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〈19〉嬉しい時には

 そんなことがあった翌月。

 再びの社交パーティーがやってきた。


「体調不良とか、アリ?」


 最初、オーレリアは仮病を使おうと考えた。しかし、父は渋い顔をする。


「そうなると、見舞いの品がわんさか届いて、その返事の手紙やお礼の品を用意する手間がかかるけど、オーレリアがどうしてもと言うなら――」


 聞くだけで面倒くさい。これは駄目だ。


「やっぱりいい。出るよ……」


 嫌だけど。

 残念ながら、エスコートを頼めるあてが他にいない。アーヴァインに頭を下げよう。

 兄もそこをよくわかっていて、優雅に紅茶を飲むと言った。


「アーヴァインに言っておくよ。多分、来てくれるだろうから」


 そうだろうか。嫌々渋々だとしても、来てくれるなら助かる。

 ああ、オーレリアといると他の令嬢が寄ってこないから丁度いいのだった。


 また殺気立った令嬢たちに嫌がらせのひとつくらいされるかもしれないが、最初からわかっていれば隙は作らない。むしろ、来るなら来い。



     ◆



 そんなわけで、社交場再び。

 今回はナントカ伯爵に初孫が生まれたとかナントカ。


 アーヴァインは断らずに来てくれた。

 このところはあまり顔を合わせておらず、三週間ぶりというところだ。オーレリアは、アーヴァインにあの男の子がどうなったのかを訊ねたかった。


 しかし、家族にはあの日の詳細は語っていない。ゴロツキに絡まれたという説明だけで終わらせてあるから、皆の前で訊くに訊けず、早くアーヴァインと二人になりたかった。


 馬車に乗り込むまで、じっと、じっとりとアーヴァインを見つめる。アーヴァインはこの視線の意味に気づいているだろうか。面倒くさいのか、オーレリアの方を見ない。


 それはそれとして、じっと見ていると軍服が似合うなとしみじみ思った。

 他の軍人も見たけれど、アーヴァインが一番似合っていた。他に比べられる男たちがいる社交場では三割増しくらいに見える。


 アーヴァインが黒ばかりだから、オーレリアのドレスはそれに合わせた深紅だ。上背があるんだから、こんな目立つの着せないでくれと思うが、どうせチクチクとした視線を浴びるのだから一緒かと思い直す。



 ――着いたら、やはり視線が刺さった。ああ、面倒くさい。


「いや、赤いドレスがよくお似合いだ。こんな娘さんがいて鼻が高いだろう?」


 なんてことを父が言われていた。鼻が高いどころか、色々と気苦労があるんだよ、とオーレリアは笑顔で躱しながら思っていた。

 エスコートしているアーヴァインもきっと同じようなことを考えているだろう。


「オーレリア、大丈夫?」


 エリノアがちょこちょこと可愛らしくやってきた。今日は淡いグリーン系のドレスにグレーのフリル。真珠のネックレス。可愛い。


「大丈夫って、まだ始まったばっかりだし何もないよ」


 すると、エリノアは周りを気にしつつそっとつぶやく。


「でも、また何かあるのではないかしら? もし、ご令嬢のどなたかに殿方のいないところでお話しましょうと言われたら、必ずわたくしのことを呼んで頂戴ね」


 義姉としてオーレリアを庇おうと張りきるエリノアが健気だ。けれど、オーレリアはエリノアにまで嫌な思いはさせたくなかった。

 とはいえ、面と向かってそれを言うのはやめた。


「うん、そうさせてもらうよ。ありがとな、義姉(ねえ)さん」


 おどけて言うと、エリノアはパッと顔を赤くして、それを兄が優しい目で見つめながら肩を引き寄せる。

 ああ、はいはい。お熱いことで。



 ホールに向かうと、すでに音楽がかかっていた。ちょっと前のオーレリアなら眠たくなるようなスローテンポの曲だ。


「ちょっと踊ってくる。行こ、アーヴァイン」

「いきなりだな」


 片眉を跳ね上げるアーヴァインだが、嫌だとは言わなかった。ホールで踊る数組の男女に紛れ、オーレリアは手を添えながらアーヴァインに満面の笑みを向ける。


「やっと二人になれたな」


 それを言った途端、アーヴァインが驚いたように黙った。

 瞬くだけで、いつものようにポンッと言い返してこないから変に思ったが、それでもオーレリアは曲に合わせて踊りながら言った。


「ほら、あの男の子がどうなったのか訊きたかったんだ。家族がいるところじゃ訊けなくてさ」


 すると、アーヴァインは急にオーレリアの手をギュッと握った。イテッと声に出してしまいそうになった。

 一体何がしたいのだ。


「……ジェシーのことなら、もう退院した」


 あの男の子はジェシーというらしい。


「そうなのか? それで、どこへ行くって言ってた?」


 食い入るようにして問うと、アーヴァインは少し間を置いて、それから音楽に紛れてしまいそうな小さな声でささやいた。


「行くあてはないそうだから、うちのカントリーハウスに送った。祖父が近頃、脚が悪くて田舎に引きこもってるから、その世話だ」

「え? そこまで面倒見てくれたのか?」


 働き口まで世話してくれた。

 素性のはっきりしない子供だ。それを伯爵に近づけるのを、当の伯爵も周りも許してくれたのだろうか。アーヴァインが無理やりねじ込んだとして、少々の無茶はしたのかもしれない。


「あいつ、スリの元締めがいると言っていた。それを軍が摘発して安全だと思えるまでは都から放しておいた方がいい。情報提供もしてもらったから、こちらとしても助かった。それから、ジェシーはお前に言われたことは一生忘れないそうだ」

「そうなんだ……」


 なんとなく、目頭が熱くなった。ジェシーなりに必死で生きている。

 あそこで関われてよかったのだと言ったら、危ないところを助けてくれたアーヴァインに怒られるかもしれないけれど、結果としてよかったと思う。


「あんたには借りばっかりできるな。いつか返すから。ありがとう」


 胸の奥がじんわりとあたたかくて、目の前のアーヴァインに抱きつきたい心境だった。そうか、人はどうしようもなく嬉しい時、相手に抱きつきたくなるのだ。


 それなら、初対面の時にそんな兄を投げ飛ばしたことが心底申し訳なくなった。今さらだが。


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