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令嬢は樽と共に  作者: 五十鈴 りく
続編

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〈19〉トンプソン夫妻と

「何騒いでんだ? ってか、あんた、帰ったんじゃなかったのかよ?」


 ラルフはガルムを連れていた。ガルムの顔を見たら、ささくれた心が少し癒された。

 そして、ラルフと共にいる人は父親ではないかと思えた。ラルフよりも小さく、穏やかそうな雰囲気を持っている。

 ちっとも似ていないが、オーレリアと兄も母親似で父にはまったく似ていないのでそんなものかもしれない。


「もしかして、彼女がアドラムさんの?」

「ん、本人(いわ)くだけどな」


 ジョージ・トンプソン。

 アドラムの親父に恩があると言って、毎年ワインを送ってくれていた人物だ。

 それなら、今のアトウッドで彼だけがオーレリアに手を貸してくれるのかもしれない。


「ジョージさん?」


 前のめりなオーレリアの勢いに押されつつ、ジョージは小刻みに何度もうなずく。


「ジョージさんはうちの親父に恩があるんだよなっ?」

「あ、ああ」

「じゃあ、助けてくれ。あたし、今、すっごい困ってるから!」


 ジョージの肩をつかんでガクガクと揺さぶると、ジョージが目を回しそうになっていた。そのせいか、ラルフがオーレリアの手を父親から剥した。


「ちょっと落ち着け。なんだ、どうしたんだ?」

「それが――っ」

「これを読んでください!」


 コリンが破られた手紙を拾ってジョージに渡した。ジョージはそれを繋ぎ合わせて読む。


「これは、脅迫? 一体誰がこんなことを?」

「わかんないよ。覆面をした男たちだったんだけど」

「ワインを渡さないとコーベットの御曹司が危ないって?」


 ラルフが顔をしかめた。他の連中と同じで信じていないのかもしれない。

 息子が信じてくれないのなら、父親も信じないのだろうか。


 オーレリアは黙ってジョージの返答を待った。その間、ガルムがオーレリアの足元できゅぅん、と切なく鳴いた。

 ジョージはオーレリアの目を見てうなずく。たったそれだけのことに人柄が伝わるようだった。


「僕はアドラムさんに受けた恩を返したいと思っている。娘さんが困っているのなら見過ごせないな」


 とても誠実な言葉をくれた。

 このアトウッドで協力的なことを言ってくれたのはやはりジョージだけだった。

 何も解決していないのに、ほっとして力が抜けそうだった。


「あ、ありがとう」


 ただ、ラルフはもの言いたげだった。


「いいのか? コーベットに協力したら反感買うぞ?」


 それに対し、ジョージは穏やかながらに芯の強い笑みを浮かべていた。


「これまで、コーベットは我々を粗略に扱ったことはなかった。取引は常に清かった。……今の風潮の方が変だと思う。個人が『変だ』と言えなくなって来たのもいけないことだ」


 皆がコーベットは敵だと言い出しても、ジョージは自分で考え、結論を急がない。こんな人がもっといてくれたらよかったのに。


「とにかく、今日はうちに泊まってくれたらいい。ああ、ラルフ、年頃の娘さんをお泊めするから、お前は今晩コテージで寝起きしてくれ」


 ありがたいけれど、家主の息子が追い出された。


「あそこ、寒いんだけど?」

「大丈夫、ガルムがいるから」


 それで暖を取れと。

 わふぅ、とやや低い声でガルムが鳴いた。不承知のようだ。



 ブツブツと不満を言っていたが、ラルフはコテージへと追いやられた。

 そのおかげでオーレリアとコリンはあたたかい家の中へ入れてもらえた。


 ラルフの母親で、ジョージの妻であるアネリも小柄だった。何故ラルフだけがあんなに大きくなったのやら。

 コーベットに関わるオーレリアに肩入れすることに不安を覚えているように見える。それでも、アドラムへの恩義もまた忘れるつもりではないようだ。


「大変な思いをしたわね。こんなことしかできないけど、たくさん食べてね」


 ワインの産地だけあって、牛肉のワイン煮込みを出してくれた。これが普段食べているものよりもずっと美味しく感じられたのは、オーレリアが空腹だったというのもあるだろう。


「すっごい美味しい! おばさん、料理上手だね」


 これがお世辞や嘘ではないことが、オーレリアとコリンの食べっぷりから伝わっただろう。アネリはクスリと笑っていた。


「ありがとう」

「こんな美味しいものを食べて育ったから、きっとラルフはあんなに大きくなったんだね」


 遺伝よりも栄養が行き届いた結果だ。


「力仕事を任せられるから助かるけどね」


 アネリはあはは、と笑っていた。

 兄も何か食事があたっているといいけれど、多分ちっとも美味しくないだろう。そう思うと、申し訳ないような気もした。


 食事を終えた後、あたたかい紅茶を出してくれた。それを飲みながら話す。


「言うのが遅れたけど、毎年ワインを送ってくれてありがとう。親父も喜んで飲んでたよ」


 すると、ジョージは嬉しそうに顔を綻ばせた。


「それはよかった。アドラムさんは僕の恩人だから」

「あの馬鹿親父が何したのさ?」


 オーレリアが首をかしげると、その口の悪さに苦笑しつつもジョージは言った。


「昔、ワインの品評会に出かけた先で肝心のワインを盗まれてしまったんだ。その時に助けてくれたのがアドラムさんだ。情報を集めてワインを探し出し、盗んだ相手をボコボ――いや、懲らしめてくれてね」

「わぁ、(かしら)らしいです」


 コリンが言うように、親父らしいとオーレリアも思う。

 見ず知らずの人だろうと、困っている相手を放っておかない。そして、恩に着せることはない。


「たいしたことはしてないって笑ってくれたけど、慣れない土地で大事なワインを失くした僕がどんなに心細かったことか。親身になってくれたアドラムさんの頼もしさ、優しさを忘れることはないよ」

「そういうこと、自分で言う親父じゃないから。全然知らなかったよ」


 この話をしたら、きっと親父は、ケッと短く吐き捨てるだけだろう。照れ隠しに。

 ジョージはうなずく。


「そんなアドラムさんの娘さんだ。僕は君のことを信じるよ」

「ありがとう、ジョージさん」

「ただ、『至高の雫』を一ダースという条件はかなり厳しい。酒造できる量の二割に相当するからね」

「代金はコーベットが払うとしても?」

「他所の、卸すという約束を反故にすることになる。信用問題だから」


 『至高の雫』をどこに卸す予定だったのだろう。

 先回りして交渉する暇はないだろうか。時間さえあればそれもできるはずだが。

 その違約金も父ならば払うだろうか。


「先にユリシーズ様を助け出せたらいいんですけど」


 はあ、とコリンがため息をついた。


「ラベルだけ偽装するとか」


 悪党の思い通りになるのが悔しいので言ってみたが、ジョージはかぶりを振る。


「いや、ラベルは管理されているから、組合長の許可なく持ち出せないよ。とにかく、君たちも疲れているはずだから、今晩はしっかり休んで朝になってから考えよう」

「う、うん」


 確かにろくな考えが浮かばない。

 寝て起きても、オーレリアはろくなことを考えない気がしないでもなかったが。


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