138話
20時までに色々終わらせられると思ったらダメでした
夜も更けた。
ただでさえ静かな森の村では、この時間に聞こえる音は布の擦れる音か動物たちの鳴き声だけ。
集中する環境としてみればこれ以上はないが、そうではないなら一抹の寂しさも覚える静寂だ。
そんな夜、俺の部屋に来客があった。
キイナさんか?と思ったが
「コウ。今大丈夫ですか?」
「アル?」
部屋に来たのはアルだった。
寝巻らしき衣服に身を包む彼女は、昼間に比べるとより大人びて見える。
何やらこそこそと俺の部屋まで来たようだが、何か用があるのだろうか。
「キクヒメ起こすか?」
「いいえ。あなたに確認を取りたいことなので」
「俺に?」
キクヒメはAIだが、その実常に動いているわけではない。
俺の活動が活発ではない時間帯には、低稼働モードで燃費を良くしている。
この状態だと、通常状態の凡そ3割程の能力しか出ない。
軽いメモ程度なら何も問題ないが、キクヒメだけでの調査や検査は出来ない。
だから来客があったのなら、キクヒメのモードを変えようと思っていた。
しかし俺個人への確認事項となると・・・まぁいらんか。
「まぁ入れよ」
「お邪魔します・・・あまり物はないのですね」
「ここ寝るだけの部屋だしな」
俺の部屋とは言うが、実際使うのは寝る時だけ。
それ以外は基本地下の施設のどこかで作業をしている。
サーベス内の自室もこんなものだ。簡素な机と、その上に赤い花。後は小さな冷蔵庫くらいか。
「それで?こんな時間に何の用だ?もしかしてモルトン王国のことか?」
「いいえ。そこは大丈夫です」
「じゃあ何だ?キイナさんに聞かれない方が良いことなんだろ?」
「そこは分かりますか」
「じゃなきゃこんな時間に来ないだろうよ」
昼間に話す時間はいっぱいあった。
その後の夕飯の時間でも、二人になるタイミングはあった。
でもその時には来なかったということは、確実にキイナさんに聞かれないタイミングを狙ってたのだろう。
それくらいの予想なら簡単だ。
だが案件が全く想像つかない。
アルの顔を見るに、かなり深刻なことのようだが
「・・・そんな深刻なこと何かあったか?」
「・・・それは、自分にとっては大したことのないという自覚があるからですね?」
「は?」
「貴方の体の事です。初めから分かってはいましたが、普通ではありませんね?」
「・・・まぁバレてんなら隠すことでもないか。そうだな。俺の体は普通じゃない」
「それはあのアカリさんも同じですね?」
「ああ。これが俺達ランナーの体だ・・・でも、良く分かったな」
ダイジュナも初見では気が付かなかったのだが・・・理由は、アルが水の精霊だからという点にあった。
「生物の体は、水分が多いのはご存じですよね」
「それくらいは・・・ああ、だからか」
体の中を流れる水・・・血などの水分の流れなどで判断出来るのだろう。
俺達の体は、そういう点では全く普通ではない。
「血管を流れる血の成分・・・大分違うようですね」
「そらそういう風に調整してるしな」
「ではその調整で、問題があるのも分かっているのですね?」
「・・・なんだ。随分と、怒ってる様に聞こえるが」
「怒っては居ません。ただ信じられないだけで」
「一緒じゃないかそれ」
なるほど、顔が険しくなるわけだ。
だが何故今になってその話をしてきたのか。アカリに会ったからか?
