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令嬢は樽と共に  作者: 五十鈴 りく
続編

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〈30〉嫌な話

 翌朝、オーレリアがコテージに行くと兄は疲れて見えた。

 多分眠れなかったのだろう。寒かったのかなと思ったけれど、そればかりではなかったらしい。


 兄ははあぁ、と深いため息をついて、そこから厳しい面持ちになった。


「すごく嫌なことだから、外れてくれていたらいいんだけど……」

「うん?」


 ラルフもコリンも兄から何も聞いていないらしく、床に座ってオーレリアと同じように耳を傾けていた。


「ワドル商会が何を画策しているのか、思いつくことを掘り下げて考えてみたんだ」


 兄は昨晩ずっとこれを考えていたから眠れなくなったのだろう。


「う、うん」

「ワドル商会の会長は、コーマック・ワドル、五十八歳。僕は一度だけ彼に会ったことがある。挨拶は交わしたけど、あまり友好的ではなかった。どこか威嚇された感じでね」

「やっぱりうちのことは敵だと思ってるんだ?」

「まあ、いつか追い抜いてやるとは思っていただろうね。でも、それを相手に感じ取らせてしまうほど露骨に出したのが変だと思ったよ。だって、向こうはうちの五分の一以下の規模なんだ。今のところ、うちを敵に回して勝算なんてないよ」


 優しげな面持ちで厳しいことを言った。兄がそれを言いきってしまうほど差は歴然としているのだ。


「確かに……」

「強気に出るにはそれなりのものがないとね。要するに、後ろ盾だ」

「すごい協力者がいるってこと?」


 虎の威を借るなんとやらだ。なんてわかりやすいんだろう。

 兄はうなずく。


「そう。僕がワドル会長と会ったあの社交場で、思えば彼はポルテス伯爵と親しげに話していた」

「ポルテス伯爵?」


 どこかで聞いたことがあるような気がする名前だ。どこだっただろう。

 生憎と貴族名鑑を暗記しているわけではない。

 もちろん、オーレリアが知っているはずもないと兄はわかっている。すぐに教えてくれた。


「ラティマー領主だよ」


 そうだ、ハリエットとの話に出てきたのだった。思い出した。

 確か、跡目が決まっていなくてどうのこうの、だ。


「それが?」


 そのポルテス伯がワドル商会の後ろ盾だとして、それがどういう意味を持つのだろう。

 けれど、ここからが本当にとても嫌な話になった。


「ここ、アトウッドは自治区だ。けれど、それがもし貴族の管理下に置かれたら? 国内で最高のワインが酒造されるんだから、その利益は莫大だ」


 兄のこの発言にはラルフが慌てた。


「い、いや、待ってくれ。そんなこと、起こるわけがない」


 けれど、兄は真剣だった。冗談を言ったつもりはないらしい。


「普通に考えたらね。でも、いろんなことを繋ぎ合わせるとそんな気がするんだ。僕の誘拐がまず妙だった。なんでワインと交換なのかって」

「それな。まあ、変だけど……」

「キンブルさんは偽物のワインをオーレリアに渡した。でも、父さんから本物の『至高の雫』に相当する代金を受け取ったとしたら犯罪だ。あの誘拐犯たちがそのことを密告してキンブルさんを陥れるつもりだったとしたら?」

「へっ?」

「たとえワインが本物だったとしても、誘拐犯の手で偽物とすり替えられたかもしれない。多分、誘拐犯が偽証する。キンブルさんに頼まれて僕を誘拐したって」

「そんなことって……」

「アトウッド最高責任者のキンブルさんは立場を追われ、罪を問われる。そうしたら、自治そのものが揺らぐ。やっぱり立場のある貴族が監督しなくてはならないという話も出るだろう。その時、最も近い領地の貴族はポルテス卿なんだ。権利を買うにしても有利だね」


 何やら話はオーレリアの理解を越えていってしまった。

 コリンと一緒に呆然とするしかない。


「まさか……。ポルテス卿は確か、兄夫婦が事故死した後に跡目を継いだんだよな。兄夫婦の葬儀の時の慟哭には誰もが胸を痛めたっていうくらい情に厚い人で……」


 ラルフだけはまだ困惑しつつも兄の話についていっていた。


「表向きはね。社交界の噂話で、ポルテス伯は遠縁に当たる青年を養子に迎え入れようとしていると聞いたよ。後継ぎがいないと国からの許可が下りなくて、アトウッドが手に入らないからじゃないかな」


 もしそれが本当なら、その養子に迎える青年とやらも一枚嚙んでいるのだろうか。

 でもね、と兄は言う。


「国の上層部はポルテス伯に不審な動きを見て取ったのかも」

「そうなのか?」


 不安そうに、けれど一縷の望みを託すようにラルフは兄を見ていた。


「だからわざわざラティマーで軍事演習なんてするんだと思うんだ。隣国への牽制なんて名目だけど、ディータ王国はこのところ国内で暴動があったし、少なくとも今はこの国にちょっかいをかけたりしないだろう。本当はポルテス伯の動きを警戒しているんじゃないかって。――ああ、いくら友達でもアーヴァインが軍事機密を漏らすなんてことはないよ。これは僕の勝手な憶測だ」


 軍はあちこちに密偵を放っていて、きな臭いところは徹底して探るのだろう。ポルテス伯はそこに引っかかってしまったらしい。


「先にコーベット商会とアトウッドの仲を拗れさせたのも、コーベットからアトウッドに救いの手を差し伸べられないようにってことなのかな? そこは正確にはわからないけど。大体、僕を誘拐するって、僕がアトウッドにいるのを知っていないと計画できないじゃないか。僕がアトウッドに来たのを知って利用したのなら、僕たちは出発前からワドル商会に動向を見張られていて、それで今回決行ってことになったんだろう。コーベットのせいになっている架空の子会社は、ワドル商会が作り上げたものだろうから、前々から細工はしていたって考えるべきかな」


 そこで急にコリンが手を挙げた。


「はい! キンブルさん家の火事も陰謀ですかっ?」


 兄はいい指摘だとばかりに微笑した。


「それは多分違う。むしろ、あれこそがイレギュラーでキンブルさんにとって不幸中の幸いだったんじゃないかな?」

「えー? 家が燃えたのに?」


 オーレリアが首を傾げても、兄は落ち着いて答える。


「あの騒ぎでキンブルさんはコーベットと和解してしまった。そうなると正直に話し、ワインの代金も受け取らない。そして、家を焼け出されたキンブルさんは常に世話を焼いてくれる誰かと一緒にいるから接触しにくい。これらは大誤算だろう」

「そりゃよかった」


 ナヨッとしているとか、こんなで大丈夫かなとか思っていた兄だが、ここまで考えられるのなら実はすごいのかもしれない。

 ほっとしたのも束の間、兄はさらに嫌なことを言った。


「だから、キンブルさんに手出しできないと、次は何を仕掛けてくるのかわからない」

「…………」

「…………」

「…………」


 その発言に皆が黙った。


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