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〈11〉大事なこと

 その翌日からオーレリアは礼儀作法を学ぶことになった。それで、ラングフォードという眼鏡をかけた五十歳くらいの夫人が講師として来たのだ。

 神経質そうだなというのがオーレリアの抱いた第一印象である。半分以上が白い頭髪をきっちりと結って、それから渋い、池の底みたいな色のドレスを着ている。鷲鼻が特徴的だ。


「わたくしはお嫁入り前のご令嬢に礼儀作法をお教えしておりますの。わたくしの生徒におなりになったご令嬢方は、それはよい家柄に嫁がれて、皇族に見初められた方もいらっしゃいますのよ」


 ペラペラとよく喋る。オーレリアは、はぁ、と言って受け流した。

 しかし、その途端に睨まれた。


「オーレリア嬢、あなたはとてもご苦労をされてようやくこのお屋敷に戻ってこられたとお聞きしております。ですから、何事も最初から卒なくこなせるとは思っておりませんよ。けれど――」


 話が長い。大体、何が苦労なんだか。


「あの、結論だけお願いします」


 オーレリアは手を挙げ、自分なりに丁寧に言ったつもりだった。

 回りくどい話は好きじゃない。言いたいことははっきり言えばいい。


 けれど、それを言った途端にラングフォード先生の機嫌を損ねたらしく、顔を真っ赤にしてくどくどと叱られた。

 ああ、話を端折りたかったのに、余計に長引いてしまったとオーレリアは後悔したが、後の祭りである。



 それが終わると、今度はダンスの授業だ。

 これはまた講師が変わり、もう少し若い三十代の夫人だった。丸顔で優しそうだ。


「はい、私はダンスの講師を務めますフィリップスです。どうかよろしくお願いしますね」

「こちらこそよろしくお願いします」


 オーレリアにもこれくらいは言える。フィリップス先生はうなずくと、従えてきたヴァイオリン奏者に合図を送った。


「ダンスは曲に合わせて踊ります。オーレリアさんは初心者なので、あまり難しい動きはせず、型通りの簡単なところから入りましょう」

「はい」

「まず、私が男性役をしますね。はい、お手をどうぞ」


 お手。――犬みたいだな、と思ったけれど、オーレリアは素直に『お手』をした。


「ああ、指先は丸めなくて結構ですよ。スッと、優雅に伸ばして」


 先生が男性役だと言うが、オーレリアの方が背が高いので逆の方が様になるのになと思いながら始めた。最初、慣れない動きに先生の足を踏みそうになったが、オーレリアはもともと体を動かすことが好きだし、すぐに楽しくなった。


「まあ、オーレリアさん、呑み込みも早いし、筋がいいわ!」

「そうですか?」


 照れてしまうほどフィリップス先生は褒め上手で、オーレリアは気分よくダンスのレッスンを受けたのだった。ダンスは問題ない。問題は、礼儀作法か――。

 そっちの方が大事だろうと、皆に口をそろえて言われそうだが。



     ◆



 その翌日も、ラングフォード先生にこってりと絞られた。

 ドレスで見えないからといってガニ股で歩くな、舌打ちするな、指を鳴らすな、あくびをするな――数え上げたらきりがないほどにあれこれと言われた。言われ過ぎて何を言われても響かなくなってきたのだが。


 疲れたオーレリアは部屋に戻ると、樽に背中を向けて肘を突き、天井を見上げた。

 落ち着く。樽のこのフォルムがいい。


 その体勢で伸びをしていたオーレリアは、ハッとあることに気づいて机の上のペンを握った。

 サササ、と汚い字で書き殴ると、それを折り畳んでから部屋を出て、庭先のコリンを捜した。コリンは今日も真面目に働いており、庭の低木の剪定を手伝っていた。そんなコリンに声をかける。


「おーい、コリン! 頼みがあるんだ」

「え? なんですか、姉御?」


 いつまで経っても『お嬢様』と呼ばないコリンだが、オーレリアも親しみすぎていて気づかない。コリンは嬉しそうに駆け寄ってくる。


「これ、親父に送っといて。わりと大事なことだから」

(かしら)にですね? わかりました」


 読むなとは言わなかったが、コリンは遠慮なく手紙を開いた。その途端に顔を歪める。


「……大事ですか、コレ?」

「なんだよ、大事だろ? さっき思い出したんだ」


 戸棚に入れてあった干し肉、いい加減に食べないと痛む。さっき思い出した。


『棚の干し肉、そろそろ期限切れ』


 これがオーレリアが親父に向けたメッセージである。


「もっと何かないんですか?」

「何かってなんだよ?」

「いや、だって、ほら……」


 と、コリンはもじもじした。


 お元気ですか。お変わりありませんか。皆さんはどうされていますか。

 私は元気です。慣れないことも多いけれど、皆さんとてもよくしてくれています。


 ――なんてことを書けと言いたいのだろう。

 まっぴらごめんだ。そんな手紙を受け取ったら、親父はゲラゲラ笑って酒の肴にする。

 誰にも理解されなくったって、オーレリアと親父の間には二人にしかわからない呼吸がある。だから、これでいいのだ。


「じゃあね、頼んだよ」


 不満げなコリンだったが、それでも手紙は送ってくれるだろう。

 そして、オーレリアはなんとかして社交界デビューを乗り切らなくてはならないのだが――。


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