〈3〉馬車の中
ウィンター伯のカントリーハウスに滞在した後、今度はコーベット家のカントリーハウスへ向かう。ウィンター伯にも一緒に来ないかと誘ったが、断られた。断られる気はしたが。
兄は今回、エリノアも一緒だからか馬車を分けられた。こちらの馬車にはオーレリアとアーヴァインしか乗っていない。
コリンはというと、御者台である。
「一緒に中にいればいいのにさ」
オーレリアがそう言っても、コリンはうんと言わなかった。
「いーえ、僕はお邪魔ですからっ」
なんてことを言う。遠慮しているというよりは拗ねているように聞こえる。
実際、大好きなオーレリアが婚約者とイチャついているところは見たくないはずだと兄が苦笑していたけれど。
馬車の中はというと――。
最初は向かい合って座っていたが、アーヴァインがオーレリアの手を引いて自分の隣に座らせた。色々と反省点があるので説教でもされるのかなと覚悟したものの、そんなものではなかった。
アーヴァインはオーレリアの波打った金髪をひと房すくい上げると、それを後ろへ払った。なんだろうと思ってアーヴァインの方を向くと、その途端に軽くキスをされた。
「……こ、ここで?」
御者台にコリンがいるし、御者もいる。ちょっと中を覗かれたらどうするんだ。
アーヴァインは、目に見えて狼狽えているオーレリアの耳元でささやく。
「いや、これ以上しないけど」
車輪の音がうるさいからこの距離なのか。
そういえば、ウィンター家のカントリーハウスにいる時はあまりスキンシップはなかったように思う。さすがに身内のいるところでは控えていたらしい。
婚約してから三ヶ月。
あの婚約祝歌が流れる、二人の婚約式が幻だったのではないかと思う瞬間がある。男勝りな人生を歩んできたオーレリアだから、一人の女性として扱われることに未だに慣れない。
それでも、これが現実だと感じるのはアーヴァインのおかげだろう。
アーヴァインは結構スキンシップが好きなんだなと思う。最初に合った頃にはそんなイメージはまるでなかった。むしろ、そういうことが嫌いなタイプだと思っていた。
そうではないことがわかったので、オーレリアも遠慮なく甘えられる。アーヴァインの胸板にコツンと頭を寄せた。こうすると大抵、そのまま抱き締めてくれる。ちょっと痛いくらいが心地いい。
「服が皺になるな」
そんなことを言いながらも、アーヴァインは腕を解かなかったし、オーレリアも振り払わなかった。こうして寄り添っていられる時間が大切だから。
ちなみに、馬車の中を覗いてはいないはずだが、降りた時にコリンの表情がいかにもイライラしていた。
笑っているのだけれど、何か余分なものが伝わるようだ。アーヴァインは苦笑していた。
◆
「父さん、母さん!」
コーベット家のカントリーハウスで待っていた実父と実母に向け、オーレリアは大きく手を振った。
二人は元気過ぎる娘に優しく手を振り返す。
「オーレリア、ウィンター伯はお元気だったかい?」
駆け寄ると、父がにこやかにそんなことを訊ねてくる。子爵にして貿易商という顔を持つ父は、穏やかそのものの顔つきをしている。
オーレリアは力いっぱいうなずいた。
「うん。口が達者でさ、前より元気になったくらいだ」
「それはよかった。失礼はなかっただろうね?」
なかった――と言いたいが、言ったら嘘になりそうだ。
笑顔で無言になったオーレリアの反応で、両親は多分察した。後ろの方で兄がやれやれとばかりに肩をすくめているのに気づく。
「オーレリアが失礼でも伯爵は寛大だったよ。気に入られているみたいで安心したかな」
フォローしてくれたつもりかもしれないが、微妙なところである。
それでも、父も母ものん気なので嬉しそうにうなずいていた。
「それを聞いてほっとしたよ」
「ええ、本当に」
オーレリアとアーヴァインは乾いた笑いを零しておく。
思えば、赤ん坊だったオーレリアは子守をしていたハウスメイドの手引きで攫われたそうなのだが、この両親はきっと、そのメイドをちっとも疑っていなかったのだろう。
死の間際になって、良心の呵責に耐え兼ねたメイドが告白するまで気づいていなかったらしいから。
金持ちなのに、ふんわりしていて全然人を疑わない。
そんなふうだから狙われたのかなと思わなくもないけれど、そんな両親がオーレリアは好きだった。もちろん、よく似た性質の兄も。
ただ、その赤ん坊を拾い、オーレリアと名づけた養父のアドラムは厳しく、まるでタイプが違う。そこで育ったオーレリアからしてみると、こんなにふんわりしていてよく会社を運営できるものだなとも思っている。
兄も人当たりはいいけれど優しすぎて、跡を継いでも大丈夫なものなのだろうかと。




