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令嬢は樽と共に  作者: 五十鈴 りく
続編

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〈15〉鉄の掟

 商売には信用が第一だ――そう、ラルフは切り出した。

 そんなことは知っているつもりである。


「商売は儲かればなんでも許されるってわけじゃねぇ。酒蔵と買い手は互いの信頼を損ねないよう、双方が気をつけて取引をしてる。最初にいくつかの取り決めがあるわけだ。そのうちのひとつに、買い占めを防止する掟がある」

「うん」

「いかに大手でもそこにすべて卸して独占させることはしねぇんだよ。少々の融通は利かせても、酒蔵が納得しない仕入れで売るのは許されねぇ。それが、コーベットは嘘の子会社を作ってアトウッドワインを買いつけた。架空の会社だからな、その仕入れたワインはコーベット本社のものだ。規定よりも多くのワインを仕入れて儲けてたんだよ」

「えぇ?」


 あの馬鹿正直な父や兄がそんなセコいことをするだろうか。

 オーレリアの頭には???がいくつも浮かんでいた。

 しかし、ラルフは嘆息しながら続けた。


「それが発覚するまでは、大会社なのにお偉いさんの腰も低くていい人たちだと思ってたんだ。それがやつらの手口だったんだろうな。そうじゃなきゃ、あんなに短期間で儲かってねぇよ」

「そうかなぁ?」


 父も兄も正直すぎて、商売人に向いているようには見えないけれど、あの正直さがよいのだろうと最近は思う。会社を見た限りでは皆が働きやすそうにしていたし。


「証拠は?」


 オーレリアが当たり前のことを言うと、ラルフは黙った。


「は?」

「なんだよ、証拠はって訊いてるんじゃないか」


 まさか証拠もなく疑惑だけでこの扱いはない。


「いや、俺は何も。上の連中なら何かつかんでるんだろうけど」


 オーレリアがふぅん、とつぶやくと、ラルフは眉根を寄せた。顔が怖いのを気にしているのならそういう表情はすべきではない。

 というか、重要なのはそこではない。


「あんたも誰かからのまた聞きなんだね。もしかして、あんただけじゃなくて皆そうだとか言わないかい? 上の連中が言い出したから、きっとそうなんだって、ちゃんとした証拠も確認しないで言ってるなんてこと、ないよな?」

「…………」


 何故に黙る。

 何故もない。図星だからだ。


「呆れた」


 ため息と同時に言ってやった。


「コーベット側の人間が偉そうに……」


 ラルフは言い返してきたが、勢いはない。オーレリアが指摘するまで、上の人が言うことを疑っていなかったのかもしれない。


「あのな、これがもし勘違いだったらどうなのさ? あんたたち、世話になったお得意さんに失礼な態度取ってるだけだろ。なあ、言っとくけど、コーベットだったらアトウッドワインに代わる商品だって探し出せるよ。それを大々的に売り出したら、アトウッドワインの需要が落ち込むかもな」


 父ならそういうことも考えている気がする。ああ見えて、たくさんの社員を抱える以上、先のことも考えている人だから。


「それは……」


 ラルフがオーレリアの冷ややかな言動に顔色を失っていく。


「ちゃんと調べな。それで、もしその裏工作が本当なら怒ってもいい。証拠をちゃんと突きつけて、見損なったって言ってやればいいよ」

「あんた、どっちの味方なんだよ」


 思わずといった様子でラルフがぼやくから、オーレリアは軽く頭を傾けてみせた。


 こんなことを言えるのは、オーレリアが父や兄を信じているからだ。血の繋がりがあるからではない。

 共に過ごしたのはまだ短い期間でしかないが、根っから善良な人たちだと、オーレリアは呆れるくらいに思っている。

 そんな家族がいくら商売とはいっても先方が禁じたことを行うとは思えないのだ。


「職人に敬意を払えない人間がいい商売人なわけないだろ。コーベットはあんたたちの仕事の値打ちをちゃんとわかっているよ。だから、あんたたちだってちょっとは信じてくれてもいいんじゃないのかい?」


 オーレリアの言い分に追従するように、ガルムがわふぅ、と鳴いた。思わず笑ってしまうくらいいいタイミングだ。


「よしよし、ガルムもそう思うか? いい子だ」


 撫でてやると手が埋もれた。いい毛並みだ。樽の次くらいに好きかもしれない。


「濡れ衣だってのか?」


 ラルフはぼやいた。とはいえ、ラルフが重要な決定権を持つわけではない。彼にだけ負担をかけても仕方がないのだ。

 それでも何かのとっかかりは必要だから、ラルフがそのとっかかりになればいいのにと思う。


 そうして話し込んでいると、扉がドンドン、と叩かれた。


「姉御~っ」


 コリンだ。妙に情けない声を出している。


「うん、どうした?」


 オーレリアが扉を開けてやると、コリンはほっとした様子だったが、すぐに顔を引きつらせた。なんだろうと思ったら、足元にガルムがいた。


「あ、姉御! 婚約者がいる身で他の男と密室で二人きりとか駄目ですよ!」

「二人きりじゃないし。ほら」


 ガルムがわふぅと吠える。コリンは一歩後ろに引いて段差を転げ落ちそうになった。


「そ、それをカウントするんですかっ?」

「しないのか? してもいいだろ?」


 こんなにでっかいんだから。

 入り口で騒いでいると、ラルフがコテージから出てきた。


「何騒いでるんだ? まあいいや。あんたの言ったことも少し気にしておく」

「少しじゃなくて、すごく気にしてくれ」

「あんた、変なヤツだな……」


 何か、疲れたように言われた。失礼な。

 けれど、このリアクションには覚えがある。アーヴァインだ。アーヴァインも最初はこんなふうだったかもしれない。


 去っていくラルフの背中に、コリンは噛みつきそうなほど険悪な目を向けていた。

 余計にコーベットとアトウッドがこじれるのでやめてほしい。


「おかげでちょっとだけ事情がわかったよ。兄さんのところに戻ろうか」

「は、はいっ」


 さて、どう動こう。


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