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〈6〉腕が鳴る

 テーブルマナーなんて、知るわけがない。どうやって食べたって味は同じだ。

 フォークさえあればいい。ナイフなんて使わない。


 肉の塊をフォークで刺し、かぶりつく。柔らかい肉は蕩けるようで美味しかった。ワインも熟成された上物を出してもらえて、水のようにガブガブと飲む。


 皆がオーレリアの食べっぷりに唖然としていたが、そんなことは気にするだけ無駄だ。気取るつもりもない。


「お、美味しいかい?」


 父がやんわりと訊ねてくる。

 オーレリアは口の中に物がいっぱいに入っていたので、ん、とだけ答えた。母は涙ぐんでいる。


「可哀想に……」


 その可哀想はどういう意味やら。

 こんなにガッツクほど、食べるものがなかったのかと思っているのか。忙しくて早食いの癖がついただけだ。

 兄だけは、それでもニコニコしていた。不気味だ。


 本当は、もう少しくらいなら行儀よく食べることもできる。でも、それをする理由がない。

 行儀の悪い娘だから要らないと言われれば、帰る。今までの暮らしに戻るだけだ。別段不都合もない。ここの誰に嫌われても、多分オーレリアは傷つかない。

 血の繋がりがあったとしても、情はまだ少しも湧いていないのだ。


 さっさと食事を終えたオーレリアだが、家族たちが食べ終わるのを待つしかなかった。こんなにも何もしないで座っているだけという時間を今まで経験してきていない。時間が勿体ない。


 やっと皆が食べ終わると、デザートが運ばれてきた。

 チョコレートケーキにクリームがどっさり。そこにフルーツソースがかかっている。


 甘いもの、そんなに好きじゃないんだよね。

 それが本心だったが、皆がオーレリアが喜んでくれると思っているようなので、仕方がないから食べることにした。ああ、食後にチョコって、くどい――。


「美味しい?」


 母が嬉しそうに問いかけてくる。


「うん、甘い」

「そうかそうか」


 父も笑っている。この時、兄は平然と甘ったるいケーキを呑み込むと口を開いた。


「オーレリアは今までどんなふうに暮らしていたんだい? 話したくないなら訊かないけど、そうでないなら教えてくれるかな」


 別に話したくないことなんてない。オーレリアは淡々と答える。


親父(おやじ)が一人であたしのことを育ててくれたんだ。親父は人足頭(にんそくがしら)で、荒っぽい人足を束ねてたから、まあ腕っぷしは強かったよ。あたしもその手伝いをしてたんだけど」


 育ちのいい兄には人足がどういう仕事をするのかがよくわからないらしい。小首をかしげている。


「手伝いって、どんな?」

「船から積み下ろした荷物の数の点検が多いけど、一緒に荷物を運んだり、サボり癖のある人足のケツを蹴飛ばしたり、色々さ」

「…………」


 兄の動きが止まった。思考が停止してしまったようだ。お上品な兄は、どう返したらいいのかわからないのかもしれない。――じゃあ、他になんて答えたらよかったのだろう。

 それこそ、思いつかない。


「た、大変だったね」


 やっとの思いでそれを言ってくれたのがわかった。しかし、何も大変ではない。


「そうでもないよ。楽しかった」


 ケツを蹴飛ばすのが? と、兄の顔に書いてあった。別にそこを強調したつもりはないが。

 兄はさっさと話題を変えたくなったようだ。


「ところでオーレリア、どこか痛いところはないかい? アーヴァインは僕とは幼馴染でね。今日、なんでわざわざ来たのかと思ってたんだけど、どうも妹が偽物かもしれないって怪しんで念のために来てたみたいで。僕を心配してくれてのことなんだけど……」


 本物の妹が出合い頭に兄を投げ飛ばすのもどうかというところだが、オーレリアに悪気はない。ただ、あれでは誤解を受けても仕方がなかったのは自分でもわかっている。


「まあ、貴族だもんな。成りすまして入り込みたいヤツもいるかもしれないね。うん、あたしはどこも痛くないよ。軍人だけあって、なかなかいい動きだった」

「そ、そう?」


 オーレリアは今まで、喧嘩で負けたことがない。実力だけでなく、背後に控えている親父が怖かったというのもあるだろう。それか、女だからと見くびってかかってきていて、見くびったことを後悔する前にボコボコにしていただけかもしれないが。


 あのアーヴァインという男、できれば今度じっくり戦ってみたい。ただしそれを言ったら家族全員がドン引きするのはわかっている。


「できればまた会いたいな」


 ポツリと零すと、兄は目を瞬かせた。かと思うと、にっこり笑う。


「アーヴァインはさ、軍でも出世株だし、ウィンター伯爵の孫だから令嬢たちにも人気があるんだよ。でも、決まった相手はいないし、いいんじゃないかな」


 誰の孫だろうと、なんだろうとそんなことはいい。ここは腕力と腕力――たまに脚力の勝負だ。


「ふぅん。腕が鳴るね」


 腕というか、指をパキッと鳴らす妹に、兄は心なし青ざめていた。


「えっと、それ、どう受け取ったらいいの?」


 両親もまた、笑顔なのに蒼白だった。

 そんな顔をさせるつもりはなかったのに。


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