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令嬢は樽と共に  作者: 五十鈴 りく
本編

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21/84

〈21〉カントリーハウス

 そんな令嬢たちとのいざこざも一旦お預けだ。

 グレンダたちも次こそはと計画を練っているだろうから、今度は今まで以上に気を引き締めておかなくてはならない。


 その休息の間に、オーレリアは自室に鎮座する愛用の樽の上でペンを走らせる。

 親父(アドラム)は靴底が今にも抜けそうな靴を履いていた。そろそろ抜けたのではないかという頃だ。


 コリンが向こうにいたらなんとかしてもらうところだが、人足たちではその辺の気は利かない。親父は買うか修理に出すか、ちゃんと対処しただろうか。

 修理に出したらその間靴がないわけで、あの短気な親父が待てるとは思わない。適当にくっつけて直したつもりになっていそうだから、


『靴底が抜けたら諦めて買え』


 この手紙をコリンに託した。


「……だから、なんでこんなのばっかりなんですか?」


 また渋い顔をされた。


「なんでって、大事なことだからさ」

(かしら)も子供じゃないんですから、それくらいちゃんとしてるんじゃないですか?」

「いーや、してないね」


 自分のことには無頓着だから。

 そんなやり取りをしていると、兄がやってきた。いつ見てものん気というか、平和だ。


「オーレリア、ここにいたのか」

「うん?」


 振り返ると、兄はにこりと微笑む。


「オーレリアはまだうちのカントリーハウスに行ったことがないから、社交シーズンが終わったら一度家族で行こうかって話しているんだ。父様と僕は仕事の都合があるから、あまり都から長期で離れられないけど」

「カントリーハウスなぁ」

「都から西のフリント地方で、この屋敷よりもずっと広いんだよ。近くには湖もあるし、綺麗なところだ。きっと楽しいから」


 それを聞き、ふと気になったことをオーレリアは訊ねる。


「そういえば、アーヴァインのところのカントリーハウスってどこにあるんだ?」


 オーレリアがそれを気にするのが意外だったのだろう。兄は軽く首を傾げながら答えてくれた。


「ああ、近いんだよ。フリント地方より少し北のカーヴェル地方だね。放牧が盛んなところで、僕も時々お邪魔するけれど、空気が清々しいよ」

「いいな、そっちにも行きたい」

「アーヴァインの休暇が上手く合うといいんだけど」

「アーヴァインがいないと行っちゃ駄目なのか?」


 オーレリアがそこに行きたい理由は、ジェシーが上手くやれているのかが気になるからだ。アーヴァインがいなくてもいいけれど、取り次いでもらわないと入れてもらえないのだとしたら仕方がない。


