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令嬢は樽と共に  作者: 五十鈴 りく
本編

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33/84

〈33〉あとで

 皆の視線が背中に刺さるが、オーレリアはそれを振りきってアーヴァインと倉庫の外へ出た。

 何を食べさせたらいいのだろう。改めて考えてみると、オーレリアはアーヴァインの好みを何も知らなかったのだ。


 何が好物なのか、どんな色が好きか、趣味はなんなのか。

 苦手なものはあるのか、アーヴァインのような人が受けつけないほど駄目なものはなんだろう。


 それから、好みの女性は。

 絶対に無理だという女性のタイプは。


 ――色々と考えたら急に疲れた。こんなので好きだと思っている自分は厚かましいのかもしれない。

 さっきまでの勢いがどこかに消えた。


「……この辺にさ、あんたの口に合うような店はないかもしれないけど、少しくらい我慢しておくれよ」


 ボソ、とつぶやくと、隣を歩くアーヴァインも淡々と返してきた。


「そんなに口が肥えているつもりはないから心配するな。お前が食べたいものでいい」

「あたしの?」

「俺に好き嫌いはない。食べ物とも思えないような臭いのする珍味とか、そんなのじゃなければ食べる」


 好き嫌いはないらしい。そこで少しほっとした。


「あたし、パプリカが苦手なんだ。ピーマンみたいな顔して甘いのが。食べれなくはないけどさ、好きになれなくて。あと、食後のチョコレートケーキもあんまり好きじゃない」


 そんな話をすると、アーヴァインは何故か少し笑った。


「そんなものが苦手なのか? 意外だな」

「そうかな?」


 こんな他愛のない会話が嬉しかった。だからか、少しだけ素直に言えた。


「あのさ、ごめんな。あいつらの悪乗りにつき合わせて。すぐふざけるんだから困ったもんだよ」


 すると、アーヴァインは立ち並ぶ店の看板を眺めながら言った。


「いや、ある程度はああいう展開も予測していた」

「へ?」

「ユリシーズから軽く話を聞いていたから」


 兄はここへ来たことはないが、オーレリアやコリンから聞いた話をアーヴァインにもしたのだろう。喧嘩っ早い連中がいると。


「そうなのか……。やっぱり兄さんが来た方がよかったのかもな。あたしと似た顔の兄さんに殴りかかったりはしなかっただろうし」

「まあ、あいつみたいに穏やかだと喧嘩にはならないだろうな。そもそもが兄だから殴る必要もないし」


 あんただって殴られる筋合いはないだろう、と言いそうになって言わなかった。なんとなく、言いたくないと思ってしまった。


 アーヴァインがもし、あの喧嘩が筋違いではないと考えてくれているのだとしたら、どんな顔をしていいのかわからない。


「えっと、こっちの店のシチューはあたしが小さい頃から食べていた味なんだ。あっちの店のホットドックは親父の好物で、三日に一回は食べてる」


 ごまかすようにして言うと、アーヴァインは、じゃあと言って定食屋の方を指さした。


「シチューにするか?」

「うん」


 久々だから、そろそろ食べたかった。

 コーベット家の食事は、食材も料理人も一級品だけれど、立派過ぎる。時々はこういう力の抜けたものが食べたくなる。クズ野菜を美味しく仕上げた女将自慢の一品だ。


 しかし、オーレリアとアーヴァインは店の中で明らかに浮いていた。下町の定食屋に身なりのいい客などいないのだ。明らかに異物としてジロジロと見られたが、女将はオーレリアに気づいてくれた。


「あれ? あんた、オーレリアかい?」

「そうだよ、おばさん」


 恰幅がよくて、口が大きくて、声も大きい、懐かしい顔だ。オーレリアがほっとして答えると、女将はオーレリアを上から下まで眺めた。


「事情は聞いたけどさ、本当なんだねぇ」


 実は金持ちの家の子で引き取られていったという話だろう。


「まあね。ちょっと親父の顔を見に来たらおばさんのシチューが食べたくなったんだ」

「あらあら、嬉しいことを言ってくれるねぇ。美味しいものをたくさん食べてるんじゃないのかい」

「おばさんのシチューが好きなんだ」


 そんなやり取りをしていると、女将の目がアーヴァインに向かう。その目がなんとも言えず笑っている。


「さっそくイイ男を捕まえたんだねぇ。うん、あんたにはこれくらいじゃないと」

「……おばさん、シチュー二人分! 腹ペコだから急いで!」


 オーレリアはさっさとアーヴァインの腕を引っ張り、勝手に席に座った。女将がニヤニヤしている。頬杖を突き、そちらを見ないようにした。

 そうしたら、アーヴァインがいきなり切り出した。


「あのな、この間の社交パーティーのことだが――」


 オーレリアが飛び上りそうなほどに動揺したのを、アーヴァインは気づいただろうか。


「そ、それは、あれだ。食べてからにしよう」


 今、そんな話をしたら何も喉を通らなくなってしまう。間違っても、案外楽しかったなどとは言ってくれるな。

 アーヴァインは納得してくれたのか、うなずいた。


「そうだな。そうしよう」


 首の皮が繋がった思いだった。

 しかし、女将の特性シチューの懐かしい味に舌鼓を打つどころか、その話が気になって仕方がない。


 思えば、こうしてアーヴァインと差し向かいで食事をしたのも初めての経験だった。軍人の前に貴族なのだ。あのうるさい祖父の手前、テーブルマナーはしっかりと躾けられていたと見える。こんな砕けた店でさえも綺麗に食べていた。


 だから、オーレリアも丁寧に食べるのは苦手なのに、精一杯背伸びをしていた。そのせいで食べるのが遅かったけれど、アーヴァインはそれを静かに待っていた。


 食べ終わったら、あの話をしなくてはならないのだが。

 

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