〈20〉火花と飛び火
「オーレリア嬢、殿方は抜きにして少しだけわたくしたちと少しお話しませんこと? 最新のドレスや流行の髪型も詳しくお教えできますわよ」
来た。
いつかの胸のでかい令嬢だ。今日は前髪パッツンで、フラミンゴみたいなドレスだ。ちょっと太って見えるよと思ったけど、もちろんそんなことは言わない。
「ええと……」
さっき、エリノアは兄と一緒に賑やかそうな男女に誘われてテラスに出ていた。あれは多分グルだな。
アーヴァインはピリッと緊張した気を放つ。令嬢はそんなアーヴァインに目を向けるが、すぐに逸らした。ちょっと、憎しみがこもっているような気がする。
アーヴァインが目で、行かなくていいとオーレリアを止めていた。
しかし、令嬢たちはクスクスと笑い出す。
「あら、誰かと一緒でないとお口も利けないのかしら?」
うん、そういう設定なんだ。
そういうことにしておいてほしいんだけどなぁ、とオーレリアは嘆息した。
今回その場しのぎで逃れても、毎回これを仕掛けてくるのなら、いつかはぶつからないといけなくなる。それなら今のうちに、敵なら敵ではっきりさせておいた方がいいだろう。
「少しでしたら」
オーレリアがそう答えると、アーヴァインがギクリとしていた。
その、絶対に穏便に済まないという思い込みはやめてほしい。これでもオーレリアは女を殴ったことがないのが自慢だ。殴った男の数は数えきれないが。
心配するな、殴らない――と目でアーヴァインに合図する。伝わったか微妙だが。
なるべく淑やかに見えるように歩幅を狭めて歩く。なんせ皆、オーレリアより低いから、そういう歩き方をしないと置いていってしまいそうだ。
全部で四人。あのワインを引っかけてきた気の弱い娘もいるが、この娘はものの数に入れなくていい。問題はあとの三人だ。
胸のでかい令嬢がボスとして、二人が腹心。まあ、覚えなくていいかとオーレリアは手抜きをした。
そんな失礼な内心が伝わったわけではないだろうけれど、人気のない廊下を折れ曲がったところでオーレリアを壁際に寄せ、令嬢たちは半円になった。これが戦闘態勢か。
「あまり迂遠なのは好きではないの。本題に行くけれど、あなた、どうやってアーヴァイン様に取り入ったのかしら?」
胸のでかい令嬢がきつい目をして言った。
迂遠なのが嫌いなのはオーレリアも一緒だ。奇遇だなと思う。
「取り入ったというか、家によく来るので。ところで、あなたのお名前は?」
もしかするとどこかで聞いていたかもしれないけれど、覚えていない。『胸のでかい令嬢』では可哀想なので、一人くらいは名前を憶えてあげようとした。
その令嬢は、イラッとしながら名乗る。
「クィントン侯爵家のグレンダよ!」
侯爵家というところを強調したので、それがアピールポイントらしい。
「物覚えが悪くてごめんなさいね」
謝ったのに、余計に睨まれた。好意的ではないのは最初からなので別にいいけれど。
そう、それで、アーヴァインの話だった。狙ってたのか。
侯爵家だったら、アーヴァインの方が身分は下だけれど、見栄えがいいし気に入っていたのだろう。上から目線で接したら相手にされなかったと、そういうことかもしれない。
知るかよ、とつぶやきたくなったが、ここは我慢だ。気が済むまで罵倒されてやればいいのだろうか。
グレンダの右にいたブルネットの令嬢が、勝ち誇ったような笑みを浮かべながら言う。
「あなた、ずいぶん貧しい暮らしをしていて引き取られたのでしょう? 見ていたらそれくらいわかるわよ」
やだ、とか言いながら皆でクスクス笑っている。気の弱い子だけがもじもじしていた。
正直に言って、見ていてわかる以上に本当はすごいのだ。
これくらいで知ったふうな口を利くのがかえって面白い。素で凄んだら腰を抜かすかもしれない。そう考えると笑いしか出ない。
「わかります? そうなんですよ」
アハハ。
オーレリアにダメージがないと見ると、令嬢たちは多分いくつか練ってあったパターンを次々に試し始めた。身分がどうだとか、コーベット家の歴史は浅いとか、女性にしては背が高すぎるとか――。
どうでもいいことばかりだ。回りくどいのは嫌いじゃなかったのか。
令嬢たちは、うんうんとうなずいて聞いているオーレリアに疲れてきたのかもしれない。そろそろ出直そうかと考え始めた頃、ドレスの裾を持ち上げてエリノアがやってきた。
「オーレリア!」
助けに来てくれたつもりだろう。オーレリアに助けは要らないのだが。
邪魔者が来たとばかりに令嬢たちは嫌な顔をした。女は、エリノアみたいな娘には敵わないのだ。
可憐で、一生懸命で優しい。こんな娘を悪く言っても、誰も得をしない。妬んでるんだな、としか受け取られないのだから。
しかし、この時、グレンダはオーレリアの手ごたえのなさに苛立っていた。ほぼ八つ当たりだろうに、エリノアに余計なことを言った。
「なあに? わたくしたちが苛めているとでも言いたげですわね?」
「いえ、そんな……。ただ、オーレリアの姿が見えなかったので捜していただけですのよ。わたくしは彼女の義姉になるのですから、面倒を見るのは当然ですもの」
やんわりと言ったエリノアに、グレンダはフンッと鼻息を荒くした。後ろの二人がやってしまえというふうに空気で煽っている。
これはよくない流れだ。戻ろう。
オーレリアがエリノアの手を握ると、そこでグレンダが地雷を踏んだ。
「義姉ね。美形で財産家の跡取りで、女性が喜ぶような甘いセリフを自然と口にするような素敵な方の婚約者は余裕ですわね。『優しいわたくし』を演出して義妹を取り込むのに、わたくしたちを利用するのはやめてくださらない? 家格の低いあなたはもっと壁際でうつむいていらしたらどうなのかしら?」
プチッ。
考える暇もなく、こめかみの辺りで音が鳴った。それとほぼ同時に、オーレリアの口から淀みなく言葉が溢れ出る。
「あんたはそんなだから、美形で財産家の跡取りで、女性が喜ぶような甘いセリフを自然と口にするような素敵な方にも、無口で仏頂面だけど伯爵家の跡取りの軍人にも相手にされないんじゃないのか?」
令嬢たちは我が耳を疑っていた。
それでも、オーレリアはやめなかった。
エリノアにまでひどいことを言うのは許さない。絶対にだ。
こういう、フワフワ可愛い女の子は護ってあげなくちゃいけない。目に涙を浮かべさせただけで大罪だ。
「エリノアは可愛くて優しくていい子なんだ。兄さんには勿体ないくらいのね。あたしが男だったらそれこそ嫁にほしいし。あんたたち、今度エリノアに余計な口を利いたら、死ぬほど後悔させるからね。いいね、わかったねっ?」
皆、ポカンと口を開けた。
殴らないだけでありがたいと思ってほしいところだ。
オーレリアは怒りが治まらないながらにエリノアの手を引いてホールに戻った。繋いだ手をギュッと握り締める。エリノアは何も悪くない。
エリノアはオーレリアに手を引かれながら、ありがとうと涙声でつぶやいた。
泣いたら駄目だ。兄には笑ってあげてほしいから。