 兄にはオーレリアの考えがまるでわからないのだろう。また何か不思議なことを言い出したと思って困惑している。


「いや……どうだろう。僕がいたら入れてくれるとは思うけれど、ウィンター伯爵には歓迎されないかもしれない」

「ああ、脚が悪くて気難しい爺さんなんだって?」

「う、まあ……」

「そんなに長居しなくていいんだ。チラッと立ち寄れたらいいから、アーヴァインにも言わなくていいや」

「…………」


 うちの妹は一体何を考えているんだろう――と、兄が不安そうにしたけれど、強く押しきれば連れていってくれるとオーレリアは読んでいる。


「僕はお留守番ですか?」


 しょんぼりとしたコリンに、オーレリアはとても留守番を言い渡せない。


「一緒に行こう。な?」


 そして、兄に向き直ると笑顔を向けた。


「な、兄さん?」

「う、うん」

「それから、社交シーズンが終わったらじゃなくて、すぐに行きたい。一日だけでいいから」

「え、えっと……」


 言い出したら聞かない妹である。そして、離れて長かった分、その妹が望むことはなんでも叶えてあげたいという激甘な両親なのだ。



「オーレリアがカントリーハウスを見たいんだって?」


 夕食の席で父は不思議そうに目を瞬いた。

 オーレリアはなるべく大人しくうなずく。最近はちゃんとナイフで肉も切る。ひと口で呑み込めないような量は頬張らない。進歩だ。


「社交シーズンが終わってからではいけなくて?」


 母が寂しそうに言うから、オーレリアも少し悪いなとは思った。


「うん、話を聞いたら行ってみたくて。でも、すぐ帰るよ。ゆっくりするのは今度皆で行った時にするから」

「そういうことなら、ユリシーズに連れて行ってもらいなさい。三日以内に帰ってくるんだよ」

「うん。ありがと、父さん」


 やった。嬉しい。

 親父だったら、ふざけんじゃねぇこの野郎とか言って終わっただろう。二人の父は正反対だ。

 もちろん、どちらがいいという話ではないけれど。



 そうして、もうひとつ嬉しいことがあった。

 遠出するのなら軽装の方がいいだろうということで、いつもの重たいドレスではなく、上質だけれどシンプルなワンピースを着せてもらえたのだ。

 

 羽が生えたみたいに体が軽い。締めつけも弱くて楽だ。スカートでも、これくらいならなとオーレリアは喜んだ。


 つばの広い帽子を被せられ、馬車に乗せられる。コリンは革製のトランクを持たされていた。オーレリアの着替えが入っているらしい。


「じゃあね、くれぐれも気をつけてね」

「うん、行ってくるよ」


 母は自分も一緒に馬車に乗り込みたそうにしていたけれど、父だけを残しておくのは気が引けるようで、オーレリアのことは兄に託した。


「母様、僕がついているから」

「ええ、お願いね、ユリシーズ」


 コリンは馬車の御者台に乗ると言っていたけれど、兄が車内へ入れてくれた。御者台は狭いから、とのことだが。


 カラカラと回る馬車の車輪。それでも座席は柔らかいから長時間乗っても大丈夫だろう。今までオーレリアが乗っていた辻馬車とは大違いだ。それでも、その辻馬車ですら贅沢のつもりだったのだが。

 ずいぶんかけ離れた暮らしがあったものだ。


 それでも、昔のことは楽しかったと思っている。今は楽しいことも嫌なこともある。

 この家族には会えてよかった。皆、金持ちなのに心根の綺麗な人だ。人を妬んだりしないから綺麗でいられるのかもしれなかった。


「なあ、兄さん。アーヴァインのカントリーハウスの方から行ってほしいんだ」

「……そっちがメインなんだね?」

「そういうこと」


 悪びれもせずに言うと、兄は小さく嘆息した。


「どうして急にあそこへ行きたくなったのかは知らないけれど、伯爵を怒らせてはいけないよ」

「怒らせるつもりはないし、なんなら会わなくてもいいよ」


 目的はそこじゃない。

 皆が沈黙すると、馬車の音と揺れがよく体に伝わる。事情を知るコリンはハラハラして見えて、そういう顔をすると兄が変に思うから真顔でいてくれと足を踏んでやりたくなった。


 兄は至極真面目な顔をして言う。


「アーヴァインと伯爵の関係はあまりよくないと前に言っただろう? 僕もね、伯爵にはあまりよく思われていないんだ。ウィンター家は古くから続く一族で、格式もある。コーベット家は爵位を頂いてから歴史も浅くて、まあ商才を買われたようなところもあるから、伯爵にしてみたら僕らは成り上がり者でしかないんだよ」

「そういうの、面倒くさいな。言っとくけど、庶民からしたら貴族なんて全部一緒だよ。どっちが偉いかなんてどうでもいいところさ」


 そう言い捨てると、兄は苦笑した。


「伯爵くらいの御年の方にとっては大事なところなのかもね。アーヴァインはそういうのも苦手で、反発ついでに僕とつるんでいたのかも」


 反抗期の頃のアーヴァインを思い浮かべようとして、万年反抗期だから難しかった。

 ついでに兄の反抗期を思い浮かべようとしたら、想像がつかなかった。


「まあ、素通りもあとでややこしくなるから、カントリーハウスに行く時は挨拶だけはするんだけどね」

「なら丁度よかったな」


 頑固で偏屈な老人らしい。

 そう考えて、ふと思い当たる。


 それって、アーヴァインと似ているってことなのではないかと。


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