


 誤解は解けたらしいが、オーレリアがコリンを襲っているという誤解そのものが頂けない。こんな子供を襲うような趣味はないつもりだ。

 アーヴァインが手を放してくれたので、オーレリアはその場に片膝を立てて座った。


「そこに鳥の雛が落ちてるだろ? 木の上の巣に戻してやりたいんだ。コリンは木になんて登れないって言うし、それならあたしがやるって言ってるのに、服も貸してくれないんだ。こんなドレスじゃさすがに無理だろ?」


 頭をガリガリと掻いたら、結ってあった髪型が崩れた。崩れたから、もう全部取っておけばいい。

 髪を解いていると、アーヴァインが鳥の雛を手に取った。上空では親鳥がピィピィと鳴きながら飛び回っている。別に取って食うつもりはないのに。


「俺が登る」

「あんたが? 木の枝折らないかい?」


 言ったら、睨まれた。黙っていろということらしい。まあ、コリンに託すよりはいくらかマシだろう。

 アーヴァインは軽く助走をつけて木の幹を蹴ると、その反動を利用して一気に上の方まで跳んだ。片手には雛を抱えているから、手は片方しか使えない。空いている手で高い木の枝にぶら下がると、腕の力だけで自分の体を持ち上げた。

 なかなかやるな、とオーレリアは感心した。


 アーヴァインは鮮やかに、巣に雛を放り込んだのだが、ここで思わぬ攻撃を受けた。親鳥が怒ってアーヴァインを(つつ)いたのだ。雛鳥を助けてやったのに、なんて恩知らずな――と言いたいところだが、大きな人間が巣のそばまで来て顔を出したら、そりゃあ錯乱もするだろう。


「いてっ」


 という声がしたが、二羽の親鳥は巣を護ろうと必死だった。バッサバサ、羽で叩き、(くちばし)で突き、攻撃する。アーヴァインは顔を庇いながら下りてきたが、あと少しというところで枝をつかみ損ねた。


「あっ!」


 オーレリアはとっさに手を伸ばしたものの、受け止められるわけもなく、落ちてきたアーヴァインの下敷きになった。


「わぁ、姉御!」


 コリンが騒いでいるけれど、こんなのはたいしたこともない。人足が樽の下敷きになって大怪我をしたり、何かと怪我がついて回る職場にいたのだ。人間一人くらいの重み、たいしたことない。


 しかし、アーヴァインの方が慌てた。ひっくり返っているオーレリアの上から退くと、痛みですぐには動けないオーレリアの顔を覗き込んだ。


「お、おい! なんで下に来るんだ」


 なんでと言われても、とっさに。

 あちこち痛いが、まあ骨は無事だ。アーヴァインも擦り傷だらけだが、元気そうだ。


「受け止めようと思って」

「無理に決まってるだろうが」

「そんなことはやってみなくちゃわからない。やってみて無理だっただけだ」

「お前な……」


 痛みが引くと、オーレリアは上体をのっそりと起こした。頭は打っていないから、大丈夫だ。


「まあいいや。助かったよ、ありがと」


 世話になったと思うので礼を言ったら、アーヴァインはなんとも複雑な面持ちでオーレリアに手を差し伸べてきた。手を借りなくても起きられるが、まあいいだろう。


 手を差し出すと、アーヴァインは片手でオーレリアを引き上げた。やっぱり、力がある。ここに来る前のオーレリアなら、間違いなく人足にスカウトしていた。

 貴族だという話だから、鼻で笑うだけだろうけれど。


「なんで人を呼ばない? 庭師にでも頼んで巣に戻してもらえばよかったんだ」


 アーヴァインに言われるまで、オーレリアにはその発想がなかった。目から鱗が落ちた気分だ。


「ああ、ほんとだ……。なんで呼ばなかったんだろ」


 未だに使用人という存在がいることに慣れない。自分のことは自分で、という精神が染みついている。

 自分でも驚いているオーレリアに、アーヴァインは呆れているようだった。

 けれど、目つきがほんの少し柔らかくなったように思う。

 しかし――。


「ところでさ、あんた、軍人なんだろ? 友達ん()に入り浸ってていいのかい?」


 素朴な疑問をぶつけたら、また機嫌が悪くなってしまった。


「用があって来ただけだ。もう帰る」

「ふぅん。別に帰れって言ったんじゃないよ」


 そこでアーヴァインは、握っていたオーレリアの手をパッと離し、背を向けて足早に去っていった。怒りっぽいな、と思った。


 鳥に突き回されたのはオーレリアのせいかもしれないが、あんなのは唾でもつけておけばすぐに治る。目くじらを立てて怒るほどのことでもない。

 相性が悪いというヤツかもしれないが、まあこんなものだろうとオーレリアは軽く考えた。


 オーレリア自身はアーヴァインが嫌いではない。強いから、そこは尊敬できる。

 そう、腕っぷしが強くなくては尊敬できない。男は腕力だと思っているオーレリアだった。


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