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令嬢は樽と共に  作者: 五十鈴 りく
続編

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〈18〉自作自演?

 誘拐犯たちが兄を連れて去っていったのが音でわかった。


「おーい、開けてくれ!」


 オーレリアは馬車の扉をドンドンと叩く。すると、御者が外から大声を張り上げた。


「す、すみません、もうちょっとだけ待ってください!」


 外で何やら奮闘している、切羽詰まった声だった。

 コリンと顔を見合わせ、仕方なくしばらく待つと、ようやく扉が開く。

 壮年の御者はぐったりと疲れきっていた。


「あいつら、馬の手綱を切って固定を外したんです。私が手を放したら馬が逃げて馬車が動かせなくなるような小細工を……っ」


 なんとか馬を逃がさずに済んだようだが、よく見ると二頭いた馬が一頭になっていた。

 自分たちを追いかけてこられないように時間稼ぎをしたわけである。


「ど、どうしましょう、姉御っ」


 コリンはひたすら狼狽えていた。オーレリアも一緒に狼狽えたかったが、それをすると収集がつかないので、自分は冷静でいなければと思い直す。


「……あたしはアトウッドに戻るよ。やつらがこういう指示を出してきたから」


 ぐしゃぐしゃにしてしまった文をもう一度広げ、コリンと御者とに見せた。

 御者も青ざめている。


「だ、旦那様にお知らせしないと! でも、お嬢様をあそこに残していくわけには……」

「明後日なんて、帰ってたら間に合わない。あたしがアトウッドで交渉してワインを売ってもらうようにするしかないよ」

「で、でも、このところ彼らの態度は冷たいなんてものじゃなかったでしょう?」

「そうだけど、一大事だから。話せばわかってくれるさ」


 わかってもらうしかない。

 コリンは、こんな時にオーレリアがどうしたいのかをちゃんとわかってくれている。一旦落ち着くと、馬車から荷物を下ろし始めた。


「じゃ、父さんに知らせてくれ。頼んだよ」


 オーレリアは精一杯笑い、御者の腕をポンポンと叩いた。御者は悲しそうにオーレリアを見ている。


「大丈夫。どうにかなるって。あんたのせいじゃないから」

「ですが……」

「姉御には僕がついています。ね、姉御?」


 コリンは精一杯の虚勢を張った。虚勢だとはわかっている。それでも、オーレリアは心強く思った。


「ああ、頼りにしてるよ」


 そのひと言だけでコリンは満足そうだ。

 二人は荷物を抱えながら戸惑う御者に笑って見せた。


「大丈夫。アトウッドに住んでるのは獣じゃない、人間だ。話せばわかってくれるよ」

「旦那様にお知らせしたらすぐに戻ります!」

「うん。くれぐれも落ち着いて、安全運転でな」

「はい!」


 馬が減ってしまった馬車だが、車体は空だからどうにかなるだろう。

 オーレリアはコリンと顔を見合わせた。


「よし、行こう」

「はーい!」


 そうして、二人は予期せぬ形でアトウッドに戻るのだった。

 まったく歓迎されないあの地に。



     ◆



 歩いて戻った頃、もう日は傾いていて、思えば今日は昼食を食べ損ねてしまった。

 とはいえ、それを言っている場合ではないので、オーレリアは腹に力を込めて我慢した。


 夕暮れ時の朱く染まった葡萄畑は昼とはまた違った綺麗さだった。荷物を抱えたオーレリアたちを見た途端、仕事を終えて帰ろうとする皆の顔が険しくなったけれど。


「ええと、何から話したらいいかな……」


 オーレリアがそうつぶやいた途端、誰かがケッと吐き捨てた。


「何も話さなきゃいいだろ。俺たちは何も聞きたくない」

「何をしに戻ってきた? 早く出ていけ」


 予想通りの冷たさである。

 わかっているけれど、しつこくしなくてはならない理由が増えたのだ。


「どうしても『至高の雫』を一ダース売ってもらわないといけなくなったんだ」


 思いきって言うと、畦道でオーレリアとコリンを囲む男たちの表情がさらに険しくなった。


「寝ぼけたこと言ってるんじゃない! コーベットとは取引をしないと言っているんだ!」

「そこをなんとか頼む。帰り道で急に襲われて、人質を取られて引き換えに『至高の雫』を要求されたんだ」


 オーレリアはあの脅迫文を皆に見えるように広げて見せた。

 皆、暗がりの中で目を凝らして見ていたが、そのうちの一人が文を引ったくった。そして、それを半分に破り捨てる。

 オーレリアは呆然としたが、誰もこの話を信じていないのだとわかった。


「随分お粗末な自作自演じゃないか。本当になりふり構わなくなってきたな」

「違う! 本当に、にい――」


 兄さん、と最後まで言いきる前に言葉を遮られた。


「あんたがどう言おうと勝手だが、俺たちがコーベットに『至高の雫』を卸すことはないよ。さっさと帰るんだな」

「そうだ。日が暮れたって、コーベットの社員なんて誰も泊めないからな」


 握りしめた拳が震えた。片っ端から殴ってやりたい。

 思い込みだけで判断し、取り合ってもくれない。兄に何かあったら、ここの葡萄はすべて引っこ抜いてやろうと心に決めた。


「泊めてくれなくてもいい。どうしたらワインを売ってくれるんだ?」


 すると、男たちは顔を見合わせて首を振った。


「どうしたって売らない。帰れ」

「この――っ」


 暴言を吐きそうになったが、コリンがオーレリアの腕をギュッとつかんで止めた。

 それでも、感情はなかなか抑えきれない。フーッと大きく息を吐き出したが、頭がズキズキ痛んだ。


「とにかく、ここから出ていけ! いいな!」


 皆が散り散りに去っていく。


「姉御……」


 コリンが心配そうにつぶやいた。


 ――アーヴァインに会いたくなった。アーヴァインがここにいてくれたら、もっと上手く立ち回れたんだろう。つい誰かに頼りたい気持ちになってしまう。

 けれど、泣き言を言ったところで何も変わらない。今は自分の力で乗り越えるしかなかった。


 そんな中、逆にやってきた人影があった。

 それはラルフと、ラルフよりもひと回り小さい人影だった。あと、モフッと丸いのも。


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