〈4〉君臨
カントリーハウスでしばらくゆったりと過ごして、また都のタウンハウスへと逆戻りだ。カントリーハウスは広々としていて優雅だったけれど、もともと手狭な家で倹しく育ったオーレリアにはタウンハウスでも広いくらいだった。
養父アドラム――親父は、筋骨隆々ででかい。それなのに家は狭かった。
港町で一緒に働いている荷降ろしの人足たちも皆そうだ。皆、体は大きいのに家は狭い借家だ。
体の大きさに合わせて家を用意するわけではないが、変なものだなと思う。体ではなく、収入と家の大きさが比例するのなら仕方がないのか。
そして、都に戻ると社交場再び。
こうした交流は貴族の仕事と言えるが、久々に来たら面倒くさかった。
アーヴァインと兄が男友達に連れていかれたので、こちらも女だけでつるんでいる。
「――あなた、近すぎるのではなくて?」
オーレリアの真横で、長いまっすぐな黒髪に真珠の髪飾りを挿した令嬢がそんなことをつぶやいた。
それに対し、逆隣にいる胸のでかい令嬢が、オーレリアの二の腕に豊かな胸をぐいぐい押しつけながら言い返す。
「あなたこそ、ご立派な婚約者のところへお行きになればよろしいのに」
黒髪の令嬢はハリエット。胸のでかい令嬢はグレンダ。
二人とも、オーレリアが社交界デビューしてからオーレリアのことが気に入らなかった令嬢たちである。
上流階級のことを何も知らないオーレリアに厄介な火の粉が降りかかりまくっていたのだが、雨降って地固まるとでもいうのだろうか、落ち着いてみるとこの状態である。
両手に花。
なんでだか。
「私、久々にオーレリア嬢とお話したくて」
ハリエットが可愛らしく口を尖らせる。
こうしていると本当に可愛いのだが、性格がひねくれている。限りなく黒い。
結構ひどいこともされたのだが、一度懐かれたら急に可愛くなった。
「わたくしだって!」
こちらのグレンダも、いかにも意地悪な令嬢だった。その上、今となってはオーレリアの婚約者になったアーヴァインに思いを寄せていたのだ。つまり恋敵のはずが、これまた懐かれた。
オーレリアはただ、アーヴァインと婚約が決まった時にグレンダと腹を割って話しただけなのだ。
ずっと好きだった人が別の女を選んで、心臓が潰れるくらい苦しかっただろうな、と。
案の定、グレンダは二人きりになると、オーレリアをけちょんけちょんに貶してきた。
それを、うんうんとうなずきながら聞いて、泣き出したら頭を撫で、気が済むまで横にいただけなのだが。
「あ、あの、お二方とも――」
おろおろしたエリノアが宥めにかかる。狼狽えた顔も可愛い。妖精さんかと見紛う。
しかし、こんなに可愛いエリノアに対し、二人の令嬢の当たりはキツい。
「あなた、ユリシーズ様につき添って、カントリーハウスまでついて行かれたのでしょう? その間、ずっとオーレリア嬢と一緒でしたのに」
ハリエットが変な絡み方をする。なんだろう、この感じ。
以前とは方向性が似て非なるもののような気がする。
「そうですわ。あなたは義姉になるのですから、こんな時にまで割って入らなくても、いつだってお話できるでしょう?」
グレンダまで変だ。
嫌ではないとしても、オーレリアは女子のこのノリに馴染めない環境で育っているので戸惑う。なんだろうなぁ、これ。
しかし、エリノアが困っているので放置もできない。
「こら、義姉さんを苛めるんじゃないよ」
ため息交じりに言うと、二人して何故か嬉しそうにニコニコした。
なんだろう、本当に。
ハリエットもグレンダも侯爵令嬢で、ハリエットには釣り合った身分の婚約者もいる。
本来、子爵家のオーレリアと同格の友達にはなり得ないらしい。精々が取り巻きの一人に加えてもらえるくらいである。
――と、まあ、世間一般から言うと。
そういう細かいことはオーレリア自身はどうでもいい。老若男女問わず、気が合えば友達だし、くらいにしか思っていない。
二人ともオーレリアに友情を感じ始めてから、取り巻きを引き連れてこなくなった。大勢で来ると、オーレリアが彼女たちのドレスの裳裾を踏んでしまうと気づいてくれたのだろうか。
もしくは、彼女たちはお追従をしてくれるだけで本音で語り合えないのに気づいたのか。
グレンダが連れていた取り巻きたちは、次の宿り木を求めて羽ばたいていったようだ。あまりグレンダも気にしているふうではないけれど。
この時、オーレリアをじっと見ている男がいた。せっかく美女ぞろいなのに、オーレリアだけを狙いすましてじっと見ていた。
アーヴァインと同じ軍服だから、間違いなく軍人だ。階級はよくわからないけれど、見たところアーヴァインや兄と年が近い。
明るいサラサラの茶髪が艶やかで天使の輪ができている。男にあの艶は要らないだろうに。
つり目がちだからか、少し睨んでいるようにも見える。
男はツカツカとオーレリアに歩み寄ってきたかと思うと、礼を取った。
「お初にお目にかかります。私はウィンター中尉と同じ配属のヴィンス・マドックと申します。以後お見知りおきを」
アーヴァインの部下らしい。
なんというのか、慇懃無礼な感じがした。ちょっと馬鹿にされているような。
令嬢の皮の下から粗野な素がにじみ出ていて、それを察知されたのかもしれない。仕方ないなと思った。
だが、彼が去った後、グレンダが青筋を立てて怒りをあらわにした。
「紹介もなしに淑女に自己紹介をするだなんて、無作法極まりありませんわ!」
「そうなんだ?」
そういうことには疎いオーレリアが首を傾げていると、ハリエットは眉を顰めた。
「明らかにアーヴァイン様への対抗意識ですわね」
「えーと、アーヴァインがあいつに嫌われてるってこと?」
「ええ、そのようです」
すべての人間に気に入られるには、アーヴァインは隙がないから無理だろう。
ああいうタイプに足を引っ張られないといいけれど。
オーレリアに心配をされるほどアーヴァインは間抜けではないはずだが、時々人が良すぎることもあるからやっぱり心配はしておこう。
そんなことを考えていると、そのアーヴァインと兄が戻ってきた。目に見えてエリノアがほっとしている。
少し前のゴタゴタが未だ生々しいせいか、アーヴァインは令嬢たちを前になんとも複雑な表情を浮かべている。
八方美人の兄でさえ、笑顔を振りまいて『僕の婚約者と妹と仲良くしてくれてありがとう』とは言えないらしい。笑顔が引きつっていた。
ハリエットとグレンダは、軽く挨拶だけして渋々、とても渋々散っていった。
その背中を眺めつつ、兄がぼやく。
「オーレリアが令嬢たちの頂点に君臨しているとささやかれていたけど?」
「うん?」
この状態を君臨していると言われるのは絶対違う。なんか違う。
そういうんじゃないし。
と、オーレリアは誰に対してだかわからない言い訳を胸のうちでするのだった。




