〈7〉淑女未満
翌日の朝食の席で、オーレリアは家族に向かって唐突に切り出した。
「あのさ、今度、会社までついていってもいいかな?」
これには父も母も兄もきょとんとした。
兄は首を傾げつつ口の中のものを呑み込む。
「どうしたんだい、オーレリア? もしかして、昨日あんな話をしたから気にしているのかな」
そりゃあ気になるだろう。
しかし、これにはいつも娘に甘いはずの父がいい顔をしなかった。
「淑女が来るところではないよ」
「ああ、大丈夫。その淑女とやらには、まだなれてないから」
勉強中ではあるが、今のところまだ未満だ。それならいいだろう。
父は絶句したが、オーレリアは喋り続ける。
「大体、商会で働いている従業員の中には女の人だっているんだろ? あたしだって少し前までは普通に仕事してたんだよ。そんなの今さらだ」
こんなことを言うと家族が困ってしまう。それでも、オーレリアは父と兄がどのようにして働いているのかを見てみたかった。
「あたしが食べたり飲んだり着たりしてる金だってそこから出てるんじゃないか。父さんや兄さんがどんなふうに仕事をしてるのか、知りたいって思ったって不思議じゃないんだよ」
オーレリアはおかしなことを言っているつもりはなかったが、上流階級の人々の感覚ではおかしなことなのかもしれない。
女性が商売に興味を持ってはいけないのか。それでも気になる。
しかし、意外にも母は反対しなかった。
「オーレリアが気になるのもわかるわ。私も許されるのなら、一緒にお仕事がしたいと何度思ったことか」
「母様までそんなことを……」
兄もぼやいている。
「う~ん、会長の娘だって知られるとマズいなら、メイドに変装しようか?」
我ながら妙案だと思ったが、父と兄に猛反対された。
「正体を知られた時が余計に大変じゃないか」
「そうだよ。うちのメイドは皆できる子たちだから、オーレリアが化けるには無理があるよ」
何気に、兄はオーレリアが優秀なメイドらしく振る舞えないと言いたいらしい。やんわりした口調のくせにひどい。
気に障るが、仕方がない。正論だ。多分、何かやらかす自覚もある。
「わかったよ」
「わかってくれたかい?」
「うん。変装はしないで普通に行く」
「……結局、行くんだ?」
うなずくと、父と兄がそろってため息をついた。
ただでさえ忙しいところに頭が痛いとでも言いたげだが、別にオーレリアは仕事の邪魔をしたいわけではない。大人しく見ているつもりだ。
それでも、これ以上強く駄目だと言わないのは、結局のところ父が娘に甘いからだろうか。そのうちに嫁に行く予定のある娘だから、余計に。
オーレリアの考え方は未だに上流階級に寄り添ったものではない。直した方がいいなと感じることもあれば、これは変だと思えば意見を通す。
本来は、上流階級の令嬢が父や兄に逆らうなんてもってのほかなのだ。
あのハリエットでさえ、親にはあまり逆らえないらしい。オーレリアと親父の、あの殴り合いの喧嘩を見たら令嬢たちは卒倒しただろうかと考えたら少し可笑しかった。
その後、兄を捕まえてアーヴァインの出張の話をした。
兄はソファーに腰かけると困ったように言う。
「ああ、聞いたんだね」
「うん」
と答えてオーレリアも勢いよく隣に座った。兄の体が揺れる。
「どうして教えてくれなかったのか――って、アーヴァイン本人から聞く方がいいと思ったからだよな?」
「そうだよ。僕から言うことじゃない」
「言いにくそうだったけど?」
「それはよかった。二人の仲が良好な証拠だよ」
ニコニコと笑顔で言われたら恥ずかしくなる。
でも、と兄は苦笑した。
「演習だし何事もないとは思うけど、軍事のことは一般人に詳らかに話していいわけじゃない。話していない部分もあるんじゃないかな。だからさ、やっぱりオーレリアには心配をかけたくないって気持ちもあると思うよ」
それを言われて、オーレリアはようやく少し頭を働かせた。
アーヴァインは普段、都の治安を守るような任務が多かった。しかし、それは平和だからだ。ゴロツキを躾けるような仕事ばかりではない。軍人なのだから、いざとなれば戦争では最前線で戦うことになる。
オーレリアはそれをわかっているようでわかっていなかったのかもしれない。
下町にいると世間は狭く、世界情勢には疎かった。軍事など他人事のようなところがあったのだ。
「連隊を任されたって言ってたな。補佐じゃなくて隊長だ。実戦になったら、あいつは責任感が強いから隊が全員無事じゃないと帰ってこれないとか考えそうだ」
あり得ると思えてしまう。兄はオーレリアよりもよくアーヴァインのことを知っているのだ。
この時、無言になったオーレリアの頭に兄の手が載った。
「ごめん、不安を煽るようなことを言ったね」
兄が謝るほど、オーレリアは情けない顔をしていたらしい。
ああ、駄目だなと思って笑った。
「アーヴァインが全員無事じゃないと帰れないって考えるなら、全員無事に帰すよ。いいな、アーヴァインの隊に配属になったやつら。凱旋が保証されたようなもんだ」
「そうだね。今回は戦争じゃないけど、アーヴァインが帰ってきたらとっておきのワインでお祝いしよう」
「うん!」
よしよし、と兄は頭を撫でてくれる。
アーヴァインにも不安な顔は見せないように、笑って送り出そう。
――ただ、あまりに平気そうだと機嫌を損ねるので、匙加減が難しい。
寂しいとか、ちょっと、言えない。