「それもありますが、それだけではありません」
「ほう」
「キイナさんです」
「・・・」
「コウ、正直に答えてください・・・貴方、後どれくらい動けるんですか?」
・・・ランナーの体は、定期的なメンテナンスが必要だ。
体内に機械を埋め込んでいる部分もあるし、薬物で調整されている能力もある。
それらが破綻しない様に、定期的に検査を行って再調整が必要・・・という設定だった。
この世界に来て、一番最初に自分の体で調べたのはそこだった。
幸い俺の体の状態は良好。アカリの事を考えれば、無理しなければ10年は問題なく動ける。
だがそれでは短い・・・短すぎるのだ。
「私は精霊・・・基本的には、置いて行かれる側の存在です」
「・・・」
「だからこそ、その悲しみは良く知っているつもりです」
「・・・」
「キイナさんには、いつ伝えるつもりなのですか?」
キイナさんはエルフ・・・この世界では長寿の生物だ。
だからこそ、10年という時間は短すぎる。
彼女にとっては、瞬く間に過ぎてしまうような時間だ。
自惚れではなく、俺といるのなら猶更。
「・・・いつかは話すつもりさ」
「それは、解決手段が見つかってからですか?」
「・・・そうなるな」
「それでは遅いです。いや。間に合わない」
「何でそんなこと言えるんだ」
「レギアス」
「・・・やっぱりあいつだったか」
「リアの友だったランナーです。彼は結局、自分の体に関して解決策を見つけることが出来ませんでした」
「だからこその特攻か?」
「それも知っていましたか」
「ハイドラは俺が持ってるんだぞ?状況を調べればそれくらい分かるっての」
レギアスが、ハイドラに対して特攻を行ったのはすぐに分かった。
分からなかったのは、それをした理由だ。
そもそもリアは、ダメージがあったとは言え単体でハイドラという怪物に勝てる存在だ。
そんな存在がいるのなら、協力して戦った方が勝率が高いはずだ。
あいつの腕は良く知っている。他にランナーがいなくとも、ハイドラ相手に健闘出来るレベルだ。
そのレギアスが、何故自爆覚悟で特攻など行ったのか。
結論は出なかったいくつか推測は出来たが、どれも核心には至らない。
その答えが、今ここで出た。
俺の中では、最悪の答えだったが。
「レギアスは、貴方と同じ基地も持っていました」
「条件は俺と一緒。その上で解決策は見つからなかったと」
「はい。正確には、自分には出来ない方法だったと聞いています」
「レギアスに出来ない・・・?」
「ええ。もっとも大切な物が足りなかったと」
大切な物・・・?体の構築物で言うなら、内臓器官か?
いやだがそれくらいなら問題ないはずだ。魔法もあるこの世界なら、何かしらの解決策があってもおかしくはない。
そもそも体の機械的な部分は俺達でも作れる。これはランナーのアバター性能に関わる部分だから作れる。
「そしてもう一つ、彼にはどうしようもない物が」
「何だ」
「肉体の調整に使う薬が無いと言ってました」
「・・・は?薬?」
それはおかしい。その薬は作れる。
というか、体のメンテナンスポッドでも作ればその中で・・・ああ、そういうことか。
「無改造部分の調整薬か・・・」
「貴方たちの人間である部分。そこの機能を補うための物が、何もなかったと」
確かに・・・無理だな。
ゲーム内で作れたのは、あくまでも自身の性能に関わる部分だけ。
設定的に残っているだけというだけの普通の肉体部分に関する物は作れない。
例えば内臓。
基本的にGに耐えられるように強化されているが、そうではない部分も当然ある。
そういった部分はゲーム内ではそもそも表記されていないから影響も何もない。
だがこの世界は現実なのだ。そこで体を酷使すれば、その改造も調整もされてない部分はどうなるか。
摩耗して壊れていく。
するとその綻びから、残った部分も崩れていく。
恐らく、特攻前のレギアスがそうだったのだろう。
「リアは、このことは知ってるのか?」
「知りません。肉体の事に関しては隠し事の出来ない数名のみが知っています」
「お前らでもどうしようも無かったと」
「・・・はい。当時の我々では、彼の体を戻すことは出来ませんでした」
未知の技術が理由・・・それに摩耗しすぎていたというのもあるだろう。
「それに当時は、それぞれが厄災への対応で余裕も無く、後回しにせざる負えませんでした」
「その結果、レギアスは特攻を選んだと」
「・・・あの時既に、彼の体は半分程動かなくなってたそうです」
「半分か。そら直る見込み無しと思うわな」
アカリとはわけが違うな。
あいつは時間に寄る劣化ではなく、使用による劣化だ。
