〈32〉コレ
開け放ってある倉庫の入り口付近にオーレリアが差しかかった時、中から男たちのやかましい声が聞こえた。こういう声を上げる時は大抵が喧嘩である。
案の定、アーヴァインを囲んで始まっていた。
ただし、一斉に襲いかかるようなことはしていない。一人ずつだ。数に物を言わせるような情けない喧嘩はしない連中だから。
「次は俺が!」
勇んで飛び出したのは、中堅のロジャーだ。アーヴァインと同じくらい背は高いが、こちらは横幅もある。それでもアーヴァインは、拳を繰り出したロジャーの腕を素早くつかむと、足を払った。
「グッ……」
立っていられずに背中を打ちつけたロジャーを、仲間が両足をつかんで引きずり、後ろへ下げた。
これで何人目なのだろう。アーヴァインにはまだ少し余裕があるようには見えるが。
「クソッ。じゃあ、次は――」
そこでオーレリアはハッとして、囲いを作っていた人足の尻を蹴飛ばした。目の前のことに集中していて背後が疎かだ。綺麗に入った。
「ギャッ」
「あんたたち、いい加減にしなっ!」
皆がオーレリアを見てきょとんとした。服装が今までとあまりに違うから、一瞬誰だかわからなかったのかもしれない。
しかし、その呆けている人足たちに向けてオーレリアは言い放つ。
「そこに並べ! あんたたち、よくも親父が怪我で弱ってるなんて嘘をついてくれたね!!」
その発言に、アーヴァインも目を瞬かせた。
「嘘なのか?」
そこでふと、アーヴァインにこんな剣幕を見せてしまったことに対する後悔が湧いたけれど、今さら驚くところでもないようだ。動じていない。可愛い女の子には到底なれないオーレリアだ。
一番年嵩のマイルズが野太い猫なで声を出した。
「皆、姐さんに会いたかったんですよぅ」
「それなら普通に呼びな! 二度とこんな真似すんじゃないよ!!」
ダンッ、と足を踏み鳴らすと、皆が喜んだ。
「おお、姐さんだ。どんな格好をしていても、間違いねぇ」
「いや、久々に怒られたなぁ」
「俺なんてケツ蹴られたよ。いや、懐かしい」
「これがないと仕事に張り合いってもんがねぇや」
――オーレリアの躾が悪かったかもしれない。
今、しみじみとそれを思った。
「……それで、あんたら、コリンにそそのかされてこっちの兄さんに喧嘩を吹っかけたわけだね?」
すると、人足たちは顔を見合わせた。
「そそのかされたって言うか、姐さんのオトコなら弱いヤツじゃ駄目だ。だから俺たちが試してやろうって。なぁ?」
「そうそう。頭より強くないと」
その、オトコというのがまず問題だ。オーレリアは赤面しないように一度深呼吸をすると、なんとかして言った。
「違う。そうじゃない。アーヴァインはあたしの兄さんの友達だ。ここまでつき添ってきてくれたんだ」
この言い方で間違いない。
それなのに、誰も納得しなかった。
「でも、コイツ、姐さんのコレか? って訊いた時に否定しなかったし」
「あんたたちが否定する前に襲いかかったんじゃないのかい?」
親指を立てるロジャーをオーレリアは睨んだ。少し――いや、大分怖くてアーヴァインの方を向けない。
そうしていると、コリンを連れて親父がやってきた。皆、オーレリアに対していた時よりも格段に緊張した。親父が歩くたびに地響きがするような錯覚さえする。
「お前たち、俺が瀕死たぁ随分な嘘をついたな?」
「ひ、瀕死までは言ってません」
「言い訳は後でたっぷりと聞いてやる」
「…………」
親父の笑顔は怖い。笑っていない時の方が怖くないから不思議だ。
それから、親父はアーヴァインに向けて落ち着いた声で語りかけた。
「うちのモンがすまなかったな。怪我はないか?」
「はい。平気です」
アーヴァインは親父の対応にやや驚いていた。親玉が一番穏やかに接してくれるとは思わなかったのかもしれない。
兄の友人だと言ったから、客人扱いをしてくれたのだろうか。正直に言うと、オーレリアも失礼な態度を取るのではないかと思っていた方だ。
「あんた、戦い慣れてるな。うちのヤツらの誰もたいした怪我させてねぇし」
「一応軍人なので、鍛錬は怠っていません」
「なるほど、どうりでな。まあ、気ィ遣ってくれてありがとよ」
コリンは面白くなさそうに見える。親父とアーヴァインが衝突すればいいとでも思っていたのだろうか。
色々と助けてもらっているのだから、そんなに目の敵にしなくてもよさそうなものを。
「オイコラ、そこのバカ」
親父が振り返ってオーレリアを呼ぶ。その呼ばれ方で行きたくないが仕方ない。
「てめぇもこちらの兄さんも昼飯はまだなんだろ? その辺で適当に食ってから名所案内でもしてきな」
名所――どこだ。どこに名所があるのだ。小汚い下町なのに。
昼食がまだなのは事実なので、どこかの食堂で食べてもいいが、アーヴァインの口に合うだろうか。
「コリンも昼、まだなんだ」
「そうか。なんか食わしといてやる」
コリンが、えっ、と声を零した。多分、一緒に行きたかったのだろう。
「頭、せっかく姉御が帰ってきてるのに、ほら、積もる話とかあるんじゃないですか?」
手をパタパタと忙しなく動かすコリンに、親父は目尻に皺を寄せて笑った。
「そうだなぁ。けど、その前に、可愛い可愛いうちのモンたちに話があってなぁ。コリンにもな」
ああ、説教なんて可愛いものじゃない。雷が落ちる。それも、地面に穴が空きそうなヤツが。
皆が震え上がった。しかし、身から出た錆とも言えるのか。
それでも、皆がオーレリアと親父を会わせたかった思いに嘘はない。頑固な二人はこうでもしないとなかなか会えなかったのだから。
「しばらく戻ってくんじゃねぇぞ」
「う、うん……」
こってりとやられる。
アーヴァインは、少々困惑気味にオーレリアと親父とを見比べていた。




