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令嬢は樽と共に  作者: 五十鈴 りく
続編

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〈39〉女の敵は

 ようやくコーベットの屋敷へ戻ると、無事な子供たちを見て母が泣き崩れた。

 そんな母に兄が優しく声をかけ、父はニコニコと上機嫌だった。


 オーレリアもあちらであったことを掻い摘んで話し、久々に家族の時間を過ごした。

 そして――。



 その翌日、ハリエットとグレンダが家に押しかけてきた。


「もう! やっと帰ってきましたのね!」


 グレンダが拗ねたように言った。拗ねるくらい寂しかったのだろうか。

 ハリエットは優雅にため息をついている。


「大方、ややこしいことに巻き込まれたのでしょう?」

「えっ、ええと……」


 鋭い指摘だ。

 オーレリアが返答に困っていると、ハリエットはにこりと綺麗に笑って見せた。


「少しお話してみませんこと? 何かお力になれることがあるかもしれませんから」


 ハリエットにアレコレ話していいのかわからないが、性格はともかくハリエットは事情通だ。少し訊ねてみたい気もした。


「えっと、ワドル商会って知ってるかい?」


 すると、ハリエットとグレンダは目を瞬いた。そこまでは同じだったが、その後のリアクションが真逆だった。


「ええ、知っていますわ」


 それしか言わなかったグレンダに対し、ハリエットはというと――。


「なるほど、会長の愛娘ブリジット嬢が絡んでいたわけですね」

「……あたし、何も言ってないけど」


 これだからハリエットは油断ならない。呆れるほどに。

 それでも、ハリエットは楽しそうにクスクスと笑ってから茶を飲んだ。


「聞かずともわかりますわ。このところ、ブリジット嬢はマドック氏と親密でしたもの。ただし、彼女の親密さはごく幅広く男性に向けられていますから、気づきにくいかとは思いますが」

「う、うん」

「マドック氏が除籍されると噂に聞きました。何があったのかまではさすがに知りませんが。そこにブリジット嬢が絡んでいたのだとして、それでもブリジット嬢は特に罰せられる様子ではありませんね」

