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令嬢は樽と共に  作者: 五十鈴 りく
続編

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〈21〉失言?

 アトウッド酒造組合組合長キンブルは、六十歳ほどのハ――いや、頭髪が控えめで背が低く、樽のような体系をした男だった。樽が大好きなオーレリアだが、樽のような人間は別に好きではない。


 初対面でこんな失礼なことを思ってしまう程度には、キンブルの感じが悪かった。こちらは真剣に話しているのに、フフンと鼻で笑われた。


「他の者からも話は聞いている。『至高の雫』を一ダースなんて、吹っかけるのもいいところだ。馬車が買えてしまう」

「じゃあ、馬車と交換してくれ」


 兄の身柄と交換なら、馬車くらいくれてやる。

 オーレリアがあっさりと言ったのが気に入らなかったのか、キンブルは顔をしかめた。横でジョージが心配そうにしている。


「まるであんたの持ち物みたいに言うなぁ」


 そういえば、今のオーレリアはコーベットの社員という設定だったのを今思い出した。そんな決定権はないのだ。


「まあ、連れ去られたのがコーベットの御曹司だから、人質にそれだけの値打ちはあるんだろうけど」


 そこでチラッとキンブルはオーレリアを見た。嫌な目つきだ。なんというか、すごく嫌な。


「彼は美男子だからねぇ。若い娘なら皆憧れる」

「いや、それほどでもないと思う」

「はぁ?」


 皆というのは大げさだ。

 同じような顔をしている妹には、兄の容姿の良さがイマイチよくわからない。


 思わず本音を漏らしたら、コリンが背中の方からこっそりつぶやく。


「姉御、話がズレちゃってますよっ」

「ああ、ほんとだ」


 不安になったのか、ジョージがやんわりと割って入る。


「キンブルさん、人命がかかっているのに見過ごすのはどうなんだろう? いくら貴重なワインでも、人の命には代えられない。今回だけはコーベット商会のために『至高の雫』を用立てられないだろうか?」


 すると、キンブルは頭髪とは裏腹に濃い眉毛を跳ね上げた。


「自作自演じゃないかって声も上がっているんだ。もし騙されたらどうする?」

「騙してないし! 大体、金は払うって言ってるじゃないか!」

「そういう問題じゃない! 『至高の雫』を卸せなければ、うちの大事な顧客に迷惑がかかると言っているんだ!」


 ドンッ。

 キンブルは、怒鳴ったりテーブルを強く叩いたりして威嚇すれば、女子供は黙ると思っているらしかった。


 ドンッ。

 生憎と、テーブルを強く叩いて怒鳴り返す女子供がいることを教えてやった。


「迷惑をかけたところにはうちからも謝りに行くよ! おかげで助かったって言うし! あんたたちのせいにするわけじゃない!」


 ドンドンッ。

 叩き返された。テーブルの上に何も載っていなくてよかった。


「コーベットの言うことなんて鵜呑みにできるか!」

「だから、なんの証拠があってうちを毛嫌いすんのさ? 架空の子会社がどうとか、そんなの濡れ衣だ!」


 ジョージは二人の口論に狼狽えていて、ラルフは戸惑っていた。コリンはオーレリアの言動に慣れているので遠い目をしているだけだった。


「濡れ衣だとっ? 彼女がワシに噓などつくものか!」


 ここでオーレリアが怒鳴り返すと思っていたのか、キンブルはオーレリアがきょとんとして大人しくなったことに拍子抜けしていた。

 別にオーレリアはキンブルに圧倒されたわけではない。その発言に引っかかっただけだ。


「彼女?」

「彼女?」


 コリンも一緒になってつぶやく。

 ジョージもなんのことだかわからなかったらしい。キンブルに困惑した目を向ける。


「キンブルさん、彼女とは誰のことでしょう? その人からコーベット商会の事情を聞いたようですが?」

「い、いや? ワシはそんなことはひと言も――」

「四人も聞いてたんだから、そんな言い訳が通るわけないだろ。なあ、彼女って誰だよ?」


 オーレリアがすごんでいる様子は、とてもラングフォード夫人には見せられない。

 すごんだ甲斐あってか、話をそらしたいのか、キンブルは自分を直視しているオーレリアからそっと視線をずらしながらつぶやく。


「そ、それとこれとは話が別だろう。あんたは『至高の雫』を一ダース売れと言いにきたはずだ。ワシにそんな口を利いたら売るものも売ってもらえなくなるんだぞ」

「じゃあ売ってくれるつもりはあるのか?」

「ま、まあ、人命がかかっているとまで言われてはな」

「さっきと言うことがエライ違うんだけど?」


 思わず言うと、コリンに袖を引っ張られた。余計なことは言わない方がいいと。

 わかってはいるが、つい。


「売ってくれるってことでいいんだね? 明日、イジドアで引き渡しをしなくちゃいけないんだ」

「明日までに金は用意できるのか?」


 キンブルに突っ込まれた。

 金目のものは持っていない。手配するにしても明日はどう考えても無理だ。


「それは無理。でも、絶対に払うよ。うーん、金を払うまで担保としてコリンを置いていくか」


 コリンが後ろで悲鳴を上げた。


「あ、姉御! そんなのってないですよっ」

「大丈夫、ちょっとだけさ」

「ちょっとでも嫌ですよぅっ」


 情けない顔をするコリンの頭を撫でつつ、オーレリアは話を進める。


「イジドアまでワインを持っていくの、さすがに歩きじゃキツイかな?」

「一ダースだからね。ビンと木箱の重さもある。荷馬車なら出せるから送るよ」


 ジョージがいてくれてよかったと、オーレリアはほっとした。


「明日の朝に出発したら間に合う?」

「ああ、それほど遠くはないから」


 そこでオーレリアはキンブルに向き直る。


「聞いての通り、明日の朝には出発するから、手配をよろしく。なあ、本当に人の命がかかってるかもしれないんだから、ほんとに頼むよ」


 オーレリアは精一杯しおらしく頭を下げた。

 キンブルはフンッと鼻を鳴らしたが、ワインを用意してくれるつもりはあると信じるしかない。


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