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〈7〉ユーフェミアのための

 オーレリアの――いや、ユーフェミアのための部屋は用意されていた。

 それはもう、可愛らしい部屋だ。フリルが、カーテンやベッド、テーブルクロス、ありとあらゆるところについている。ピンクと白が基調の部屋。


 この部屋はずっと(あるじ)不在のまま保たれていたようだ。

 可愛い女の子が喜びそうな部屋ではある。


 それがどうした因果か、この可愛らしい部屋がまったくもって似合わない娘に育ってしまったのだ。しかし、急には挿げ替えられない。


「しばらくはこのままでいいかしら? 少しずつ、オーレリアの好みに合わせて部屋を変えていっていいのよ」


 母が部屋に案内してくれた後にそう言った。

 可愛い部屋がオーレリアには少しも似合わない。けれど、部屋の中を見回しただけですぐにわかる。


 母はずっと、この部屋に救われていたのだと。

 娘に買い与えたかったものをここに集め、娘が帰ってくる時を待ちわびていた。そんな気がしたのだ。

 だから、オーレリアはかぶりを振った。


「いいよ、このままで。この部屋にあるのは大事なものばっかりなんだろ?」


 すると、急に母は涙を零した。ギョッとしたオーレリアを、母は抱き締めながら嗚咽を噛み殺している。

 どうしたものかと思い、オーレリアは母の背を撫でた。細い、頼りない背中だ。


「ごめんなさい。悲しいのではないのよ。嬉しくって」

「そう。それならいいんだ」


 ポツリとつぶやくと、オーレリアを抱き締める母の細い腕に力がこもる。


「オーレリアは優しい子ね」

「え? どこが?」


 乱暴だとはよく言われるが、優しいとは言われ慣れない。そうであってほしいという願望だろうか。

 母はオーレリアの頬を包み込むと、涙に濡れた瞳を向けてうなずいた。


「わかるわ。ちゃんと。これからは、私たちが今までできなかった分まで幸せにするからね」

「はぁ……」


 別に不幸ではなかったが。楽しかったし、親父に拾われてよかったと、オーレリアは思っている。

 けれど、正直にそれを口にしたら母を傷つけることがわかるから、そのまま呑み込んだ。


「ねぇ、何かほしいものはある? これからここで生活するんだから、何かと物入りでしょう?」

「あ、うん。男物の服がほしい。こういうヒラヒラしたのはいざという時に動けないしさ」


 正直に答えたら、母は卒倒しそうだった。


「し、紳士服は、ちょっとどうかしらね……。オーレリアはせっかく美人なんだし、もっと着飾った方がいいと思うの」

「スカートって好きじゃないんだ」


 スッパリと言ったら、母がまた泣きそうになった。これは悲しいからだ。マズい。


「いや、少しくらいなら、履くけど、さ……」


 譲歩した。なんでだろう。

 これが親父だったら、絶対に引かなかった。殴り合ってでも意見を通した。なのに、女親の涙には勝てない。

 答えは簡単。慣れていないからだ。


「そのうちに履き慣れたら動きづらいこともなくなるわ」


 母が言うところの『動き』とオーレリアが言うところの『動き』は多分違うのだが。ドレスであのアーヴァインと戦えるかという話だ。


「ねえ、他には? 何かほしい?」


 そんなに楽しそうに訊ねられても、思い浮かばない。ほしいものはなんだろう。

 部屋を眺め、そして、ひとつ思い当たった。

 絶対、あった方がいいもの。オーレリアが慣れ親しんだもの。


 オーレリアは、パンッ、と手を叩いてから母にそれを頼んだ。

 母はそれを、とても複雑な面持ちで聞き、とても渋々うなずいてくれたのだった。



     ◆



 その翌日。

 オーレリアに許された服はやはりドレスだった。青い苦み走ったレモンみたいな色のドレスで、これもまた絶対に動きにくい。


 昨日の晩は、入浴を手伝うという使用人たちを全員追い出して、一人でゆっくりと信じられないくらい広い湯船に浸かったが、出た途端にげんなりした。用意されていたネグリジェの頼りないこと。ペラペラの生地はシルクだそうで、肌触りはよかったけれど、軽すぎて落ち着かなかった。スースーする。


 ベッドもフカフカだけれど、ピンクの可愛いシーツの上で寝ているかと思うと、変な夢を見そうだった。おかげで、人足仲間たちがオーレリアを指さしてゲヒャゲヒャ笑っている夢を見た。コリンまで一緒になって笑っているから、次に顔を合わせたら殴りたくなるかもしれない。


 今日もまた、見た目だけは令嬢っぽいオーレリアが出来上がった。

 朝食の席に着くと、兄がニコニコと笑っている。


「オーレリア、そのドレスもとてもよく似合っているよ。綺麗だね」


 自分と似たような顔をした女に綺麗とか言う。兄はナルシストなのか。そうなのか。


「それはどうも」


 褒めたのに冷めた目をする妹に、兄はすっかり困って、それからボソリと続けた。


「あのさ、会わせたい人がいるんだけど」

「誰に?」

「オーレリアに」


 随分回りくどい言い方をする。まどろっこしいなと思った。

 兄が言いにくい理由が、この後に判明した。


「えっと、その、僕の婚約者なんだけど」


 どうやら兄には婚約者がいるらしい。

 ――兄は優しい。そして金持ちだ。

 見た目や言動がナヨッとしているのを差し引いても、そこは魅力的なのかもしれない。


「へぇ。兄さん婚約してるんだ?」

「そうなんだよ。で、僕と結婚するとオーレリアの義姉(あね)になるわけだから」

「あたしのことは気にしないでいいよ。だって、急にポッと出てきた妹なんだからさ、最初からいなかったのと同じだろ?」


 深い意味は何もなく、ただ口に出した。けれど、その途端に母が悲しそうにオーレリアを見たので、失言だったと反省した。


「できるなら皆が仲良く暮らしていきたいじゃないか。だから、オーレリアにも彼女と会ってほしいんだ」


 絶対に話が合わない自信がある。そんなことはここにいる全員が察している。

 しかし、自分が原因となって破談にでもなってしまった日にはさすがに申し訳ない。ここは表向きだけでも取り繕うべきだろうか。


「わかったよ、兄さん」


 それだけ言うと、兄は嬉しそうにうなずいた。

 まったく、平和な家族だ。

 

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