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〈14〉誘いに乗るな

 音楽は華々しくホールを盛り上げる。しかし、オーレリアの心は音に乗って浮足立つことはなかった。

 ホールでの視線は男よりも女の方が鋭い。痛い。

 チクチク刺さる。


「なあ、視線に殺意が混ざるんだけど、なんでだ?」


 兄にそれとなく訊ねてみると、隣にいたエリノアが可愛らしく答えてくれた。


「オーレリアが美人だから面白くないんだと思うわ」

「へぇ?」


 それだけで殺意が芽生えるとは。上流階級のご令嬢の考えはわからない。

 そう思ったけれど、そればかりではなかったらしい。

 兄が答えてくれた。


「それから、アーヴァインがエスコートしているっていうのも問題なのかも。こいつ、今まで誰のこともエスコートしてこなかったから」


 オーレリアはハッとしてアーヴァインを見上げた。精悍な顔がオーレリアに向く。


「あんたのせいかっ」

「知らん」


 アーヴァインは不機嫌そうに言うけれど、兄は最初からわかっていたのではないだろうか。


「ご令嬢たちの間でアーヴァインは人気なんだ。そのアーヴァインがエスコートしてるっていうのが気に入らないんだよ」


 そんな相手をあてがったのはあんただと言いたいが、兄には何か考えがあったのだろうか。アーヴァインは軽く兄を睨んだ。


「お前がさっさと婚約者を作ったから、分散されなくなったんだろ」


 そんな言い分を、兄はアハハと受け流す。


「お前だってさっさと作ればいいんだよ。そうしたら静かになるさ」


 しかし、アーヴァインにそうしたつもりはないらしい。嘆息する仕草でそれがわかった。

 これは、あれだ。家庭に縛られるなんてまっぴらごめん、俺はまだまだ遊んでいたいんだっていう男のサガとかなんとか。若い男たちは誰も彼もそんなことをよく言ってた。


 ――しかし、か弱い女の子ではこの視線にさらされるのはつらいだろう。オーレリアは正直に言って、ここの誰にどう思われても構わない。

 まあいいか、と殺意を、埃を払うようにして撥ね退けた。



 それから、ダンスを踊る。

 兄とエリノアは手を取り合い、ふんわりと空に浮かぶように踊っている。

 なるほど、確かにああしていると絵になるかもしれない。エリノアに筋骨隆々の男は似合わないのだ。


 それにしても、なんて幸せオーラを振り撒く二人だろうか。割って入れる気がしない。

 可愛らしく踊るエリノアに見惚れていたら、アーヴァインがぼやいた。


「そろそろ踊るぞ。一曲くらいは踊らないとまずいからな」

「あんた、どの程度踊れるのさ?」

「お前よりはマシだ」


 短気だ。すぐに怒る。

 オーレリアは仕方なく扇を預け、アーヴァインと共に踊る人々の中に紛れた。それでも、グサグサと無遠慮な視線が追ってくる。


 アーヴァインは、どうせろくに踊れないんだろう、という馬鹿にしたリードをする。だから、オーレリアの方がグイグイと引っ張ってやった。なんとなく、アーヴァインは悔しかったのかもしれない。


 一曲くらいと言いつつ、三曲踊った。アーヴァインはホールドの安定感がいいから踊りやすい。この身長差も程よい。

 オーレリアから見て、アーヴァインは何かにつけて丁度よかった。


「……そこそこに踊れるのはわかった。それなら、他の男と踊ってもよさそうなものだが、止めておいた方が無難だろうな。投げ飛ばしたらおしまいだ」

「なんだ、他の令嬢と踊りたくなったのなら素直にそう言えば解放してやるのに。ああ、あっちのピンクのドレスの子、可愛いな。まあ、エリノアほどじゃないけど。あっちの青いドレスの子は胸でかいけど、ああいうのは?」

