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令嬢は樽と共に  作者: 五十鈴 りく
続編

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〈2〉早く

 ウィンター伯爵家のカントリーハウスは、主たちの性質をそのまま映したかのように、華やかさよりも落ち着いた雰囲気がある。それでも緑がきちんと整えられ、客人を迎え入れるには十分な、慎ましい美がある。


「あ、来た来た」


 そう言って庭で手を振るのは、オーレリアの兄であるユリシーズ・コーベットだった。金髪で細身、オーレリアとよく似た顔をした二十二歳。豪商で子爵家の跡取りにしてはのんびりとしていて心優しい。

 アーヴァインの親友で、オーレリアがアーヴァインと婚約するに至ったのもこの兄の存在が大きいのだ。そこに感謝はしている。


 この兄にも婚約者がおり、これがまた砂糖菓子のようにふわふわとした美少女だ。

 手を振る兄のそばでにこやかに微笑んでいるのが、エリノア・ペンバートン。そのうちにオーレリアの義姉になる。


「遅くなってごめん」


 オーレリアも大きく手を振る。

 最初、オーレリアが車椅子を押したのだが、何故かアーヴァインが代わると言った。

 わかっている。口に出さないけれど、押し方が下手だというのだ。


 ウィンター伯は何も言わなかったが、車椅子の肘かけを握り締める手に力強く血管が浮き出ていた。

 車椅子を押したことがないので加減がわからなかったと認めてもいい。


「姉御! 僕たちもお手伝いしたんですよ!」


 オーレリアたちのところへ子犬のようにコロコロと駆け寄ってきたのが、コリンとジェシーだ。

 コリンはオーレリアと一緒に育った弟のような少年で、オーレリアがコーベット家へ行くとなった時に一緒についてきてくれた。

 ジェシーは、オーレリアとアーヴァインがちょっとしたきっかけで助けた子供だ。ここで働くようになったジェシーは、ウィンター伯の身の回りの世話をしている。


 皆がいる奥には白い木製のテーブルと椅子が並んでおり、陽光に輝くティーセットが美しく並べられていた。


「うわぁ、美味しそう!」


 それは本当に綺麗に盛られていた。

 サンドイッチにタルト、スコーン、パイ、チョコレート――。


 本当のことを言うならワインとチーズ、クラッカーなどのセイボリーの方が好きなオーレリアだが、最近はこういうものもいいかなと思えるようになった。

 環境が変わったから、少しずつ馴染んだのかもしれない。とはいえ、やはり紅茶よりワインの方が好きなのは事実だが。


「えっと、じいさんは何が好きなんだ?」


 車椅子の横に立って訊ねると、その場の皆が固まった。固まらなかったのはオーレリアとアーヴァインだけである。


「じいさんが好きなの取り分けるよ。どれがいい?」


 にこやかに言ったオーレリアだが、青くなった兄がそんな妹の肘をつかんで引っ張った。


「す、すみません! 口の悪い妹で……」


 なんでそんな目に涙を浮かべて謝るかな、とオーレリアは首をかしげた。しかし、ウィンター伯の顔を見てなるほど、と思った。しかめっ面だ。

 兄が耳元でこっそりとささやく。


「失礼な呼び方をするんじゃないって言ってるだろっ」

「いや、それじゃあなんて呼ぶんだよ?」


 慌てる兄を放って、なぁ? とウィンター伯に問いかける。ウィンター伯は、コホン、と咳払いした。


「別に構わん。好きにしろ」


 ほら、本人がいいって言ってる。

 しかめっ面だからって怒ってない。照れくさいだけだ。


 ただし、それがわかっているのはこの場では当の本人とオーレリアだけなのかもしれない。こう見えて自分たちは仲がいいんだと、オーレリアは思っている。

 自惚れではないはずだ。気に入られてなければ、ウィンター伯もこんなことは言わない。


「……ところでお前は、いつになったら嫁いでくるつもりだ?」

「うん?」


 ティースタンドに添えられていたサンドイッチを頬張っていたオーレリアは、もぐもぐと口を動かしながら首をかしげた。それを呑み込むと、ウィンター伯に笑いかける。


「いつって、もうちょっと先だよ。うちの親とはあんまり長く暮らせてないから、もうちょっとくらいは一緒にいてあげられたらって思ってるし」

「だが、遅かれ早かれ嫁に来るのだから先延ばしにしても仕方なかろう」


 というのがウィンター伯の言い分である。オーレリアは苦笑した。


「なんだ、ズルズルしてるとそのうちに喧嘩別れするとでも思ってるのか? 大丈夫だよ。絶対婚約破棄はしないって最初に約束してあるから」


 そうなのだ。絶対に破棄はしない、重たい約束だと言ってお互いに婚約を決めた。

 オーレリアはどんなことがあってもアーヴァインといる覚悟はできているし、アーヴァインの方もきっとそうだと信じている。

 だから、捨てられるかもという不安は今のところ抱いたこともない。


「婚約中だってこうやって遊びに来るし、結婚してなくても一緒だよ。そのうちするよ。な、アーヴァイン」

「まあ、な」


 なんとなく、言いにくそうにアーヴァインが答えた。

 アーヴァインと祖父との間の溝は随分と埋まったようには思うけれど、話す内容が自分の結婚のこととなると恥ずかしいのかもしれない。


 そんなふうに思ったオーレリアを、ウィンター伯はどこか冷めた目で見ていた。


「何が同じなものか。婚約だけでは子が出来んだろうが」

「こ?」

「跡取りのひ孫が見れるのはいつだろうな?」


 それというのは、つまり――。

 オーレリアがアーヴァインの子を産むのはいつだと、結婚をすっ飛ばしてさらに先のことを考えているらしい。


 正直なところ、そんな先のことはわからない。オーレリアはまだまだ自分が子供っぽい気がしているくらいだ。親になんてまだ当分なれっこないと思う。

 大体、子供を作るにはまず――。


「なっ、何を気の早いこと言ってんだよっ!!」


 照れ隠しにどつく。そんなことをしてはいけない。それは誰に対してもだ。


 しかも、相手はか弱い老人である。それなのに、焦ったオーレリアは力いっぱい振りかぶっていた。

 その手をすかさずアーヴァインが止めた。これはもう、オーレリアなら手が出ると読んでいた素早さだった。


 アーヴァインの大きな手に手を握られ、オーレリアは顔を赤くしながらアーヴァインを恐る恐る見上げた。

 いつも茶色の硬質な髪を後ろに撫でつけて、鼻筋の通った精悍な顔をした婚約者。


 オーレリアが調子に乗りすぎて怒ったかなと、赤くなったり青くなったりしたけれど、アーヴァインはそれでも動じない。少し笑った。


「お前の力で叩いたら痛いじゃすまないからな。気をつけろ」


 笑いながら言われた。


「う、うん。ごめん」


 じいさんが変なことを言うからだが、叩いてはいけない。

 怒られている内容が何やら子供じみているけれど、ここは素直に謝った。


 そうしたら、アーヴァインはそんなオーレリアを包み込むほどに優しい目をしてうなずいてくれた。

 ウィンター伯は、そんな孫と婚約者を眺め、仏頂面である。

 わかっている、一緒に照れているのだということは。


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