この違いは大きい。修復が効くか効かないかの部分の差があるのだ。
そして直る見込みがなく、その時点で仲間が脅威にさらされているのなら・・・残った命を使用して、なんとしてでも希望を残そうとする。
「んで、お前はそれと同じ状態になるかもしれない俺に今この時に話してきたと」
「そうです」
「・・・まぁそうだな。キイナさんには、ちゃんと話さないといけないことだな」
この世界に来て、最も俺に良くしてくれているのは間違いなくキイナさんだ。
俺もキイナさんは好きだし、キイナさんも・・・まぁ嫌われては無いと思う。
だからこそ、分かれが辛い。先に伝えて、心構えをさせておけ、そう言いたいのだろう。
「いえ、少し違います」
「え?」
違った。
「ああいえ。別れがある可能性があるのは確かです。その為に、予め伝えておけというのも合ってます」
「じゃあ何が違うんだよ・・・」
「レギアスの時、我々が解決出来なかった問題は一つだけでした」
「一つ?」
「我々が彼に聞かれたのは、肉体の安定化でした」
「安定・・・」
「肉体の状態を安定させることで、これ以上の悪化を防ぐ。
そして調整のいらない体に戻すのはレギアス自身が一つ足りないと言って諦めた物です」
なるほど理解したぞ。
そもそもランナーである俺たちの体を長持ちさせるにはいくつか工程を踏まないといけない。
一つは機械部分の置き換え。これは簡単だ。
性能に関わる部分だから比較的容易に作って置き換えれる。
二つ目は調整された肉体部分。
再調整も可能だが、先を見据えるのなら調整のいらない体にした方が良いだろう。
アル達が頼まれたのはこれを行うための前準備だろう。
多分だけど、これは最悪肉体をそれ以上悪化させないためのサブプランも兼ねていたのだと思う。
その時点で安定化させれば、定期的に処置は必要だが体の寿命はぐっと延びる。
三つめは、レギアスが諦めた部分だ。
未調整部分・・・僅かに残った人間そのままの体を補うこと。
回復でも何でもいい。とにかくこの部分を戻さないといけない。
本来なら薬で行う所だが、それが作れないとなると現時点では無理だ。
一応レギアスは方法自体は見つけていたようだが。
「それで、結局何が言いたいんだ?」
「レギアスと貴方、そしてアカリさんを見て、貴方たちの体については凡そ理解しました。
なればこそ、今ならばかつて出来なかったことで出来るのです」
「・・・まさか」
「肉体の安定化。今の私なら、それが出来ます」
ランナーの体は、男女の差こそあれどそれ以外の差はあまりない。
さらに良好な状態を保っている俺、故障状態から修復されたアカリ、そして劣化で機能停止一歩手前まで行ったレギアス。
この三人のランナーの体を見たからこそ、出来るようになった。
「じゃあ思ってたより時間は出来るんだな」
「いえ。そういわけではないんです」
「何でだ?」
「出来るとは言いましたが、完全に劣化を抑えられるとは思えません。多少なりとも、劣化は進むでしょう」
「・・・全く止められない可能性もあると?」
「・・・はい」
だからキイナさんに全部話せというわけか。
ワンチャン何もかもが上手く行けば問題ない。だが上手く行かなかった場合、予定通り10年程で止まる。
「今話したのは、早いうちから安定化をした方が良いと思ったからです」
「当然だな」
「それに、キイナさんに話せというのは、何も別れの心構えだけではないんです」
「・・・まだ、何かあるのか?」
「はい。正直、キイナさんにはあまり良い話ではありません」
「キイナさんに?」
「隠すのは可能でしょうが・・・それは私が心苦しいですから」
「・・・いや待て。お前安定化ってどうやるつもりだ?」
「・・・確実に行うなら、その方が効率的ですから」
「いやいやいやいやいや」
何をいきなりアホみたいなことを言っているのだろうかこの精霊は。
いや顔は大マジなんだけどかなりのアホだぞ。
「お前っ・・・本気で言ってるのか?」
「貴方は恩人です。それも、一生を掛けても返しきれない程の恩があります」
「だからと言ってそういうのは良くないと思うんだが!?」
「しかし!それでは貴方の体は・・・」
「まだだ。まだ俺には時間があるんだ。だったら他の方法を探せば!」
「それで、レギアスの様に何かあったら勝手に死にますか?」
「ッ・・・それは」
「キイナさんに何か合った時、貴方は自分の命を守れますか?」
それに、俺は答えることができなかった。
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