〈13〉仲良し
アーヴァインと腕を組んでいると、どうしても二頭筋が気になる。結構力があるのは知っているが、人足たちほど太い腕ではない。このくらいであの力が出せるのなら、なかなかにコンパクトで高性能だ。
腕を組みつつ、グイグイとアーヴァインの腕を押して弾力を確かめていると、怒られた。
「お前は何がしたい?」
「いや、筋肉のつき具合がいいなと」
「向こうについたらそういう奇行は控えろ。それから、勝手に馬車の乗り降りをするな。俺が先に降りて手を差し出すから、そうしたら俺の手につかまって降りろ」
「はいはい」
イラッとした顔をされたけれど、ちゃんと聞いている。聞きながら腕の筋肉のつき具合を調べているだけだ。
うぅん、これはどうやったら勝てるか。弱点はなんだろうか。
「ほら、乗れ」
いつの間にか馬車の前まで来ていた。
馬車は二人乗りらしく、父と母とは別の馬車だ。御者が恭しく扉を開けてくれた。オーレリアは馬車のステップに足を乗せ、アーヴァインがそれを片手で支える。必要以上に思いきり体重をかけてやったのに、びくともしなかった。内心でチッと舌打ちしたいのを抑え、笑ってごまかす。
「ありがとうございます」
ウフフ、とわざとらしく笑うと、
「不気味だ」
なんていう失礼な返しが来る。
「あ、そ」
「まったく、見た目に反したその性格……。こんな変な女がユリシーズの妹だとはな」
「変ってなんだよ。清楚で可憐な、それこそエリノアみたいなのを期待してたのか?」
「なんで俺が期待する? 少なくとも、もう少し大人しいだろうとは思っていたがな」
「いや、あんたってさ――」
そんな話をしていると、優雅にエリノアをエスコートする兄がやってきた。兄はカチッとしたアーヴァインのスタイルとはまた違い、上着から覗くシャツやスカーフにフリルがついていて、似合っているのかもしれないが、なんとなく装飾過多でちぎりたくなる。
それに対し、エレノアは完璧だった。妖精かと思うほど可愛い。
ふんわりと膨らんだ薄い黄色のスカートにオレンジのオーガンジーを重ねている。可愛い。
「エリノア、可愛い。すっごく可愛い。綺麗」
心からの賛辞を贈ると、エリノアは照れ笑いを見せた。
「そんな……。オーレリアの方がずっと綺麗よ。でも、ありがとう」
実はエリノアの方がひとつ年上なのだが、年上に感じない。この子が義姉になるのかと思うと、ちょっと嬉しい。早く結婚すればいいのに。
そんなやり取りを、アーヴァインは冷めた目つきで眺めていた。
「女はどうしてこういう話をするんだろうな?」
「可愛いものを可愛いって言って何が悪い? あんたのことだってちゃんと褒めてるだろ」
「どこが?」
「腕の筋肉が」
「…………」
褒めてるのに、ちゃんと受け取らない。エリノアを見習ったらいいのに。
そんなことを考えていると、兄がエリノアにニコニコと笑って言った。
「な? 二人とも仲がいいんだ」
「ええ、息がぴったりで、びっくりしましたわ」
この婚約者たちはほんわか楽しげだ。アーヴァインだけが、はぁあ? と不満げである。
「どこが仲良く見えるんだ?」
「え? 悪いのか? いいだろ、仲」
オーレリアが平然と言うと、アーヴァインが露骨に嫌な顔をした。
いや、他に知り合いもいないし、他と比べたら顔見知りというだけで仲はいい方に分類されるはずだ。
「楽しそうで何よりだ」
父と母も笑顔で近づいてくる。アーヴァインは反論を諦めたらしい。
「そろそろ行きましょうか」
母に促され、皆で階段を上がり、迎え入れてくれた主催者に挨拶をする。
「ああ、コーベット卿! 来てくれてありがとう」
主催者は真っ白な頭を撫でつけた、片眼鏡の似合う紳士だった。隣にはその夫人がいる。さっそく、オーレリアのことを値踏みするような目を向けていた。
「こちらが……生き別れになっていたお嬢さんだね?」
「はい。オーレリアと申します」
オーレリアは、扇で顔を半分隠したまま、さらにアーヴァインの陰に隠れつつお辞儀をした。
「こうした場には不慣れですっかり気後れしてしまっているのです。もともと、その、人見知りな子なので」
この場の皆が微妙な空気を醸し出したのを、この紳士は気づかなかった。
「そうか。それにしても綺麗なお嬢さんだ。奥方によく似ている」
「ええ、会ってすぐにわかりました」
「お嬢さんの社交界デビューが私の誕生パーティーとは光栄だよ。今日は楽しんでくれたまえ」
「ありがとうございます」
そうして、通過できたのだ。第一関門突破と言っていいだろう。
ため息をついたオーレリアに、アーヴァインが素早く言った。
「気を抜くのは早い。まだまだこれからだ」
これからなのか。もうひと仕事終えた気分なのに。
背筋を伸ばし、オーレリアは歩く。最近では三センチヒールくらいなら慣れたものだ。
ザワザワ。
ザワザワ。
騒がしいホールで一気に視線が突き刺さった。新参者に優しくない。本当に、値踏みされているのがよくわかる。それから――。
殺気が。グサグサと突き刺さる。なんだこれは。
一緒にいるアーヴァインは涼しい顔をしていた。殺意が向けられているのはオーレリアの方だ。
何やら、令嬢たちがものすごい形相でオーレリアを睨んでいる。
新参者に厳しいにもほどがある。どうしたものやら。
いろんな人が代わる代わる挨拶に来て、オーレリアはとにかくヘコヘコと頭を下げていた。疲れる。
父も同じことをひたすら説明しているせいか、段々と顔が強張ってきていた。
大体、皆が同じことを訊ねる。
「彼はウィンター伯のお孫さんですよね。御令嬢とはどういったご関係で?」
「うちの息子と彼が友人なのはご存知でしょう? 不慣れな娘のエスコートをお願いしたのです」
「そうでしたか。それなら、御令嬢にはまだ決まったお相手がおられないということですね?」
「まあ、環境が変わって戸惑うばかりですし……」
「ええ、そうでしょうとも。そうでしょうとも」
なんで、皆決まって同じことを訊くのだろう。どこかで台本でも配られていて、こうやって話せと送り出されているのかと思うほどだ。
「……なあ、なんで皆同じことを口にするんだ?」
こっそりとアーヴァインに訊ねると、アーヴァインはオーレリアの方を向かずにささやく。
「そりゃあ気になるからだろ。コーベット家は子爵位を持つばかりでなく、貿易商としての顔も持つ。姻戚となりたい貴族は山ほどいる。そこへ娘が出てきたんだ。狙われるのは当然だな」
「ほう」
他人事のようにつぶやくと、アーヴァインはやっとオーレリアの方を向いた。オーレリアは扇の下で不敵に笑う。
「金目当てで寄ってくるような男は返り討ちにしてもいいな?」
「……いいわけないだろ」
絶対に目を放してはいけない。アーヴァインがそんなことを考えている気がした。