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令嬢は樽と共に  作者: 五十鈴 りく
本編

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35/84

〈35〉報告

 手を繋いで帰りたい気分だったが、そんなことをしたら後が怖い。古巣だけあって知り合いが多く、少し歩いただけで見知った顔に会うのだ。

 それでも、隣を歩くアーヴァインを見上げると、満ち足りた微笑が返ってくる。それだけで十分幸せだった。


 タウンハウスに帰ったら、家族にも報告しなくてはならない。兄は喜んでくれるだろう。

 父と母は、すぐに結婚となるのは寂しいからもう少しこのままでと言うのはわかっている。オーレリアとしてもそのつもりでいるから、それは構わない。


「あのな、うちの爺さんからほとんど初めてのことだが手紙が来て、あんな令嬢は見たことがないと書いてあった」


 アハハ、とオーレリアは笑ってごまかした。

 そういえば、結構派手に言い返した。


「いや、ジェシーのことが気になって、ちょっと様子を見に……」


 当のジェシーには会えず、ウィンター伯に会って帰ったような形になったのだった。


「まさかあんなところまで行くとはな。……度胸のいい娘だと。お前、何を言ったんだ?」

「うん、まあ、色々……。ちょっと腹を割って、な」

「あの偏屈な老人を相手に、確かにいい度胸だ」


 そう言って、アーヴァインは少し笑った。

 この人とこれから一生一緒にいるんだなと、まだ信じられないような心地でぼんやり思う。


「爺さん、あんたのことを悪く言ってるように見えて、あれ、ほんとは自慢の孫だなんて言えない照れ隠しなんだよ。ちょっとわかりにくいかもしれないけど」


 それを言うと、アーヴァインは目を白黒させた。そんなにも突拍子のないことを言ったつもりはないが。


「なんでそうなるんだ?」

「なんでって、わかるよ。身内ってあんなだ。コーベットの家族は違うけどさ、親父なんか一緒だよ。あたしのこと、絶対褒めないし」

「そういうものなのか……」


 意外そうにつぶやくが、嫌ではない様子だった。孫と祖父との関係修復もオーレリアの仕事になりそうだ。


 倉庫に戻ると、親父にこってりと叱られたらしい人足たちは小さくなっていた。

 入り口のところで固まり、ボソボソと小声で喋っている。荒っぽかった男たちが尻尾を巻いた犬のように憐れだ。


 もちろん、親父も人足たちの気持ちはわかっているはずだが、オーレリアやコーベット家に迷惑をかけたくないのだろう。

 オーレリアはそんな人足たちに声をかける。


「あんな呼び出し方をしなくてもまた来るよ。ここだってあたしの大事な故郷で、皆は家族だからな」

「姐さん……」


 皆がうるうると涙を浮かべた目を向けてくるが、後ろにいるアーヴァインを見て真顔に戻った。

 親父は倉庫の奥で検品をしているようだ。オーレリアはアーヴァインと共に奥へと進む。


 帰る前に報告だけはしておかないといけないと思った。もしかすると、兄は最初から全部わかっていてアーヴァインと交代したのではないだろうかという気がしてきた。


「親父」


 呼びかけると、親父が振り向いた。

 いつもと変わりない、それだけでほっとする。もうあんな思いはしたくない。


「コリンは?」


 人足たちの中にコリンはいなかった。見当たらない。


「ああ、小遣いを渡して昼飯を食いに行かせた」


 やはり、コリンにだけは甘い。体が小さくて細いからだろう。もうそこまで子供でもないのに。


 そこでアーヴァインはオーレリアの肩に手を添えて横に退けると、親父の前に立った。背丈はほんの少しアーヴァインの方が高いだろうか。

 今から何を言うのかがわかったから、オーレリアは耳を塞ぎたくなったが、自分のことなのだからそうはいかない。


「先ほどは申し遅れましたが、俺はオーレリアの兄であるユリシーズの友人で、アーヴァイン・ウィンターと申します」

「……ガドフリー・アドラムだ。まあ、俺のことは気にしなくていいんだが」


 と、親父はバツが悪そうに頭を掻いた。妙に大人しいなとオーレリアは不思議に思った。


「そういうわけには行きません。今はまだ口約束で、双方の家にはまだ報告していないのですが、彼女と婚約することになります。ですから、父親であるあなたにもそれをご報告させて頂きます」


 ゾロゾロとついてきて後ろに控えていた人足たちがざわめく。拳を繰り出し、親父を煽っているように見えた。やめてくれ。

 親父はというと、人足たちのことを一切無視し、頭を掻くだけだった。怒っているふうでもない。本当に、見たことがないほど穏やかだった。


「あんた、こんなのでいいのか?」


 娘を捕まえて、こんなのと来た。相変わらずすぎて複雑である。

 しかし、アーヴァインは真面目くさった顔で答えた。


「ええ。初めて会った時から目が離せなくて」


 どういう意味だろうと思ったが、深く考えない方がよさそうだ。親父もククッと笑っている。


「なんせ躾がなってねぇからな。これからはあんたが躾けてくれ。頼むな」


 あっさりとしたものである。アーヴァインは苦笑していた。必要とあらば殴り合う覚悟くらいはあったのだろうか。

 報告は拍子抜けするくらいスムーズで、オーレリアが呆然としていると、親父は笑いながら言った。


「こんな立派な男を捕まえるなんざ、てめぇにしちゃ上出来だ。機嫌を損ねて捨てられねぇように気をつけな」

「余計なお世話だ」

「な? 可愛くねぇヤツだろ? こんなのがいいって言ってくれる男がいるとはなぁ」


 親父が薄気味悪いくらい穏やかなのは、親父から見てもアーヴァインが文句のつけようのない男だったということか。例えば、もっと気障ったらしいとか、変なのを連れてきたらすごいことになっていた。

 いや、オーレリアもそんなのを選ぶつもりはないが。


 その時、人足たちがボソボソと話し出した。


「姐さんは皆のもの。抜け駆けしたら極刑。これが皆の合言葉だったのに」

「……初耳だよ、そんなの」


 オーレリアは呆れたが、人足たちは泣き真似をする。変な集団だ。

 ちなみに、昼食を食べて戻ってきたコリンがこの顛末を知った際、白目を剥いて倒れそうだった。

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