〈6〉別の問題
庭掃除をしていたコリンを捕まえ、オーレリアはアーヴァインがしばらく出張するという話をした。
コリンに聞かせたいというより、自分の頭を整理するために語っているとも言えた。
「えー、そうなんですかぁ? アーヴァイン様が。しばらく帰ってこれないって。それは大変ですねーぇ?」
口では殊勝なことを言ってみせるものの、コリンは満面の笑みを浮かべている。
労いの言葉にはまったくもって説得力がない。清々しいほどに、そんなものは持たせるつもりもないのがわかる。
「……楽しそうだな」
思わず突っ込んだが、それでもコリンはご機嫌だ。
「そんなことないですよぅ」
そうだろうか。
あはは。笑ってるし。
オーレリアは腰に手を当て、嘆息した。
「まあ、アーヴァインがいなくても、待ってる間にすることは同じなんだけどさ」
「しばらく頭のところに遊びに行ったらどうですか? 皆喜びますよ」
「そうだな、それも考えとく」
帰って皆に会いたいのはやまやまだが、少し前に帰ったところだから、あまり入り浸ると親父に叩き出されるだろう。
それと、アーヴァインが帰ってきた時、オーレリアは成長を見せて驚かせてやりたいと思っている。里帰り(?)ばかりして気をゆるめている場合ではない。
自分磨きに励まなくてはならないのだ。
ちなみに、兄はオーレリアよりも先にこのことを知っていたようだ。
しかし、アーヴァインから伝えた方がいいだろうと考えたのだろう。
オーレリアは帰宅して早々に兄を捕まえたが、兄はどこか疲れて見えた。父も疲れて見えた。
そうか、二人とも夕食前だからお腹が空いているんだ。
オーレリアはそう結論づけ、詳しい話は夕食後にすることにした。
けれど、空腹だけではなかったらしい。母も心配そうに声をかけている。
「あなた、ユリシーズも、随分お疲れのようですわね。何か難しい問題でもありまして?」
こうした時、心配をかけないように『なんでもない』と答えるのと、正直に吐露するのとどちらが優しさなのだろう。男ならなんでもないと答えたいものなのかもしれないと思う。
しかし、うちの家族には隠し事はナシという暗黙の了解があったらしい。
「うん、少しね。アトウッドワインの入荷量が予定よりも見込めないみたいで困っている」
「そうなのですか? アトウッドワインは売れ筋ですのに……」
オーレリアもアトウッドワインのことはよく知っている。美味しくて人からもらうと親父と取り合いをして飲んだが、この屋敷へ来てからは望めば出される。
しかし、アトウッド地方でもごく少量しか酒造されない『至宝の雫』というクラレットワインなどはお目にかかったことはない。雑味が少なく、まろやかで貴婦人にも好まれる高価なワインだ。
コーベット商会は貿易商だから、アトウッドワインが入荷できないと結構な痛手なのかもしれない。それを目当てとされているのなら、他のもので代用というわけにも行かないのか。
それなら、うちでオーレリアがワインを消費している場合ではない。
「天候不順で、いい葡萄が採れなかった年があったのかな?」
ワインは数年寝かせておくから、葡萄が不作の年があってもすぐに影響が出るわけではない。その数年後にというわけだ。
しかし、兄はゆっくりと首を振った。
「そういうわけじゃないよ。ただ、うちに卸してくれないだけだ」
「なんで?」
率直に訊ねたオーレリアに、兄も父も困ってしまった。
「アトウッドの酒造組合も少しずつ代替わりしているから。はっきりとは言わないけれど、他の販売ルートも軌道に乗せたいと内輪で意見が分かれているんじゃないかな」
身贔屓のつもりはないが、父も兄もせこいところがなくて気前がいい。それでも他所に卸したいと思うらしい。
コーベットに安く買い叩かれていると感じているのなら、それは相場を知らないだけではないのか。
「そういうの、よくないよ。儲けだけ考えると、あとで自分の首を絞めることになるんだ。親父がよく言ってたよ。義理を通さないヤツは自分で墓穴を掘ってるんだって」
下町で暮らす親父は義理人情にうるさかった。例え儲けが多かろうと、楽ができようと、これまでの取引先に不義理とあっては、どんな仕事も受けなかった。
まず第一に得意先を大事にした。困っている時には真っ先に助けた。困った時はお互い様だという。
アトウッドの酒造組合は、そうした考えを年寄りの古臭いものだと置き去りにするらしい。
「今年になって、どうにもならないくらい極端なことになっていてね」
父は深々とため息をついた。ひと回り縮んで見えて心配になる。
「何か代わりになる物を探すにしても、今年は間に合わない。今年は覚悟を決めて出費を抑えるしかないかな。一年くらいで不渡りを出すことはないから、心配しなくていいよ」
兄はオーレリアに向かって笑ってみせる。それでも、元気はない。
アーヴァインの出張以上に、兄には心配の種があったようだ。




