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令嬢は樽と共に  作者: 五十鈴 りく
続編

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〈20〉三日前に

 あたたかいベッドで眠れたけれど、このベッドはもしかしてラルフの寝床だったりするのだろうか。

 まあいい。なんでも。

 コリンはソファーを借りて眠ったらしい。


 朝起きてみると髪が乱れていたので直したかったが、オーレリアは上手く三つ編みができないので髪型を元に戻すのは諦めた。バンダナでひとつにまとめるのが精々だ。眼鏡だけはちゃんとかけている。


「おはよう。よく眠れた?」


 ダイニングにいたアネリが声をかけてくれた。ジョージも心配そうな顔をしている。


「ありがとう。うん、こんな時なのにぐっすりだった」


 兄が心配でないわけではないが、疲れていたのも事実だ。睡魔には勝てなかった。

 コテージが寒かったのか、ラルフも家に戻ってきていた。彼らはすでに朝食を済ませたようで、オーレリアとコリンを食卓に座らせてくれた。


 パンとチーズ、あたたかいスープ。これだけでありがたい。

 だが、しかし。


「前が見えない」


 あたたかいスープであたたまりたかっただけなのに、オーレリアは前が見えなくなった。


「姉御、眼鏡を拭いたらいいんですよ」

「でもまたすぐ曇るんだろ?」


 この時、ラルフがボソリと言った。


「あんた、いつもは眼鏡かけてないのか?」

「うん? なんで?」

「普段から眼鏡をかけてるヤツなら、眼鏡が曇るなんて当たり前のこと言わねぇよ」

「えー?」


 それもそうだ。これは墓穴を掘ってしまった。

 よくない流れかもしれない。

 よし、なんとかごまかそう。と、オーレリアは考えた。


「急に目が悪くなって」

「急に?」

「あ、うん。三日前に」

「…………」


 眼鏡が曇っていて幸いした。オーレリアの目が泳いでいても表情が読めないはず。

 コリンはここで助け舟を出してくれたつもり――なのだと思う。余計なことを言った。


「姉御は美人すぎてモテモテなので、婚約を機にしばらく眼鏡をかけることにしたんですっ」


 その設定は説得力があるのだろうか。

 オーレリアをチヤホヤしてくれたのは人足仲間だけだったような。社交場の貴族連中はコーベットの財産に目がくらんだだけだろうし。


 皆がオーレリアの指に嵌っている指輪をチラリと見た。


「へぇぇ」


 ラルフがなんとも言えない調子でつぶやいた。多分、信じてない。


「ああ、そういえば昨日も婚約者がいるとか言ってたな。()()()()()()か」


 何がそういうことなのだろうと問いかけようとしたが、ラルフはさっさと会話を進める。


「で、明日までに『至高の雫』を一ダース用意するのってどう考えても無理なんだけど、どうする?」

「無理って……。そんな簡単に片づけられないよ」


 捕まっているのが例えばアーヴァインなら武力行使でなんとかしてくれるかもしれないが、人質はあのナヨッとした気の優しい兄なのだ。縄抜けもろくにできないだろう。


「ここが産地なんだから、あるんだよな?」

「今年の収穫はまだだけど『至高の雫』は製造してすぐ売るわけじゃないから、寝かせているのがある」


 それを聞くなり、オーレリアは机に勢いよく手を突いて立ち上がった。


「よし、わかった。直談判だ。一番のお偉いさんのところに連れていってくれ」


 これには、ラルフばかりでなくジョージも目を丸くしていた。

 ラルフは立ち上がったオーレリアを呆れたような目で見上げた。


「あのさ、『至高の雫』を持っていくのは無理だから、それが買えるほどの金を用意して人質と引き換えにした方がいいんじゃないか?」

「それこそ間に合わないし。一ダースが駄目でも、一本でも多く集めないと」


 それを持っていったからといって兄が無事に戻るという保証はない。

 けれど、手ぶらで行くわけにもいかないのだ。できる限りのことをしてリスクを軽減しなくては。


「……そうだな、何かいい案があるわけじゃない。僕からも組合長のキンブルさんに頼もう」


 ジョージがそう言ってくれたのがせめてもの救いだった。

 オーレリアはその気持ちが嬉しかった。


「ありがとう、ジョージさん!」



 そうして、ジョージだけがついてきてくれるのかと思えば、ラルフまで来た。

 これはオーレリアではなくジョージを心配しているのだろうか。


 そして、気づいたらガルムがいた。

 モフッと丸いフォルムに癒される。


「お前も心配してくれてるのかな? ありがとな」


 オーレリアが頭を撫でると、ガルムはわふぅ、と嬉しそうに鳴いた。

 おずおずといった様子でジョージがオーレリアとコリンに向けて言う。


「組合長のキンブルさんを怒らせないように注意してくれ。話がこじれてしまうから」

「うん、もちろん」


 即答した。怒らせるつもりなんて毛頭ない。

 気難しい人物なのだろう。

 例えば、アーヴァインの祖父のウィンター伯のような。


「姉御……」


 何故か不安そうな目をするコリンに、オーレリアは力強くうなずいた。


「あたしが揉め事なんて起こすわけないだろ?」

「えーと。えーと」

「なんだ?」

「……いえ、なんでも」


 コリンは笑みを浮かべながらついてきたが、ちょっと無理をした余所行きの笑顔だった。

 ジョージの家からキンブルの家はそれほど遠くはなかった。


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