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令嬢は樽と共に  作者: 五十鈴 りく
続編

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〈23〉交換

 昼下がり、イジドアに着いた。

 ラルフは荷馬車を預けるために馬車置き場のある馬屋に向かう。

 刻一刻、敵と対峙する時間が近づいていく。オーレリアは、落ち着けと自分に言い聞かせた。


 兄は今も南口倉庫の中に捕らえられているのだろうか。取引にはもう少し間があるから、別の場所にいるのかもしれないし、そこはわからなかった。

 ここ、イジドアの南側は、町の中でも治安がいいとは言えないらしい。


 都と比べてしまえばどこも小さく感じられるものだが、ここは独特の雰囲気を持っているように思う。

 オーレリアが住んでいた港町アストリーも下町はお世辞にも綺麗な町並みではなかった。どちらかと言えば貧しい人が多かったので、潮風で錆びつく家を修繕する余裕はなかったのだ。

 港の方なんて海鳥の糞だらけで、魚を狙ってくる猫の食べこぼしでいつも魚臭かった。


 けれど、ここはまた違った意味で『綺麗』なところではなかった。

 なんというのか、昼なのに薄暗い。すさんでいる。

 活気がなく、人までもがガラクタみたいな悲しい町だ。


 ラルフが馬車を預けている間、オーレリアが通りでポツリと立っていると、通りかかる男たちが口笛を吹いて囃し立てた。

 昼間からくだらないなと思っただけでやり過ごすが、横にいたガルムが低く唸って男たちを追い払っていた。なんて頼もしい。


「待たせたな」


 ワインの木箱を持ったラルフがオーレリアのところへ来た。オーレリアは苦笑する。


「いや、つき合わせてるのはこっちだし」

「まあ、そうだけど」


 正直に言うから笑ってしまった。

 身の上話をしたせいか、以前よりも少しだけ親密になったような、砕けた印象がある。

 多分、オーレリアも血の繋がりのない義理の親に育てられたと知ったから、親近感が湧いたのだろう。


「とりあえず、どこか宿の部屋を借りよう」


 ワインは軽い荷物ではないし、落としてビンを割ったら大変だからうろつかない方がいい。

 兄を助け出したら三人に増えるから、ふた部屋は必要だろう。


 オーレリアは最寄りの宿を押さえた。多少ボロくても文句は言わない。ガルムは狭い裏路地に面した中庭に入れてもらう。

 そして、小汚い部屋でぼうっと日が暮れるのを待った。


 そういえば、アーヴァインがいるラティマーはここからそう離れていないのだった。できることなら呼びに行きたかったけれど、アーヴァインは軍人だから、報せたとあっては兄の身が危険かもしれない。

 会いたいな、と思った。


 アーヴァインもオーレリアに会いたいと思っていてくれるといいのに。



 ――どれくらいか経って、ラルフがオーレリアのいる部屋の戸を叩いた。


「そろそろ支度しろ」

「うん」


 支度といっても特にすることはない。外していた眼鏡をかけただけだ。

 部屋から出ると、神妙な顔をしたラルフが木箱を持って立っていた。


「一応、俺はガルムを連れて近くに待機してる。あんたが叫ぶようなことがあったら、ガルムを放して駆けつける」


 オーレリアはクスリと笑ってうなずいた。

 そんな様子をラルフはじっと見ている。多分、心配してくれている。


「ガルムがいれば百人力だな」

「そっちか。俺もいるし」

「ふぅん、ありがと」


 とにかく、あと少しで兄に会える。

 もしあいつらが兄に怪我でもさせていたら、ガルムをけしかけてやろう。



 南口倉庫は赤レンガの建物だった。

 連れがいると思われたくないので、オーレリアはワインを受け取って一人で運んだ。重たいが、運べないほど非力ではない。


 そんなオーレリアのことをラルフは見守っていてくれるらしい。

 なんだかんだ言いつつも、気づけば友情が芽生えている。


 ここはオーレリアが働いていた港倉庫と雰囲気は近いが、もっと小さかった。

 鍵はかかっていない。隙間を開けてみたら、中に僅かな光源があった。埃臭く、嫌な空間だ。


 その光のそばには誘拐現場にいた覆面の男三人と目隠しをされた兄が座っていた。手を縛られ、目隠しを取れないようにされている。


 兄さん、と呼びかけそうになったのを呑み込み、オーレリアはワインの木箱を中に押し込んだ。

 ラルフが様子を窺っているのと同じように、こいつらの仲間ももっとたくさんいるはずだと思った。


「中へ入ったら戸を閉めろ」


 オーレリアは言われるがままに重たい鉄の戸を閉めた。外にラルフがいるので閉じ込められることはないと思うが、心配ではある。


「一人で来たんだろうな?」


 男の一人が言った。


「ああ、そうだよ」


 オーレリアが答えると、妹の声に兄の肩がビクリと反応した。


「これが『至高の雫』だ。人質を返してくれ」

「本物かどうか確かめてからだ」


 そのひと言に心臓が跳ね上がったが、涼しい顔をしてみせるしかない。

 本物かどうかがわかる目利きがいるのだろうか。


 それでも、白を切り通す。こんな薄暗い中で色なんてわからないだろう。開けて飲まれたらアウトかもしれないが。

 オーレリアはドキドキしながら待った。


 近づいてきた男が木箱の蓋を外す。その中からビンを一本抜き取り――暗がりでラベルをまじまじと見つめた。ラルフは、ラベルは本物だと言っていた。


 男はスッと目を細める。


「これは――」


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