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令嬢は樽と共に  作者: 五十鈴 りく
続編

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〈41〉責任を取れ

 それから十日――。


「何度も注意していますが、もっと顎を引いて――」

「こうだよな、こう」

「そうそう、その調子です」


 ラングフォード夫人は、根気強くオーレリアに行儀作法を教えてくれる。

 正直、他の先生だったらこんな出来の悪い生徒はほっぽり出したくなっただろう。そう考えたら、とんでもない負担をかけていて申し訳なく思った。

 オーレリアには悪気がないことを夫人もわかってくれているのか、それとも最早意地なのか、どうにか先生は変わることなく続けてくれている。


 ハリエットの画策によりオーレリアとアーヴァインに話を聞かれたブリジットは、媚びを売るのをやめたらしい。あの後、連行されていく途中も散々な態度だった。

 ハリエットはというと。


「ああいう女を武器にされている方は、ご自分に絶大なる自信をお持ちですから、他の女に魅力で劣るだなんて絶対に認められないのですわ。私はそこをくすぐって差し上げただけですのよ」


 ホホホ、と上品に笑っているが。うん。



 そして、兄も独自に動いていた。

 ブリジットが事情聴取をされている時に、ワドル商会の都支店を訪れることにしたのだ。

 ワドル会長もブリジットと共に連れていかれ、不在だった。


 従業員たちにしてもワドル親子同様に今回の事件の関与が疑われていて、皆が取り調べを受けた。

 兄の考えでは、


「複数人いたあの誘拐犯たちは金で雇われた連中だったと思う。ただ、彼女みたいな人が素性も知らない相手ばかりに重要な役割を与える気がしないんだ。多分、あのうちの一人くらいは身内だったんじゃないかって考えてる」


 ――という。

 ただしあの時、兄は目隠しをされていて誰の顔も見ていない。オーレリアもコリンも覆面の男たちを見ただけだから判別はできなかった。

 そこで兄は、アトウッドから証人ならぬ()()を呼び寄せたのである。



「ああ――っ! ガルム!」


 わふぅぅぅっ、と嬉しそうに鳴いてオーレリアの周りをグルグルと回ったガルムは、首に縄をつけていたのでオーレリアは縄で縛られたような形になってしまった。ドレスが細身のタイプでまだマシだったが。

 嬉しい再会に水を差すような声がする。


「ガルムしか見てねぇとか、あり得ねぇな」


 ガルムの縄を握っていたのは、ラルフだった。


「あ……」


 顔の傷はそのままだが、何かが違った。


「ガルムはあんたが帰ってからしょげ返って飯もろくに食わねぇし、ちょっと痩せただろ」


 フカフカモフモフすぎてわからないが、痩せたらしい。


「あんた、もしかして貴族になんの?」


 ラルフの装いが以前のような野良着ではなかったのだ。

 三つ揃いのスーツを着て、そこに前を閉めないままコートを羽織っている。


「俺しか残ってねぇんだって。仕方ねぇし」


 バツが悪そうに言った。


「俺の実の親が死んだ後、生き残った俺が危ないと思った執事が逃がしてくれたんだってよ。その人が会いに来て、俺の顔見て泣かれた。施設に預けた後、自分が会いに行くと見つかるかもしれないから控えてたって」


 家督を狙っていた弟に見つかれば何をされるかわからなかった。

 それも仕方がないことだが、その執事もつらかったことだろう。


「で、俺の親が死んだ事故もその叔父のせいかもしれないとか、叩くと埃塗れでな。俺が戻って跡目を継がないと爵位も領地も取り上げられるらしくて。そうなると、またアトウッドが狙われるかもしれないし、ラティマーはお前が管理した方がいいって、親父や母さん、アトウッドの皆が言うから……」

「でも、あんた、領地運営なんてなんにもわかんないだろ?」


 ワインを作るためのノウハウしか学んでこなかったラルフだ。これからが結構大変なのだと思われる。

 ラルフは顔を曇らせた。


「そうだな。お飾りの領主ってやつだ」

「まあ、これから学べばいいんだよ。あたしも今、いっぱい学んでる。お互い、頑張ろうな」


 環境を変えるというのは大変なことだ。

 それでも、やる気さえあればどうにかなる。きっと。


「あんたがいてくれたら心強かったけどな」

「ごめん、無理」


 はっきり言ったら笑われた。



 そして、兄はガルムを連れてワドル商会の人々を一人ずつ調べた。

 ガルムの鼻は確かだった。

 ガウゥゥッと低く唸られた男が身を強張らせた。兄はその男ににっこりと微笑む。


「腕を見せてもらえますか?」


 返事を待つでもなく、ガルムに怯えている男の袖を捲り、噛み跡を見つけた。

 誘拐犯がガルムに噛みつかれた跡である。しっかりと傷跡が残っているのと、ガルム恐怖症に陥っているので間違いないだろう。


 男はがっくりと項垂れた。

 悪事というのは露見するものなのだ。



 お手柄のガルムにはコーベットの両親によってたっぷりと美味しい肉が振舞われた。

 食欲がなかったと聞いた気がするけれど、気のせいだったかもしれない。


 ガルムは父と母にもよく懐いた。

 大きいから母は怖がるかなと思ったら、そんなこともなく、もふもふな毛を撫で回されていた。


「可愛いわねぇ、ガルムちゃん。うちの子になる?」


 なんていう誘惑までしていた。


「駄目だよ、母さん。ガルムはアトウッドで葡萄を守る番犬なんだから」


 オーレリアだってガルムがいてくれたら嬉しいけれど、ガルムにも居場所と役目がある。

 しかし、帰り際、ラルフはガルムを繋いでいた縄をポイッとオーレリアに投げてよこした。


「腑抜けた番犬はクビだ」


 ガルムは、わふぅぅ? と驚いたように鳴いた。

 そして、ラルフはオーレリアを見て、顔の傷を引きつらせてフッと笑った。


「あんたのせいだから、責任取れよ」

「えっ? いいの?」

「このまま痩せたら、ドアマットくらいにしかなれねぇし。じゃあな」

「ありがとう。大事にする!」


 わふぅ! とガルムが甲高く鳴いたのは、ラルフへの別れの言葉だったのだろうか。

 こうして――家族が増えた。


 そして――。


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