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令嬢は樽と共に  作者: 五十鈴 りく
続編

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〈34〉攻防

 会わせたら、こいつは間違いなくラルフに危害を加えるだろう。

 そうなると、コテージにもトンプソン家にも行けない。


 どうしたらいいのだろうか。

 オーレリアは意識が飛びそうになるのを必死で繋ぎ止めながら考えた。


 はっきり『嫌だ』と答えると、マドックは他の誰かを捕まえてトンプソン家を突き止めて向かってしまうかもしれない。

 今、あそこには具合の悪いコリンとアネリしかいないのだ。ジョージが帰ってきたところでマドックを押さえつけられる気がしない。


 どこか別のところへ連れていかないと。人のいないところへ。


 オーレリアは無言のまま落ちた傘に目を向けた。すると、マドックはその傘を拾い、自分が差した。オーレリアがゆっくり歩き出すと、その後に続いてくる。

 ――どこへ行こう。


 キンブルの家なら今は誰もいない。けれど、焼け焦げた家に人がいるわけがないとすぐにバレてしまうだろう。

 それなら、葡萄畑に行こうか。あそこなら葡萄の木の葉が茂っていて、人がいるかどうかひと目ではわかりにくい。


 ゆっくり、ゆっくり歩いた。

 その間にも雨が容赦なく降り続いていて。オーレリアは歯を食いしばりながら頭痛に耐えた。


「畑にいるのか? こんな雨の中?」


 不審に思ったらしきマドックがぼやく。

 オーレリアは振り向かずにつぶやいた。


「いると思ったんだけど、いないかも」


 これを言った途端、背後からまた肩をつかまれた。

 殴られる、ととっさにオーレリアは両手で顔を庇った。顔面を強打されるのは防げたけれど、マドックの力を相殺して踏ん張るだけの馬力がなかった。

 オーレリアは吹き飛び、畦道から転がり落ちる。上手く受け身も取れず、ただ泥まみれになって葡萄畑に落ちた。


 あちこち擦り剥いた痛みで意識が繋がる。

 人を殺す気かとゾッとした。どうしてだか、それくらいマドックにはゆとりがない。


 大体、この男がどう絡んでくるのかすらもわからなかった。

 滑る畦道を慎重に降りてきたマドックは、もう傘を差していなかった。ただ横たわるオーレリアを冷淡に見下ろしている。


「俺はウィンターのことも反吐が出るほど嫌いだ。俺がポルテス伯の養子になればヤツとは同格だが、それでもあいつはきっとあのスカした顔を崩しもしないんだろう」


 この男がポルテス伯の養子になるらしい。

 こんなののどこがいいのだろう。選び損ねるにもほどがある。


 オーレリアは一度ゴホゴホとむせたら、咳が止まらなくなった。

 それでも、マドックは少しも気の毒には思わないらしい。


「そうだ、お前もここで死ねばいい。あいつが、婚約者が死んだ時にどんな顔をするのか見てみたいな。ラルフ・トンプソンに罪を着せてやろう。ああ、それがいいな」

「何を……っ」


 とんでもないことを言い出した。

 こいつは馬鹿なんてものじゃない。相当に頭がおかしい。


「本当はラルフ・トンプソンを消すつもりだったんだがな。まあ殺人罪で死刑になったら同じことか」


 ククッと薄く笑い始めた。


「ラルフになんの恨みが……」

「会ったこともないのに恨みなんてあるわけないだろう? 馬鹿かお前は」


 馬鹿に馬鹿とは言われたくなかった。


「じゃあ、なんで……」

「あいつの顔が、先代ポルテス伯の肖像画に生き写しだからだ」

「……え?」


 雨の中、目を瞬くことしかできないオーレリアに、マドックは歪な笑みを見せた。


「現ポルテス伯の兄の子、つまり甥は幼い頃に倒壊した建物の下敷きになって死んだとされている。だが、もしそれが生き延びていたとしたら、正当な当主はその息子ということになる。他人の空似にしては似すぎていると、ブリジットが言っていた。ラルフ・トンプソンがそれに気づき、利用しないとも限らないからな。消しておかないと安心できない」


 ラルフはトンプソン夫妻の実子ではない。自分でそれを語っていた。

 それならば、ポルテス伯の子供だという可能性もあるのだろうか。ラルフ自身は何も覚えていないようだが。


 マドックはコートの中に手を隠したかと思えば、そこから紐を取り出した。

 ただの紐だ。なんの変哲もない組紐ではあるのだが、何故今それを取り出したのかといえば、ひどく嫌な用途のためである。


「あんまりみっともなく喚くなよ。淑女なら潔くな」


 どんな理屈だ。


「残念だけど、あたし、ちっとも淑女じゃないんだよ」


 手探りで、手に当たった石を投げつけてやった。そうしたら、上手くマドックの額に当たった。しかし、それで火に油を注いだとも言える。


 マドックが手にした紐を両手でピンと張った。表情は暗くてはっきり見えないが、きっとゾッとするような表情をしている。

 尻で後ずさり、今、この場でオーレリアが最も頼りとする者の名を叫ぶしかなかった。


「ガルム――っ!」


 雨音に混ざり、足音が聞こえた気がした。


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