孤児院にて
ちょうどお昼になったので、教会へ向かう前に食事を取ることにした。
「セイラのオススメはどこかあるかい?」
「ありますけど、安い大衆食堂ですよ? 王子様のお口には合わないかと」
とセイラが言うので、リシャールは苦笑しながら、
「構わないよ、そこに行こう。あと僕の事はリシャールと呼んでくれ」
「分かりました。こっちです、リシャール様」
セイラが案内したのは、王都でいえばいかにも下町にありそうな雰囲気の庶民向け食堂だった。
お昼時ということで店内は混み合っていたが、何とか奥のテーブル席を確保した。
「ここの日替りランチが安くて量があってしかも美味しいんですよ!」
「じゃあそれにしようか」
そう言って屈託なく笑うセイラは年相応に見える。
今日の日替りは、豚肉のソテーに豚汁、野菜サラダにパンとチーズというガッツリ系だった。
食べながらリシャールは気になっていたことをセイラに聞いてみる。
「さっき孤児院に差し入れに行くって言ってたけど、セイラは一人暮らしをしているのかい? 10歳ならまだ孤児院に居れる年だと思うけど?」
「ええ、15歳になったら出なくちゃいけないんですけど、それまでは居れます。ただ暗黙のルールというか、10歳過ぎて働けるようになったら、一人でも暮らしていける目処が立った者から、年齢関係なく出て行きますね。だから私も出ました」
運良く里親が見付かって引き取られる子もいるが、それ以外の子達は孤児院で読み書きを教わり、簡単な職業訓練を受け、15歳になるまでに自分にあった職業を見付けて出て行かなければならない。
「でも君は稼ぎのほとんどを孤児院に寄付してるんだろ? それで暮らしていけるのかい?」
リシャールはさっきの話を思い出した。
「家賃と生活費は残しているので大丈夫ですよ」
「それならいいけど、いやでも10歳の女の子が一人暮らしってのはやっぱり危なくない?」
「院長先生にも言われました。せめて15歳になるまではここに居たら?って。でも空きが出るのを待ってる子達も居ますし、この町は割と治安も良いですし、何かあっても私なら多少は戦えますから」
「そうか・・・」
この国は10年程前から隣国と戦争状態にある。
今は停戦しているが、またいつ火蓋が切られるか分からない緊張状態が続いている。
その為、戦争孤児が増え続け、どこの孤児院でも定員オーバーな状況に陥っている。
国も支援してはいるが、追い付かず、孤児院に入れない子供達は、民間のボランティアが経営する『ねむの木』と呼ばれる一時的な保護施設に入れられる。
そこは個人の篤志家からの寄付で賄われており、孤児院に空きが出るまで子供達に最低限の衣食住を提供している。
そこにも入れない子供達は、スラムで暮らすことになる。
生活のため犯罪に手を染めたりする子や、違法な人身売買の餌食になってしまう子が増え、国としても頭を痛めているのが現状だ。
(王族として自分に自分に何か出来ることはないだろうか・・・)
リシャールが考え込んでいると、セイラは気になったのか、おずおずと尋ねてきた。
「リシャール様、どうしました? やっぱりお口に合いませんか?」
「あぁ違う違う、そうじゃない。美味しいよ」
「良かった~」
セイラが安堵した所で食事も終わり、教会へと足を向けた。
この町の教会は小ぢんまりとしていて、大理石造りの白い外壁が荘厳な雰囲気を醸し出していた。
孤児院は教会の裏手にあった。木造の二階建てで築年数はそれなりに経っていそうだが、良く手入れされているようで、古ぼけた印象はあまりなかった。元々は修道女のための寮だったらしい。
「院長先生~!」
セイラが嬉しそうに駆け寄って行く先には、年の頃は40代半ばくらいだろうか、穏やかに微笑むシスターが一人佇んでいた。
「まぁ、セイラ。おかえりなさい、元気そうで良かったわ」
「ただいまです! 院長先生も院のみんなも変わりありませんか?」
「えぇ、お陰様でみんな元気よ。あら、こちらの方々は?」
セイラの後ろに居る、リシャール達にシスターが視線を送る。
「シスター様、お初にお目に掛かります。私は第2王子のリシャールと申します。本日は先触れもなく訪問した無礼をお許し下さい」
「まぁ、第2王子様でしたか! こちらこそ気付かずに申し訳ございません。私はこの孤児院の院長を務めております、シスター・アンジェラと申します」
リシャールとアンジェラが挨拶を交わしていると、
「セイラ姉ちゃーん!」
セイラに気付いた子供達の元気な声が響いた。
「みんな~元気そうで良かったよ。良い子にしてたかな?」
「ちゃんと先生のお手伝いしてたよ~」
「しっかりお勉強もしたよ~」
「ねぇ、セイラ姉ちゃん、遊ぼうよ~」
「遊ぼー!」
あっという間に子供達に囲まれてしまったセイラが、困ったようにアンジェラを伺うと、
「セイラ、遊んでらっしゃいな。私は殿下をオモテナシしてますから」
「良いんですか、すいません。じゃ~みんな、行くよ~!」
「わーい!」
セイラが子供達に引っ張られて行くと、アンジェラがリシャールに向き直り、
「殿下、どうぞこちらに。お茶をお入れしますわ」
「ありがとうございます」
院長室に通されて、アンジェラが手ずから入れた紅茶を嗜んでいるリシャールに、アンジェラは徐に尋ねた。
「それで第2王子殿下が何故この町に? セイラと一緒に居たことにも何か関係があるのでしょうか?」
「実は・・・」
リシャールはこれまでの事を掻い摘んで説明した。
ただ、セイラが聖女であるという可能性がほぼ無いだろうといういう事だけは言わなかった、というより言いたくなかった・・・
「そうでしたか・・・セイラが聖女になるかも知れないと・・・フフっ」
「どうしました?」
「あぁ、すいません。いえね、セイラなら誰よりも聖女に相応しいと娘だと思いまして」
「というと?」
「セイラが町で『何でも屋』をしているのはご存知?」
「えぇ、セイラから聞きました」
「あれ、無償でやってるんですよ」
リシャールは思わず絶句した。先程セイラから聞いた多岐に渡る仕事内容を思い出し、まさか無償でやってるなどと思いもしなかったのだ。