〈29〉古巣へ
そして、オーレリアは社交パーティーを欠席した。
兄が両親に何か説明をしてくれたらしい。いつもより元気がない日が続いているオーレリアを心配して、父は優しく言ってくれた。
「ああ、無理はよくない。休んだらいいよ」
「ありがとう、父さん」
家族がパーティーに出ている間、オーレリアは親父に向けて手紙を書こうとした。
今のオーレリアを見たら、親父は腹を抱えて笑うかもしれない。柄にもなく何をやっているんだと。
もしくは、そんなに軟弱に育てた覚えはないと怒鳴られるかもしれない。
怒鳴られたかった。会いたい。
親父が笑い飛ばしてくれたら、また以前の自分に戻れる気がした。
そのパーティーが終わった後、家族の誰もオーレリアには何も言わなかった。驚くくらいいつも通りに接してくる。
アーヴァインはどうしているのだろう。どうなったのだろう。
それから、ハリエットは。グレンダは――。
気になることはたくさんあるが、兄も教えてくれない。
「詳しいことはアーヴァインから聞いた方がいいよ。呼んであげようか?」
笑顔でそんなことを言う。ニコニコ、いつもの笑顔なのだけれど、そこにニヤニヤと表現したくなる何かが含まれている気がして兄の胸倉をつかんで締め上げたい気分になった。
「別に、いいし!」
つい意地を張ってしまうのは、まだ顔を合わせてものを言う覚悟が定まっていないからだ。
謝りたいことはたくさんあって、けれど謝ってばかりではかえって鬱陶しい。一体何から切り出せば自然に話せるのか、今のオーレリアには何もかもがぎこちない。
◆
こんな状態のことは書けないから、またいつものような他愛のない内容の手紙を親父に出そうと、コリンを捜した。
コリンはオーレリアの変化をどう思っているのだろう。コリンも忙しいのか、近頃顔を合わせることが少ない。今はそっとしておく時期だとでも思っているのだろうか。
オーレリアがコリンを捜していたように、コリンもオーレリアを捜していた。廊下を走るコリンは、手に紙切れを握り締めている。
「あ! 姉御!」
「うん、どうした?」
妙に急いで見えた。廊下は走っちゃいけないんですよ、といつもコリンの方から言うくせに。
コリンは肩で大きく息をし、汗を滝のように流しながら言った。
「か、頭がっ」
「親父が?」
「怪我をしたって!」
「なんだ、芋の皮でも剥いて手が滑ったか?」
丈夫な親父は、怪我どころか病気も知らずにいた。少しくらいの体調不良は酒でも飲めば治るとか適当なことを言って凌ぐのだ。分厚い筋肉が鎧のようなものなのか、怪我をしたのも見たことがない。
コリンがいなくて雑用をする人がいないから、食事の支度をするのに指を切ったのだろう。それでも珍しいことだから、誰かが笑い話のようにして手紙をくれたのかもしれない。
しかし、コリンは笑わなかった。苦しそうに言う。
「積み荷が崩れて下敷きになったそうです。さすがの頭も起き上がれない状態らしくて……」
「は? そんなわけが――」
雑なようでいて、仕事に関しては的確だった。荷崩れを起こさないように積み方の指示は細かかったし、そんなヘマをやらかすとは思えない。
それでも、コリンは手紙を持つ手を震わせながら続けた。
「頭を強く打ったからか、毎日吐いて数日で痩せてきたのがわかるって。僕も信じたくないですけど、もし頭の中で出血していたら危ないから、ちゃんと診てもらってほしいのに、頭は頑固だから、いいって言って突っぱねるらしくて」
そこまで言うと、コリンはハラハラと涙を零した。
オーレリアの、ここ数日の悩みが一気にどこかへ行ってしまった。離れているから、そんなことが起こっていても気づけない。やはり、離れるべきではなかったのか。
オーレリアは震える手で口を押え、考える。
「本当は、姉御には知らせるなって言われたんです。でも、頭は会いたくても会いたいって言わないじゃないですか。こんな時くらい、素直になってもいいのにっ」
そこでコリンは涙を乱暴に拭った。
「頭のことを説得できるのなんて、姉御だけです。このまま放っておくわけには行きませんよね」
当然だ。
それこそ、どんな手を使ってでもしっかり検査してもらわなくては。
絶対に、どの面下げて帰ってきたとか、何しに来やがったとか憎まれ口を叩くのはわかっている。そんな横っ面を引っぱたいてでもわからせるしかない。
ドッ、ドッ、ドッ、と心臓が嫌な鼓動を伝える。ここ最近こんなのばかりだ。心臓に毛が生えていると言われてきたけれど、そんなことはない。繊細なものだ。
「急いで支度をする。船に乗る手配を父さんに頼むよ」
「もちろん僕も行きます!」
昔の父に会いに行きたいと今の父に頼む。おかしいだろうか。
しかし、事情が事情だから、父は駄目だとは言わないはずだ。
「それは大変だ! 私たちもアドラム氏にはオーレリアを立派に育ててもらった大恩がある。こちらのことは構わないから、急いで行ってきなさい。ユリシーズ、念のために一緒に行ってあげなさい」
「そうね、そうなさい。オーレリアのことを頼んだわよ」
「はい、わかりました」
心優しい家族は、慌ててオーレリアを送り出してくれた。
しかし――。
頭が頭を打つなんて……ややこしくて仕方がない展開に(*ノωノ)