「耳が早いにもほどがあるよ、ハリエット。……でも、そうなんだ。上手く尻尾をつかめなくてさ」


 ずっと黙って話を聞いていたグレンダが難しい顔になっていた。


「ブリジット・ワドル……。いけ好かない女ですわ。貴族ではありませんから社交場に現れても私たち令嬢と話すこともほとんどありませんが、男性には媚びていて」

「チラッと見たことしかないんだけど、すっごい色っぽかったな」


 ああいう、全力で女を武器にしている女は同性に好かれないらしい。

 ハリエットは、うんうんとうなずいて聞いていた。


「彼女にかかれば大抵の男は言いなりでしょう。ただし、彼女も無敵というわけではありません」

「うん?」

「ブリジット嬢が馬脚を露すように仕向ければよいのですね?」

「え? まあ、そうだけどさ……」

「わかりました。少し考えてみましょう。アーヴァイン様はいつお戻りですの?」


 そう言ったハリエットはとても楽しそうだった。薄暗い。


「当初の予定よりは長くはかからない、みたいなこと言ってたけど。な、何すんのかな、ハリエットさん?」

「それはこれから考えますわ。でも、ひとつだけはっきりしていることがあります」

「何それ……」

「女の敵は女だということですわ」


 怖っ。とても口には出して言えなかったけれど。

 ハリエットは見た目だけ完璧に、上品な令嬢の微笑を浮べている。


「では、アーヴァイン様がお戻りになる前に仕込みをしておきましょう」

「へぇぇ」

「あなたは特に何もなさらなくて結構ですわ」


 むしろ何もしてくれるなと思っているっぽい。


「……頼もしい友達ができたもんだな」


 ボソッと言ったら、そこだけハリエットがちょっと動揺したように見えた。

 なんとなく、照れている。さっきまでの薄暗さはどこへ行ったやら、可愛くて笑ってしまった。



    ◆



 アーヴァインはオーレリアが家に戻ってから半月ほどで帰ってきた。

 自業自得とは言われるだろうが、オーレリアは半月では劇的にお行儀よくなれなかった。


 ただ、任務を終えて戻ったアーヴァインにはひとつの変化が見られた。それはコリンも同じだった。

 何故か時々二人の目が合う。そして、コリンは以前ほど刺々しくはならず、アーヴァインもコリンを見る目が優しい。


「……あたしが寝てる隙にコリンと仲良くなったみたいだね?」


 アーヴァインが帰還の挨拶をしに来た日、日暮れの庭で二人きりになった。

 歩みを止めず、アーヴァインはフッと笑った。


「別にもともと仲が悪いわけじゃないが?」

「そうだなぁ」


 そう言われると、そうかもしれない。コリンがちょっと拗ねていただけだ。

 これまではオーレリアとアドラムの親父と三人、本当の家族のようにして生活していたから。寂しい気持ちになるのも無理はないのかもしれない。

 そこでオーレリアはハリエットのことを切り出す。


「あのさ、ハリエットに何か考えがあるみたいでさ、ブリジットの尻尾をつかむのに一役買ってくれるっぽいよ」

「彼女がか?」


 あからさまに警戒している。アーヴァインは嘆息した。


「一般人を巻き込むのは問題だ」

「あたしも一般人だし」

「そうだ。だからお前ももう関わるな」


 すぐそういうことを言う。それが正しいのはわかるけれど。


「やられっぱなしって、気に入らない」

「お前な……」


 呆れられた。確かに令嬢の言うことではないが。

 しかし、オーレリアはずっと借りは返せというスタンスで育てられている。舐められたら終わりだ。


 ハリエットみたいに最後には和解できるかもしれないし、ブリジットとは少しも相容れないかもしれない。

 そこはわからないけれど、ここで終わりというのは納得がいかなかった。


 そこでアーヴァインはオーレリアの手を引き、木のそばへ連れていった。

 身構えたら、アーヴァインはただ耳元で囁いただけだった。


「戻る前にアトウッドでラルフ・トンプソンと話した」

「ラルフと?」


 オーレリアは目を瞬かせた。ラルフは自身をどう結論づけたのだろう。

 しかし、アーヴァインが言いたかったのはそんなことではなかったらしい。


「あいつ、お前に惚れてたな」

「はぁあ?」


 思わず声を上げてしまったら、口を手で塞がれた。

 庭先から厨房辺りまで響いて使用人たち――特にコリンが飛び出してきたら大変だ。


 まさかアーヴァインにそんなことを言われるとは思わなかったので、心構えがなかった。

 これを言ったアーヴァインの目が笑っていなかった。


「俺が直接何かを言われたわけじゃないが、間違いなく」

「う……」


 口を塞がれているので弁解できないのだが、下手なことを言わない方がいいような気もした。

 アーヴァインは手を放さないままで続ける。


「『約束を守れ』」


 それは、オーレリアがアーヴァインに手渡した手紙の内容だ。

 どこへ行ってもちゃんと帰ってきて、一生添い遂げるという約束を守れと、そういう意味で書いた。

 無事を祈っているとか、帰りを心待ちにしているとか、そんなことは書きづらくて、短文のくせに結局回りくどいことになったのだった。


「お前も約束を守れよ? 俺以外の男になびくな」


 こくこく、とうなずくと、アーヴァインがクッと笑って手を放した。


「なんて、お前のことは信じてるけどな」


 それを言ってもらえて嬉しいけれど、オーレリアの方がアーヴァインを信じ切れていなかったことに多少の罪悪感があったりする。


「ごめん、アーヴァイン。あたし、アーヴァインが愛人を持つつもりかなってちょっと考えてた」

「おい」

「だからごめんって」


 正直に言ったら、息が詰まるくらい強く抱き締められた。


「こんなに態度で示してるのにな」


 そうだった。疑う余地もないくらい、想われている。

 ――でも。


「く、くるし……」


 アーヴァインが急に聞こえない振りをした。愛人発言にちょっと気分を害したのだろうか。

 素直に花嫁修業をして待たなかったお仕置きかもしれない。


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