「頼むから、もう喋るな」


 踊る二人がこんな会話を交わしていると、誰が察知しただろうか。多分、傍目には仲睦まじく見えるのだ。視線が次から次へと刺さる。


 そんな具合に踊って、それで壁際の椅子に戻る。飲み物が配られていて、オーレリアは白ワインをもらった。アーヴァインが一瞬構えたのがわかったから、先に言ってやった。


「あたし、酒には強いんだ。飲んで暴れたりしないから安心しな」

「それを聞いて安心した」

「本当にそんな心配してたのかよ」


 まったく。嫌なヤツだと、オーレリアはワインを飲み干した。美味しいけど、ちょっとしか入ってない。こんな量ではとても酔えない。

 もっとほしいな、と考えていると、立っていたアーヴァインの背後に数人の男がいた。


「アーヴァイン、独り占めはよくないぞ」

「へぇ、ユリシーズの妹だけあって、見れば見るほど美人だなぁ」


 どいつもこいつも弱々しい。貴族のボンボンだ。相手にする気にもなれない。


「……独り占めじゃない。押しつけられただけだ」


 アーヴァインがひどく嫌な顔をした。その言い分の正当性はオーレリアがよく知っている。

 だが、ボンボンたちは知らない。


「ちょっとこっち来い。すぐに済むから」


 と、アーヴァインを引っ張る。男同士の話があるようだ。

 けれど、アーヴァインはオーレリアから目を放すなと頼まれているようで、オーレリアのことを気にしていた。

 別に、少しくらい座って待てる。子供じゃない。


 それを伝えたいが、人見知り作戦中なので扇で顔を隠して目で合図するくらいである。


「お嬢さん、少しだけコイツ、お借りしますね」


 どうぞ、と目だけで笑っておく。

 アーヴァインはさっさと話をつけた方が早いと思ったのか、オーレリアに向けて言った。


「すぐ戻る。誘いには乗るな」


 誘い。あれか、挑発か。

 この殺気のもとが仕掛けてくるのかな、とオーレリアは気を引き締めてうなずいた。


 しかし、ボンボンたちはヒュゥ、と口笛を吹いた。上流階級でもこんななのか。

 そして、やはり仕掛けてきた。


 座っているオーレリアのところに、令嬢が群れを成してやってきた。ニヤニヤと笑いながら近づいてくる。そして、その中の一人の令嬢が手にしていたワインを壁際のオーレリアに向けてかけたのだ。


 ――が、オーレリアは反射神経がいい。

 サッと横に飛び退いて避けた。ドレスの裾もちゃんと手で押えて、飛沫も被らなかった。


 シーン。

 微妙な空気が流れた。


「ご、ごめんなさい。そ、その、手が、滑って……」


 気の弱そうな令嬢だった。多分、後ろのボスにやらされているな、とオーレリアは覚った。不発で終わってしまい、後ろで臍を噛んでいる令嬢がボスだろう。青いドレスの胸がでかい令嬢だ。


「どうした、オーレリア?」


 一発で仕留めないから、兄がエリノアを連れて駆けつけてきた。令嬢たちは、うっ、と怯む。

 こういう時の兄はやたらと煌びやかだなと思った。何かキラキラしたものが出ている。余所行きの顔というヤツか。


 オーレリアは扇でパタパタと顔を仰ぎつつ、チラリと兄を見た。兄は、喧嘩を吹っかけられた妹が買うつもりなのではないかと青ざめたが、オーレリアにはそんなつもりはない。喧嘩は、女の子相手にするものではないからだ。


 空のグラスを手に、怯えて震えている令嬢へ向け、オーレリアは笑いかける。


「かからなかったから気にしないで」


 あんまり長く喋るとボロが出るので、短くそれだけ言った。兄が駆けつけたことで、令嬢たちもそれ以上仕掛けることはできなくなった。


 けれど、今後もこうして社交界に出るのなら、度々何かが起こるような気はする。

 多分。

 

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