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令嬢は樽と共に  作者: 五十鈴 りく
続編

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〈13〉トンプソンさん

 オーレリアがあまりにも堂々と歩くせいか、誰もオーレリアを止めなかった。とにかく関わり合いになりたくなさそうである。

 まあいいか、とオーレリアはコリンを引き連れて葡萄畑の畦道を歩く。


 緑が生き生きとしていてなんて綺麗な眺めだろうか。風が吹くたびに爽やかな匂いがする。面倒な用事がなくここに来ていたら、もっと楽しかったのに。


 葡萄の状態を見ているのか、数人の男が葡萄の木の合間にいた。どれがトンプソンだろう。

 親父宛てにワインを送ってくれていた人の名は、『ジョージ・トンプソン』だ。


 ワインをもらった時にどんなつき合いの相手なのか訊いたことはある。そうしたら親父は、昔少し世話をしたとだけ答えたような。

 毎年ワインを送ってくれていたのだから、ありがとうのひと言くらい娘から言われても不自然ではないだろう。


 それにしても、どの男がトンプソンなのか全然わからない。

 仕方がないので、オーレリアは畦道から呼びかけた。


「おーい、トンプソンさーん!」


 無駄にでかい呼び声に、作業をしていた男たちがぎょっとして振り向いた。まさか、全員が『トンプソンさん』だったらどうしようか。

 ジョージさんと呼びかけた方がよかったのか。しかし、ジョージなんてどこにでもいそうな名前だ。


 フルネームで呼びかけた方がいいかなと思い直した時、ガサガサ、と葉擦れの音を立てて葡萄畑から上がってきた男は、思った以上に若かった。

 二十代前半、アーヴァインほどではないが精悍な青年で、よく陽に焼けた肌とキャメルの髪色が特徴的だ。野良着なのか、フランネルのシャツとパンツという汚れてもいいような恰好をしている。


 ただし、結構目つきが悪かった。その上、左頬には縦に傷跡が走っている。初対面の女子供はまず怯むだろう。

 アストリーにいた頃のオーレリアの周囲はこんな男ばかりだったので慣れているけれど。


「あんたがトンプソンさん?」


 眼力に怯まず話しかけると、向こうの方が僅かに戸惑っているように感じられた。

 そして、自分で訊ねてから、多分この人はジョージ・トンプソンではないと思った。それにしては若すぎる。十年以上前からワインを送ってくれているのだから、この男は違う。


 彼はオーレリアを観察するようにじっと見ながら首をかしげた。


「そうだけど、あんたは?」

「あたしはオーレリア。アストリーにいるガドフリー・アドラムの娘さ」


 アドラムの名を聞いた時、トンプソンはまぶたをピクリと動かして反応した。ジョージではないとしても、何か知っているらしい。


「アドラムさんの? 娘がいるとは聞いてたが」


 見た目は野性味溢れるが、低い声から威嚇する感じはしない。アドラムの名前が効いているのだろうか。


「いつもワインをありがとう。うちの親父は詳しいことは何も言わないから、なんで送ってくれるのかとか、あたしはよく知らないけど、ワインは美味しく頂いてたよ」


 オーレリアが正直に言うと、トンプソンはクッと小さく笑った。

 左頬の傷跡が歪むその癖のある笑い方は、アーヴァインとも兄とも親父たちとも違って見えた。けれど、不快ではない。なんとなく目を引く。


「そうなんだ。俺もよく知らねぇけど。うちの親父が毎年欠かさずに送ってるらしいな」

「親父ってことは、やっぱりあんたはジョージ・トンプソンさんじゃないんだね」

「その息子のラルフだ」

「ああ、なるほど」


 これは友好的に話が進みそうだ。

 そう思ったのも束の間、余計なひと言が背後から飛んだ。


「おい、ラルフ! その女、コーベットの馬車で来たんだ。気をつけろよ」


 これを聞いた途端、少し和みつつあったラルフの表情が無になった。


「なんだ、あんた、あそこに勤めてるのか?」


 勤めているというか、実父が営んでいるというか――。


「うん、まあ、ね」


 実父が営んでいると答えるよりは勤めているの方がいくらかマシだろう。そう思って答えたのだが、それでもラルフはさっきよりもよそよそしくなった。


「それは残念だ」

「残念て……」


 何がどう残念なのだ。失礼な。


「まあ、どこで働いていようとあんたの勝手だけどな。それじゃあ、俺は仕事が残ってるから。親父にもちゃんと伝えておく。じゃあな」


 目を見ない。どこか突き放された感じがした。

 さっさと話を切り上げられては困るのに。


 オーレリアはとっさにラルフの袖を握り締めた。


「いやいや、せっかく来たのに素っ気ないにもほどがあるじゃないか。ここの連中はなんだってコーベットって聞いただけでこんなに冷たいのさ?」


 ラルフは、オーレリアの顔を眺めた。あまりよく観察されると、兄とよく似ているのがバレてしまうだろうか。オーレリアはそっと目を逸らし、うつむいた。


「あんた、俺のこと怖くないのか?」


 予想とは違うことを言われ、オーレリアは素直に驚いた。


「は? あんた、怖い人なわけ?」

「顔に傷があって目つきが悪いって、それだけで十分だろ」

「親父が雇ってる人足たちは八割方目つき悪いし、口悪いし。その顔の傷って、子供の頃にできたんじゃないのか?」


 皮膚が少し引きつれて見える。かなり古い傷だ。

 やんちゃな子供なら怪我をすることも珍しくはなかっただろう。


「傷に関してはそうだけど、それでも初対面の人間は大抵怯む」


 苦虫を嚙み潰したような、というよりはむず痒そうな面持ちに見えた。


「あ、そう。怖がられるのって、傷のせいじゃなくて笑顔が足りないからだよ、きっと」


 思わずプッと吹き出したら睨まれたので表情を改める。

 ラルフはオーレリアの腕をやんわりと振り払った。


「俺も忙しいんだ。あんたの相手ばっかりしてられない」

「忙しいなら待ってる。もう少し話を聞かせてほしいんだけど?」


 この会話をしている間も、周囲からチクチクチクチク視線が刺さる。

 言いたいことがあるなら言えばいいのに、睨むだけだ。うっとうしい。

 オーレリアが睨み返してやろうかと思った時、ラルフが思案しつつといった様子でつぶやいた。


「それなら、この先に休憩所があるから、その()()待ってな。ただし、そこには魔界の門番がいるから、()()()()の話だな」


 魔界の門番と来た。

 言うだけ言ってラルフはまた葡萄の木に埋もれた。オーレリアはポカンと口を開けたが、後には引けない性分である。


「……姉御、なんか不吉なこと言われましたよ。いったんユリシーズ様のところに戻りましょうか?」


 コリンがぼやく。しかし、オーレリアはかぶりを振った。


「いいや、まだだ。その魔界の門番とやらと対峙してこないとな!」


 あのラルフの口ぶりだと、しつこいオーレリアを追い払うために言ったように聞こえた。

 これが第一の試練らしい。


 度胸を見せたらラルフも腹を割って話してくれる気があるのかもしれない。アトウッドでは唯一話ができそうな相手だ。今のところ他のとっかかりもないことだから、仕方がない。

 

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