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令嬢は樽と共に  作者: 五十鈴 りく
続編

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〈29〉仲間意識

 今日もオーレリアはトンプソン家に泊めてもらうことになった。

 よって、ラルフはまたコテージに追いやられ、兄とコリンは客人だがベッドが足りないのでやっぱりコテージ行きとなった。兄は自発的にコテージでいいと言ったのだが。


 それにしても、兄が急にアーヴァインの名前を出すから、あの時の光景が生々しく蘇ってきた。

 忘れていたわけではないけれど、いろんなことが起こりすぎて突き詰めて考えている暇がなかったのだ。逆に言うとそれがよかったのかもしれない。

 あれは一体、なんだったのだろう。


「オーレリアさん、『至高の雫』ほどではないですけど、このワインも高ランクなので飲んでみません? お口に合うといいんですけど」


 コーベットの令嬢と知れてから、アネリは以前よりも口調が畏まってしまった。ちょっと寂しいけれどそれも仕方がないのかもしれない。


「ありがとう」


 部屋まで持ってきてくれた赤のグラスワインをナイトキャップに煽る。

 ガブガブと水のようにワインを飲むので、親父にはよくお前にいい酒は勿体ないと言われた。味の違いがわかるかと言われると、好きか嫌いかの極端な判断しかできないが。


「うん、美味しいよ。ありがと」

「いいえ、どういたしまして」


 本当はもっと飲みたいけれど、人様の家なので自重した。

 今日はアーヴァインではなく、樽の夢が見たい。樽がびっしりと並んでいる倉庫の夢がいい。


 そんなことを考えながら横になったら、まあ眠れなかった。

 余計にアーヴァインのことを考えてしまう。そして、横には美女がいる。


「……ああ、もうっ」


 小一時間ゴロゴロして、それから諦めて夜風に当たりに外へ出た。

 寝間着に上着を羽織っただけでは寒かった。やっぱりアトウッド地方は気温が低い。


 家の裏手を歩き、はぁ、と息を吐いて寒さを確かめていると、人の気配がした。草を踏みしめる音がして、オーレリアはとっさに振り返る。

 そこにいたのはラルフだった。


「こんな時間に何してんだ?」


 辺りは暗いけれど、ラルフが手に持ったカンテラの灯りがぼんやりと明るい。ラルフは幽霊にでも遭遇したような表情を浮かべていた。


「あんたこそどうしたんだ?」

「俺は、あんたの手下が毛布が足りなくて寒いってぼやくから、毛布を取りに来たんだ」

「それは手間をかけるね。ありがとう」


 ハハ、と笑って返した。コリンはガルムで暖を取るのを諦めたのだろう。可愛いのに。

 ラルフが身じろぎすると、明かりが揺れた。


「あんたたち、いつまでここにいるんだ?」

「うーん、はっきりとはわからないけれど、あと少しじゃないか? 兄さん次第だけど、もうそんなに長くかからない気がする。あんたの寝床を取って悪いと思ってるよ」


 自分の家があるのに、いつまでもコテージ生活が続くのは嫌だろう。なるべく早く明け渡してやりたいが。

 敵の正体も見えてきたし、もうアトウッドでできることはそう多くないのかもしれない。

 けれど、ラルフは顔をしかめた。


「そんなことを言いたいんじゃねぇよ」


 そう言って、ラルフはオーレリアの方に近づいてきた。


「あんた、帰ったら結婚するんだろ?」


 いきなりこれを振られるとは思わず、オーレリアはとっさに怯んでいた。

 結婚はする。婚約破棄はしない約束だから。

 ただ、愛人問題がどう決着するのか不安が残るだけだ。


「……う、うん」

「なんだ今の間は?」


 ラルフはカンテラを家を囲む手すりの上にコトンと音を立てて置いた。その灯りを眺めつつ、静かな夜にはっきりと聞こえる声でラルフが言った。


「迷うならやめとけよ」

「へっ?」

「家同士の政略結婚より、あんたの気持ちの方が大事だろ」

「せ、政略結婚とか、そういうんじゃないんだ」


 オーレリアは慌てて否定した。自分自身もコーベットの家に来るまでは、貴族は皆、政略結婚しかしないものだと思い込んでいた。ただ、恋愛結婚だと口に出して言うのが恥ずかしいので躊躇ってしまった。


 そうしたらラルフの手が伸びて、オーレリアの手首をつかんだ。思いのほか強い力だった。


「あんたみたいなのに貴族の男は合わねぇよ。やめておけ」


 酔っているのかもしれない。

 ラルフはただ、オーレリアの目を見て一方的に言うだけだ。


「周りに冷たくされて窮地に立たされても諦めないし、自分を裏切った相手を助けに火事場に突っ込むような女、どう考えてもあんただけだ。今のあんたはお嬢様だけど、貴族の暮らしが窮屈なのは見てればわかる。でも、そのままのあんたの方がずっといい。結婚なんてやめてここに残らないか?」


 窮屈でないとは言えない。

 行儀作法なんて知るかと思う瞬間もある。

 それでも、そこに大事なものを見出してしまったのだ。


 だから、オーレリアはその世界に溶け込むことを選んだはずだ。

 オーレリアは力を込めて前のめりなラルフを押し戻した。


「あたしは、確かに自由に育ちすぎたから貴族には向いてない。けど、あたしのことを大事にしてくれる人たちがいるのも本当だから。あたしはそこから逃げる気はないんだ」


 ラルフはどこか傷ついたような目をした。

 優しいトンプソン夫妻と血が繋がらない子供だから、心の奥底で寂しさや疎外感を抱えて生きているのかもしれない。自分と同じ境遇の人間を見つけて、それで仲間意識を持った。


 けれど、オーレリアはラルフと同じではない。同じだとは言えない。

 寂しいなんて感じたことは一度もなかったのだから。


「ごめんな」


 そんなことは言ってほしくなかったかもしれないが、口を突いて出ていた。

 ラルフは特に答えるでもなくかぶりを振った。そして、毛布を持ってくるとコリンや兄たちのところに戻った。

 背中が寂しそうだとしても、中途半端には慰められない。


 もし、アーヴァインと出会っていなかったら、少しくらいは悩んだだろうか。

 そんなことは考えるだけ無駄かもしれないけれど。


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