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令嬢は樽と共に  作者: 五十鈴 りく
続編

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〈16〉横に置いといて

 兄はあれからずっと馬車の中にいたらしい。

 フラついていると目立つし、アトウッドの人々の神経を逆撫でしてしまう。ここまで取りつく島もないのなら、大人しく馬車の中で待っているという選択をしたのは賢明だろう。


「兄さん」


 声をかけると、馬車の窓のカーテンが開き、それから扉が開いた。オーレリアが乗り込むと、ガルムも乗り込んだ。兄がびっくりして馬車の中で隅っこに寄ったのも仕方がないかもしれない。


「ちょっとそこで仲良くなったんだ。ガルムっていうらしいよ。可愛いよな」


 ガルムが先に乗ったから、コリンは乗れなくなったらしい。中までついてこなかった。


「か、可愛い……」


 兄の顔が引きつったけれど、ガルムは兄が嫌いではないらしい。わふぅ、と友好的な声を上げた。


「あ、うん、か、可愛い、かな」


 ちょっと無理をした調子で答えた。それから兄は気を取り直したように、モフモフが占める割合の高い車内で真面目な顔をした。


「オーレリア、大丈夫だったかい? 冷たくされなかった?」

「うーん、それなりに冷たかったけど、まあ情報は仕入れたよ」


 と、苦笑してみせる。


「なあ、兄さん。コーベットが架空の会社をでっち上げてアトウッドワインを買い占めた――なんて事実はないよな?」


 これを言うと、兄はきょとんとして目を瞬かせた。

 知らないらしい。やっぱりだ。


「そんなことをして得る利益はたかが知れている。架空の会社なんて、少し調べればわかってしまうことだよ。面倒事の方が多いような手段は取らないさ」


 だろうな、とオーレリアも思う。

 うなずいてみせると、それだけで兄は色々と察したらしい。


「アトウッドの人たちはコーベット(うち)にそんな疑惑を持っているのか? 架空の会社かぁ。実際にそんなものがあるのなら、その背後には誰がいるんだろう?」


 兄は落ち着いていた。もっと大騒ぎするかと思えば結構冷静だ。


「兄さんか父さん、誰かに恨まれてない?」


 人当たりのいいお人よしたちだけれど、どこで恨みを買うかなんてわからない世の中だ。

 実際、ハリエットには恨まれていたし。

 すると、兄はうぅんと唸って首をひねった。


「まあ、逆恨みもあるから、恨まれていないとは言えないけど」

「だよな」

「うちの邪魔をしたい相手がいるっていうのはわかる。でも、アトウッドの人たちがあっさりそんな噂を信じてしまったのが残念だな。こちらは誠意を持って取引していたつもりだったんだけど」


 実際、濡れ衣なのだから兄がこう言うのも当然だ。


「でも、手掛かりがあんまりにも少ないよ。もうちょっと調べないと」


 オーレリアがこれを言うと、兄の顔に不安そうな色が浮かんだ。


「調べるのは調べるけど、会社の方でやるから。オーレリアはここまででいいよ。ありがとう」


 無理やり話を終わらせようとした。

 そういうわけにはいかない。


「あのさ、あたしだって役に立つんだよ?」

「知ってるけど、ほら、花嫁修業で忙しいだろう?」

「それはちょっとだけ横に置いといてもいいんだ」

「よくないと思うけど」

「アーヴァインは最低一ヶ月いないんだから、十日くらい使ってもいいじゃないか」

「そういう問題じゃないよ……」


 兄が疲れたように言う。

 しかし、オーレリアは決めたのだ。どうにかしようと。

 だから馬車の中で腰を浮かせた。


「よし! 兄さんは会社に戻ってそっちから不審な点がないか調べる。あたしはしばらくここに残ってここで調べる。これで完璧だ」

「どこが!!」


 どこがと言われても、双方で動いた方が手っ取り早いだろうに。


「大丈夫だよ、コリンがいるし。ガルムもいるし」


 この一人と一匹が相容れないのが残念だが。

 ガルムは呼ばれたせいか、嬉しそうにわふぅと鳴いた。


 しかし、兄は折れなかった。笑顔だがいつになく厳しい。


「絶対に駄目だ。大事な妹を置いていけるわけがないだろう? さ、ガルムを降ろして。帰るよ」


 ガルムはふぅぅ、と拍子抜けしたような声を上げた。せっかく仲良くなれたので、オーレリアも残念だ。


「会社に戻って不審な点があったらまたここに来るんだろ? その時はちゃんと連れてきてくれるよな?」


 どうしても首を突っ込みたがるオーレリアに、兄は辟易としていたかもしれない。

 それでも、これ以上駄目だと突っぱねると、オーレリアがここに居座ると言い出すのもわかっている。だから渋々うなずいていた。


「わかったよ。だからとりあえず戻ろう」

「うん。とりあえずはね」


 オーレリアは仕方なく、ガルムを馬車から降ろし、もふもふの頭を撫でた。


「じゃあ、また来るから」


 わふうっ、と名残惜しそうな返事をくれる。賢い子だ。

 このアトウッドでは一番頼りになる味方かもしれない。


「さっ、姉御、扉を閉めますよ」


 コリンはアトウッドからさっさとお(いとま)したかったのかもしれない。

 急かしたからか、ガルムがコリンを睨んだように見えた。

 馬車が走り出してからも、ガルムはしばらく馬車を追いかけてきた。


 オーレリアはモヤモヤが晴れないままアトウッドを後にするのだが――。


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